竜退治
まず、馬具に固定された提灯のようなものを引っ張ってきて蓋を開け、中にある紫色のミョウバン結晶みたいなものを押し込む。
するとガコンッという何かがハマったような感触が手に伝わってきて、次の瞬間ブゥンッという音と共に目に見えない力場が周囲に広がったのを感じた。
これは『抵抗灯』といい、ざっくり言うと自身の周りで魔法を使えなくさせるものだ。
これでさっきの傭兵みたいに一瞬で炭化するようなことは無くなる。
レジスターの起動を確認した私はグリムヴェイルの手綱を握り、その首筋を撫でながら語りかけた。
「竜に挑む準備は出来ていますか、相棒?」
グリムヴェイルは ただ鼻をフンッと鳴らした。
それだけで「今更そんなこと聞くな」と言われていることが良く分かった。
私は何も言わず脹脛で馬体を締めた。
グリムヴェイルが前に出る。
それを確認すると私は手綱の引きを緩めた。
速度が出る。
先ほどの傭兵の お陰で既に こちらが敵だと認識している竜が気付く。
こちらを睨みつけていた竜だったが、直ぐに異変に気付いたのか僅かに首を傾げた。
そうとも、私に即死技は使えない。
・・・次はどうする?
─── 大気が悲鳴を上げているかのような音が響き始めた。
それと同時に竜の胸部が膨らむのも。
(・・・息吹が来ますね。)
どうやら魔法が効かないと見るや、直接 焼き殺すことにしたらしい。
私はグリムヴェイルの手綱を軽く引いて旋回を促した。
竜の腔内が一瞬 閃光を放つ。
次の瞬間、凄まじい勢いの炎が竜の口から放たれた。
それは先ほどまで私達が駆けていた場所を、焦土と化していく。
(さて・・・。)
焼死を免れたところで軽弩を取り出して、特殊な短矢を撃ち出す。
短矢は確かに竜に命中したが、厚い鱗によって弾かれてしまった。
(うわっ・・・面倒くさっ・・・。)
遠距離からの狙撃が通用しないとなると、私は近づかないといけなかった。
そう、私は。
───── ヒュンッ
───── ドッッ
鋭い音と共に飛来した大型の矢が、鈍い音を立てて竜の身体に刺さる。
それは【動く要塞】の異名を持つ男、その大弓の一撃だった。
私が手を加えた滑車弓でもある その和弓型の大弓は、機械力学と怪力の掛け算によって、正に要塞の大型弩が如き威力を発揮する。
・・・まぁもっとも、私が あの領域の威力を出す為には もっと竜に近づかないといけないことに変わりはないのですが。
私はルークの一撃に怯んだ竜に、飛び掛かられれば直ぐに届くような近距離まで近づくと、馬具に固定された長方形の特殊な矢筒から1.5mほどの長矢と、その発射器具である矢投げ器を取り出した。
矢投げ器は弓にとって代わられたような原始的な狩猟道具だが、この距離なら こっちの方が強かったりする。
ただ、これだけだと竜の鱗を貫けるだけの威力はでないので・・・───
私は一度 手綱から手を放すと、矢投げ器に長矢を番えて、上半身全体で大きく振りかぶった。
そしてその動作を察したグリムヴェイルが竜に向かって更に加速する。
そうして私が矢投げ器で長矢を投げる その瞬間。
グリムヴェイルは強く地面を踏み込み、その加速度は最高潮に達した。
───── ヒュンッ
私が放った長矢は、ルークの放った一撃に匹敵するような鋭い音を立てて射出される。
───── ドッッ
そして その勢いのまま、確かに竜の鱗を貫通した。
「─── っふぅ。
よくやりました、ヴェイル。」
相変わらず完璧にタイミングを合わせてくるグリムヴェイルを労う。
返事はないが、その息遣いから完璧な仕事をしたという自負が伝わってきた。
その証拠に、長矢は確かに竜に突き刺さっている。
「さて・・・そろそろでしょうか?」
矢投げ器に二の矢を装填しながら竜の様子を見る。
矢が何本刺さろうと山の如く健在だった竜だが、しかし次の瞬間 何かに気付いたように悶え苦しみ始めた。
「私が せっせこ集めた致死性の猛毒ですよ。
どうです?
苦しいですか?
結構 高かったんですから良く味わってくださいね。」
人間なら ほんの一滴 皮膚に垂れるだけで即死という猛毒を、鏃にタップリ仕込んだ特別製の長矢だった。
魔物、特に竜なんか致死量がどれだけか分からないので、ルークの矢に限らず我が旅団が放った矢は全て同じ系列だ。
・・・今回だけで幾ら分 使ったかな。
それだけの大金を注ぎ込んだだけあって、竜はまるで酔っ払いのようにフラフラと揺らめき始める。
しかし流石ドラゴンというべきか、最後っ屁と言わんばかりにブレスを・・・───
ん?
あの方向、ウチの馬車がある方では?
それに気づいた瞬間、私はグリムヴェイルの腹を脹脛で強く締め、身体の重心を前に倒した。
グリムヴェイルが私の焦りに気付いて急加速する。
(こんのクソトカゲ・・・!
最後の最後に決定的成功を引きやがりましたね・・・!)
そうだよ、私にとっては それが一番 困るよ。
ありがとうね(?)
ブレスを吐こうとしているドラゴンの目と鼻の先まで迫ると、私は鐙を蹴って鞍の上に立ち、更にグリムヴェイルの頭を蹴って、竜の額の上にへばりついた。
運が良いのか悪いのか、丁度 目の前に竜の眼球があって目が合う。
おぉ・・・綺麗な瞳しているね、君。
それはそれとして ───
「さっさと くたばれ! このクソトカゲ!!」
私は腰に佩いた愛剣を引き抜くと、そのまま竜の眼球に刺した。
竜は絶叫を上げて暴れ狂う。
その過程で竜の息吹は明後日の方向を焼き払った。
・・・そうして暫く竜の頭にへばりついていると、やがて竜は静かになって地面に倒れ伏した。
(主に馬車と中身の荷物が)危なかったが、何とか竜退治を成すことが出来た。
・抵抗灯:
人外の怪物を相手にする冒険者にとっての必須級装備。
「相手を体内から燃やして殺す」ような身も蓋もない魔法を防ぐ。
・竜の息吹:
字面のファンタジーさとは裏腹に、生物由来の可燃液ないしガスを放電により着火して吹き付ける、純粋な物理技だったりする。
・竜の鱗:
無い個体もいるが、大体は分厚い鱗を持っている。
今回の個体は飛竜の類いなので、竜全体では薄い方。
・【動く要塞】の大弓:
アホみたいな威力をしている、アホみたいに大きな弓。
必要な膂力と身長の問題で、リビング・ルーク以外には まず扱えない。
・矢投げ器と長矢:
弓にとって代わられた原始的な狩猟道具。
全体的に弓に劣る道具だが、こと近~中距離においては下手な弓よりも威力が高かったりする。
本来は全身で使う道具であり、馬上で使うのは恐らくアスカくらい。
・アスカが せっせこ集めた致死性の猛毒:
効果が効果なだけあって、結構 腰に来る値段をしている。
ドラゴン相手でなければ使用を躊躇うくらいには高い。
・決定的成功:
TRPG用語。
一般的に1%、多くて5%の奇跡を指す。
アスカにとっては極めて運の悪い出来事だったと言える。
・鞍 & 鐙:
最も基本的な馬具。
これが有ると無いでは乗馬の難易度が違う。
・竜の瞳:
瞳孔は蛇のように裂けていて、虹彩は宝石のように綺麗な色合いをしている。
ちゃんと加工すれば、眼球自体が宝玉としての価値を持つことも。




