EP 5
両断された山から現れたモノと、社畜令嬢の強制『オン』
ジルヴェスター様の「規格外の天然ボケ(一刀両断)」によって真っ二つに割れたポポロ山。
そのV字型の断面に露出した巨大なハチの巣状の要塞から、黒い濁流のような『死蟲軍』の機械蟲たちが溢れ出してきた。
「ギギギギギッ……!」「カシャカシャカシャカシャッ……!!」
金属の脚が岩肌を這い回る不気味な音が、山中に反響する。
酸を吐く『死蟻型』の群れと、空を黒く染め上げるほどの大群を成す『死蜂型』。
それが、一斉に山の麓――ポポロ村の方向へと雪崩を打って侵攻を始めた。
「まずいぞ! あの数、完全に村を飲み込む気だ!」
フェイトがミスリルソードを構えながら舌打ちをする。
「休日のポポロ村には、キャルル村長や多くの村人たちがいます! ナツコ様、急ぎ避難の指示を……っ!」
マンミアさんもパイルバンカーを構え、焦燥の声を上げた。
突発的な大規模災害。
放置すれば、私たちが手塩にかけて育ててきたポポロ村が、そして愛すべき村人たちが蹂躙されてしまう。
その事実を認識した瞬間。
私の脳内にこびりついていた『オフ』の思考回路が、バチィッ!と音を立ててショートし、極限の『オン(社畜モード)』へと強制的に切り替わった。
――目の前に危機的状況がある。
ならば、管理職(実務顧問)である私がすべきことは一つ。
被害を最小限に抑えるための『完璧なロジスティクス(兵站と導線)』を、この数秒間で構築することだ!
「フェイトさん、マンミアさん! 迎撃のシフトを組みます!」
私は両頬をパーン!と強く平手打ちし、気合いを入れた。
「フェイトさんは前衛! あのV字渓谷の『出口』に立って、死蟻型の進行ルートを塞いでください! 敵の数は万を超えますが、地形のおかげで『一度に通過できる流量』には限界があります! 生産ラインの遅延と同じです、出口さえ塞げば後続は必ず詰まりますわ!」
「お、おう! よく分かんねぇけど、あそこの細い道を俺が通せんぼすりゃいいんだな! 任せとけ!」
フェイトが黄金の闘気を爆発させ、一瞬で渓谷の出口へと跳躍する。
「マンミアさんは私の護衛および、空中の『死蜂型』の迎撃! 対空防御の要をお願いします!」
「はっ! このパイルバンカー『アグニ』の散弾モードで、空の羽虫どもを撃ち落とします!」
私は次々と指示を飛ばしながら、視界の右隅で輝く【善行ポイント通販】の画面を猛スピードで操作した。
昨日、リーザちゃんのバンジー騒動で少しポイントを消費したが、それでも残高は十分にある。
【現在の総所持ポイント:5,680 pt】
(村の避難には『時間』が必要。ならば、物理的な防壁と警告システムを!)
【超広域・魔導防衛フィールド発生装置(拠点防衛用):1,000 pt】
【緊急退避誘導・コンプラサイレン(村内一斉放送用):150 pt】
【購入しますか?】
「一括購入!!」
パパンッ!と光が弾け、私の足元に巨大な魔導杭と、拡声器のような魔導具が出現する。
私は魔導杭を地面に突き立て、ポポロ村をすっぽりと覆う巨大な『半透明の防御障壁』を展開させた。これで、空から降り注ぐ死蜂型の毒針や酸は、一定時間完全にシャットアウトできる。
さらに、首から下げた魔導通信石を起動し、ポポロ村のキャルルちゃんへ直通回線を繋いだ。
『はい! こちらポポロ村村長室……って、ナツコちゃん!? 山からすごい地鳴りが聞こえたんだけど、何事!?』
「キャルルちゃん! 落ち着いて聞いて。山に隠れていた死蟲軍が溢れ出したわ。今から村に『緊急退避サイレン』を鳴らします。あなたは村長として、事前に作成した【危機管理マニュアルB(大規模魔獣襲来想定)】に従って、村人を地下シェルターへ誘導して!」
『し、死蟲軍!? わ、分かったわ! 地下シェルターね、すぐに行く!』
通信越しにも分かる、キャルルちゃんの迅速な動き。
私が特区開発の時に徹底的に叩き込んだ「コンプライアンスと避難マニュアル」が、こういう緊急事態にこそ真価を発揮するのだ。
ウゥゥゥゥゥゥーーーーッ!!!
山頂に設置したコンプラサイレンが、村中に危険を知らせる警報を鳴ら響かせる。
これで、村の防御と避難のロジスティクスは完璧に整った。
「あとは……前線の火力支援ね!」
私は振り返り、広場の隅でガタガタと震えている芋ジャージの少女を指さした。
「リーザちゃん! 隠れてないで、貴女も仕事しなさい!」
「ひぃぃぃっ! む、無理ですわ! あんな気持ち悪い虫の群れ、アイドルが見るモノじゃありませんの!」
「バカ言わないの! 貴女は人魚姫の純血でしょう! 貴女の歌声には、味方のステータスを爆上げするチート級の『バフ効果』があるはずよ! フェイトさんとマンミアさんに向けて、全力で歌いなさい!」
「えっ……私、味方の支援なんてできましたの?」
マサカ茸の推理ボケからすっかり醒めたリーザちゃんが、キョトンと首を傾げる。
「できるわよ! ほら、マイク代わりにこれ(木の枝)を持ちなさい! ワンマンライブ、開演よ!」
「よ、よく分かりませんが……スポンサー様の命令とあらば! ミュージック、スタートですわ!」
リーザちゃんが立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
そして、恐怖を押し殺した極上の笑顔で、ポポロ山にその奇跡の歌声を響かせた。
『朝に目覚ましがなったわ♪(ジリリリ!)』
『今日も私の為に世界が動く♪(まわって!まわって!)』
『愛も富も一つの物♪(どっちもちょーだい!)』
透き通るような人魚の歌声が、山肌を震わせる。
【Love & Money】。強欲と愛の絶対領域ソング。
その歌声の波動が、前衛で死蟲機を斬り伏せていたフェイトと、空に向かって散弾を撃ちまくっていたマンミアさんの身体を、眩いピンク色のオーラで包み込んだ。
「おおおおっ!? なんだこりゃあ! 身体が羽みたいに軽いぜ! 剣の威力が、いつもの三倍は跳ね上がってやがる!」
フェイトが驚愕の声を上げる。
大剣を振るうたびに巻き起こる暴風が、死蟻型を数十匹まとめて粉砕していく。
「凄まじい神気です! パイルバンカーの冷却速度が瞬時に完了します! これなら、無限に撃てますわ!」
マンミアさんの砲撃が、空の死蜂型を次々と撃ち落とし、黒い雨に変えていく。
「ふふっ……計算通り!」
私はクリップボードを抱きしめ、ニヤリと笑った。
ボトルネックを利用した地形戦術。
防壁による安全地帯の確保。
マニュアル化された迅速な避難誘導。
そして、アイドルの歌声による最前線の火力バフ。
たった数分の間に、これらすべてを同時に計算し、最適解を叩き出す。
これこそが、幾多の理不尽なトラブル(炎上案件)を鎮火させてきた、限界社畜・ナツコ・クラウディアの真骨頂である。
「はぁ、はぁ……っ。よし、これで戦線は維持できる……。あとは、村の避難が完了するまでの時間稼ぎを……」
私は額の汗を拭い、息をついた。
だが、その瞬間。
急激に頭の芯がグラリと揺れ、視界が明滅した。
(あ……ダメ。昨日倒れたばかりの身体で、いきなりフルスロットルで脳を回しすぎたわ……)
情報処理の過負荷と、肉体の疲労。
膝から力が抜け、冷たい地面に崩れ落ちそうになった、その時。
「――実に見事な指揮だった。ナツコ」
トンッ……。
背後から、大きくて温かい手が、私の肩をしっかりと支えてくれた。
「じ、ジルヴェスター……様……」
振り返ると、そこには抜身の剣を片手に下げ、どこまでも静かで、深い蒼の瞳を宿したジルヴェスター様が立っていた。
彼は私が倒れないように肩を抱き寄せると、前方で蠢く死蟲軍の要塞へと視線を向けた。
「敵の進行ルートを一本に絞り込み、村への被害を完璧に遮断した。……君が数分で構築した防衛線のおかげで、もはやあれは『脅威』ではなく、ただの『的』だ」
「公爵、様……。でも、敵の数はまだ、無数に……」
「問題ない」
ジルヴェスター様は、愛おしむように私の頭をポンと撫でた。
「君はもう、十分に働いた。防衛の段取りは完璧だ」
彼は私を安全な切り株に座らせると、ゆっくりと前線へ向かって歩みを進めた。
その背中から放たれるのは、先ほどの「天然ボケ」の気の抜けた空気ではない。
氷のように冷徹で、敵を一切の慈悲なく殲滅するための、帝国総司令官としての絶対的な覇気だった。
「さあ、ここからは……大人の『後片付け』の時間だ」
マイペースで合理的なB型ヒーローの、本気の戦闘が、いま始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます!
第四章第5話、突発的なトラブル(死蟲軍の襲来)に対し、ナツコが強制的に「オン」になって大立ち回りを見せるお仕事回でした!
地形を利用したボトルネック戦術、コンプラサイレンによる避難誘導、そしてリーザちゃんの『Love & Money』による味方バフ。ナツコの持つ社畜スキルと通販アイテムが見事に噛み合った防衛戦、楽しんでいただけたなら幸いです。
しかし、過労気味のナツコの身体は限界です。
ここからは、彼女の作った「完璧な舞台」の上で、ジルヴェスター様が規格外の力を振るいます! ただ力任せに戦うのではなく、大人の狡猾さ(マリーシア)を見せつける次回の戦闘回、どうぞお楽しみに!
「ナツコの指揮カッコいい!」「公爵様の背中たまらん!」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけますと大変励みになります!




