EP 10
星空を織り込んだドレスと、完璧な夜会への段取り
ルナミス帝国の頂点、マルクス皇帝陛下が主催する『夜会』まで、残り三日。
ヴァルハイト公爵邸の私の私室は、朝から凄まじい熱気と喧噪に包まれていた。
「ナツコ様! こちらの深紅のドレスはいかがでしょうか! 闘気がみなぎるようで、王都の軟弱な貴族どもを威圧するには完璧かと!」
マンミアさんが、なぜか肩にトゲのついた攻撃的なドレス(?)を力強く推してくる。
「いやいや、マンミア。ボスはこれから公爵の旦那の隣を歩くんだぜ? そんなトゲトゲじゃ旦那が刺さっちまうだろ。ここはド派手に、純金箔押しの黄金ドレスで金持ちアピールってのはどうだ?」
フェイトがポポロ・シガレットを耳に挟みながら、成金趣味全開のドレスを指さす。
「二人ともセンスなさすぎーっ! ナツコちゃんは清楚で可愛いんだから、絶対このフリフリのピンクの妖精さんドレスがいいの! ねっ、リーザちゃん!」
「ですわねキャルルちゃん! いっそ、私とお揃いの芋ジャージ(※特注のシルク製)でステージに上がるという斬新なアプローチも……」
「……みんな、ありがとう。でも、少し落ち着きましょうか」
私は山のように積まれたドレスのカタログと、王都の有名デザイナーたちが持ち込んだ見本衣装の数々を前に、こめかみを押さえて苦笑した。
ポポロ村からわざわざ駆けつけてくれたキャルルちゃんや、公認アイドルとして大忙しなはずのリーザちゃんまでが、私の「社交界デビュー(兼・婚約お披露目)」のために公爵邸へ押しかけ、スタイリスト気取りで大騒ぎしているのだ。
前世の社畜時代。
大事なプレゼンや商談の前は、いつも一人でコンビニ弁当をかき込みながら、ヨレヨレのスーツにファブリーズを吹きかけて夜を明かしていた。
こんな風に、自分の晴れ舞台のために大騒ぎしてくれる仲間がいるなんて、それだけで胸が温かくなる。
(でも……王宮の夜会は、単なるパーティーじゃない。帝国最大の『政治の場』よ)
私は冷静に思考を巡らせた。
今回、ジルヴェスター様は私を「ただ一人のパートナー(未来の公爵妃)」として皇帝陛下の御前に立たせるつもりだ。
公爵領の特区開発や王都の経済正常化という『実務の成果』はすでに知れ渡っているが、格式高い大貴族たちの中には、実家を追放された私を「成り上がりの実務屋」「泥臭い小娘」と見下している者も少なからずいるはずだ。
彼らを完全に黙らせ、ジルヴェスター様の隣に立つに相応しい『完璧な格』を示す必要がある。
「……よし。衣装と身支度については、私の『とっておきの段取り』で進めさせてもらうわね」
私は皆を下がらせて一人になると、部屋の鍵を閉め、視界の右隅で光る【善行ポイント通販】の画面を立ち上げた。
【現在の総所持ポイント:4,530 pt】
(ゼロスのヤラセ騒動や王都の経済改革で、ポイントはかつてないほど溜まっているわ! ここは出し惜しみせず、最高の品を取り寄せる!)
私は『特別な日のための最高級品』カテゴリーを開き、迷うことなくアイテムを選択した。
【極夜の星屑ドレス(最高級シルク&星魔石の微細粒子織り込み仕様):800 pt】
【パーフェクト・メイクアップ&スキンケアセット(女神の艶肌エッセンス入り):300 pt】
【合計:1,100 pt を消費します。購入しますか?】
(即座に購入!!)
パパンッ!と柔らかな光が弾け、ベッドの上に立派な化粧箱と、専用のドレスカバーに包まれた一着のドレスが出現した。
「すごい……」
カバーを外した瞬間、私は思わず感嘆の息を漏らした。
それは、どこまでも深いミッドナイトブルーの生地に、角度を変えるたびに本物の星空のようにキラキラと繊細な光を放つ、魔法のようなドレスだった。
過度なフリルや装飾はない。だが、生地そのものの圧倒的な品質と、計算し尽くされた美しいシルエットが、見る者に『絶対的な気品』を感じさせる。
(これなら、ジルヴェスター様の深い蒼の瞳や、深黒の軍服とも完璧に調和するわ!)
準備は整った。
あとは、当日の『本番』を迎えるだけだ。
◇
そして迎えた、夜会当日。
ルナミス帝国の中心にそびえ立つ『白亜の宮殿』は、無数の魔導シャンデリアに照らされ、昼間のように輝いていた。
大広間には、帝国の政治と経済を動かす大貴族、軍の上層部、そして有力な商人たちがひしめき合っている。
彼らの手には最高級のワイングラスが握られ、あちこちで探り合いの会話が交わされていた。
「聞いたか? 今夜、ヴァルハイト公爵閣下が、例の『最高実務顧問』を伴って出席されるそうだぞ」
「ナツコ・クラウディア……ロマン伯爵家を追放されたあの娘だろう? いくら計算が早くても、所詮は泥に塗れて働く実務屋だ。社交界の華やかな場に相応しいとは思えんがな」
「公爵閣下もご乱心ではないか? あのような娘を正妻に据えるなど……」
貴族たちの間で、ヒソヒソと意地の悪い噂話が囁かれる。
特区開発や王都の経済改革の成果を認めつつも、その出身や「働く女性」であるという事実を快く思わない保守的な層は、確実に存在していた。
――だが、その意地悪い囁きは、大広間の扉が開かれた瞬間に、完全に凍りつくこととなる。
「ルナミス帝国筆頭公爵、ジルヴェスター・フォン・ヴァルハイト閣下! ならびに……公爵領最高実務顧問、ナツコ・クラウディア様、ご入場です!」
宮廷衛兵の朗々たる声が響き渡り、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
大広間の視線が一斉にエントランスへと注がれる。
「「「…………っ!!」」」
その場にいた何百人もの貴族たちが、一瞬、呼吸を忘れたかのように静まり返った。
入場してきたのは、漆黒の礼装用軍服に身を包み、圧倒的な威厳と美貌を放つジルヴェスター様。
そして、その腕にそっと手を添え、完璧な姿勢で寄り添う一人の令嬢――私だった。
私が纏う『極夜の星屑ドレス』は、宮殿のシャンデリアの光を浴びて、まるで銀河をその身に宿しているかのように繊細で神秘的な瞬きを放っていた。
【パーフェクト・メイクアップセット】によって磨き上げられた肌は真珠のように滑らかで、かつてジルヴェスター様から贈られた『青い星魔石の髪飾り』が、私の顔周りに高貴な彩りを添えている。
「な……あれが、ナツコ・クラウディアだと……?」
「なんという気品だ……! まるで、夜の女神が舞い降りたかのようではないか……!」
「泥臭い実務屋などと、誰が言ったのだ!? あそこまで完璧な美しさと威厳を備えた令嬢など、王都のどこを探してもおらんぞ!」
静寂は一瞬で打ち破られ、今度は驚愕と感嘆のどよめきが波のように大広間を駆け巡った。
私は背筋をピンと伸ばし、口角をわずかに上げた完璧な『微笑み』をキープしたまま、ジルヴェスター様と共に階段をゆっくりと降りていく。
前世で培った「大勢の役員の前でプレゼンをする時の度胸」が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「……大成功のようだな、ナツコ殿」
歩みを合わせながら、ジルヴェスター様が耳元で低く、楽しげに囁かれた。
「皆、君のあまりの美しさに魂を抜かれている。……私としては、他の男たちに君の姿を見せびらかすのは少しばかり腹立たしいのだがね」
「ふふ、公爵様ったら。これも『完璧な段取り』の一部ですわ」
私が小声で返すと、ジルヴェスター様は愛おしそうに私の手を取る腕の力を少し強めた。
「ああ。君は私の誇りだ。さあ、皇帝陛下の御前へ参ろうか」
私たちを侮っていた貴族たちは、今や道を開け、圧倒されたように頭を下げることしかできない。
他人の手柄を奪おうとしたロザリアも、ヤラセで民を欺いたゼロスも、もうこの場にはいない。
自分の知恵と、仲間たちとの絆、そして隣を歩む愛する人の絶対的な信頼。
すべてを自分の手で勝ち取った社畜令嬢の、これが真の『社交界デビュー』であった。
大広間の最奥、一段高くなった玉座には、柔和ながらも鋭い眼光を持つルナミス帝国皇帝・マルクス陛下が、私たちの到着を待ち構えていた。
いよいよ、この夜会の真の目的――公爵領最高実務顧問としての正式な表彰と、世界で一番幸せな『婚約発表』の幕が上がろうとしていた。




