EP 9
炎上神の凍結と、メッキ勇者のマグローザ漁船行き
神々が住まう天界、『ゴッドチューブ』のモニタールーム。
ずらりと並んだ無数の魔法スクリーンの前で、新入りの炎上神ワイズは頭を抱え、絶叫していた。
「クソッ! クソがぁぁぁっ! なんでだ!? なんで俺が目をかけていた『勇者ゼロス』が無一文になってるんだよ! おまけに魔王軍のミラースまで、ただの物理パンチで沈められやがって!」
ワイズは専用のマイタンブラー(カプチーノ入り)を床に叩きつけた。
彼が裏で台本を書き、わざと魔獣を放ってゼロスに倒させる『ヤラセ配信』で稼いでいた莫大なPV(視聴数)と収益は、リーザの【貧乏神】スキルによって完全にゼロに帰してしまった。
「ふざけんな! 俺のエンジェルすまーとふぉんの限度額が……無制限だったはずの予算枠が、どんどん削られていく……! ええい、こうなったら直接、王都に隕石でも落としてパニック映像を――」
「――調子のんなよクソガキが。お前のやってる事は、ただのヤラセ炎上配信だろうが」
ドカァァァァンッ!!
モニタールームの扉が蹴り破られ、ドスの効いた声とともに一人の女神が踏み込んできた。
世界神(第3種惑星神格公務員)ルチアナである。
手にはピアニッシモ・メンソールを持ち、ピンク色の芋ジャージに健康サンダルという、神の威厳ゼロの完全な「部屋着スタイル」だ。
しかし、その背後に控える天使族長ヴァルキュリアの瞳は、絶対零度の怒りに燃え盛っていた。
「ル、ルチアナ先輩……!? な、何ですか急に! 俺はPV効率のために人間たちを使って――」
「黙れ反社野郎」
ルチアナは健康サンダルをペタンペタンと鳴らしながらワイズに詰め寄ると、その胸ぐらをガシッと掴み上げた。
「お前が勝手にヤラセで炎上させるせいでな、こっちの『予算監査』がメチャクチャなんだよ! ただでさえ私のクレカ限度額(100万円)が推し活(月人くん)でカツカツなのに、お前の尻拭いで始末書まで書かされたんだぞ! どう落とし前つけんだ!」
「ひっ……! で、でも、ゴッドチューブの規約には……!」
「ヴァルキュリア。こいつのアカウント、どうなってる?」
「はい、ルチアナ様」
ヴァルキュリアが冷徹な声でタブレットを読み上げる。
「炎上神ワイズのアカウントは、度重なる『人間界への不正干渉』『ヤラセ行為による規約違反』『不当な魔獣の使役』により、全宇宙神ハジマリ様の権限をもって【永久凍結(永久バン)】が決定いたしました」
「えっ……? え、永久凍結……?」
ワイズの顔から血の気が引く。
「そういうこった。お前は今日から神格剥奪、ただの下働きだ。……天界のトイレ掃除からやり直せッ!」
ドゴォォォォンッ!!
ルチアナの容赦ない『健康サンダル・スマッシュ』がワイズの顔面にクリーンヒットし、炎上神は哀れな悲鳴とともにモニタールームの壁を突き破って星の彼方へと消えていった。
リモート会議の画面越しに、月の女神カグヤの「物語のないざまぁなんて三流ですわ。オーホッホッ!」という高笑いと、刑務所ダンジョンにいる邪神デュアダロスの「ワレェ、仁義のないヤラセなんぞするからじゃ」という呆れ声が響く。
こうして、王都の混乱を裏で糸引いていた「神」の悪意は、女神の鉄拳(と予算への執念)によって完全に物理排除されたのであった。
◇
同じ頃、ルナミス帝国・王都の地下牢。
「出せ! ここから出せぇぇっ! 俺は勇者だぞ! 俺にはまだ数十万人の信者が……!」
鉄格子の中で、薄汚れた囚人服を着たゼロス・ディバインが叫んでいた。
だが、彼の声に応える者はいない。彼のヤラセが暴露された今、信者たちは一斉に手のひらを返し、彼の名前は「帝国の詐欺師」として歴史に刻まれていた。
カツン、カツン……。
冷たい石畳を鳴らし、二つの影が地下牢へ降りてきた。
深黒の軍服を纏ったジルヴェスター様と、クリップボードを抱えた私、ナツコだ。
「ナ、ナツコ……! ジルヴェスター公爵! 頼む、違約金なら必ず払う! もう一度俺に配信をやらせてくれ! 俺には金を稼ぐ才能が……!」
すがりつこうとするゼロスを、ジルヴェスター様は氷のような冷徹な目で見下ろした。
「黙れ、詐欺師め。……貴様には本日、帝国法に基づく正式な判決が下された」
「は、判決……!?」
私がクリップボードを開き、淡々と読み上げる。
「ゼロス・ディバイン。貴方には『特区物流への不当な妨害による違約金・金貨五十万枚』、ならびに『ヤラセ魔獣騒動による損害賠償』の支払い義務があります。しかし、貴方の口座はすでに残高ゼロ……完全な債務超過(破産)状態です」
「ひっ……!」
「よって、その莫大な借金を『身体』で返済していただきますわ」
私は極上のビジネススマイルを浮かべた。
「貴方の行き先は、ルナミス帝国の同盟国であるシーラン国の海域。……通称『マグローザ漁船』です」
「マ、マグローザ……漁船……?」
ゼロスがポカンと口を開ける。
「シーラン海に生息する巨大な凶暴魚『マグローザ』と『キングクラブ』を命がけで捕獲する、過酷極まりない海の地獄ですわ。一度船に乗れば、借金を全額返済するまで何年……いえ、何十年と陸には上がれません」
「な、なんだとぉぉっ!? 俺にそんな泥臭い肉体労働をやれって言うのか!? 嫌だ! 俺は金持ちの勇者なんだぞぉぉっ!」
「安心してください。船内には独自の経済圏がありますのよ」
私はニコニコと補足した。
「船内通貨は『K』。……ケツフキのKですわ。トイレットペーパー一枚から、すべてその『K』を稼いでやりくりする究極のサバイバル。貴方の大好きな『マネー』の力が試される、素晴らしい職場ではありませんか!」
「いやだぁぁぁぁっ! ケツフキ通貨なんて嫌だぁぁぁっ! 誰か助けてくれぇぇぇっ!!」
絶叫するゼロスが、屈強な看守たちに両脇を抱えられ、ズルズルと港の方向へと引きずられていく。
他人の努力を金で奪い、安全な場所からヤラセで悲劇を貪っていたメッキ勇者。彼に相応しい、究極の「社畜地獄(蟹工船)」の始まりであった。
◇
ゼロスと悪徳商会が一掃されてから数日後。
王都の経済は、私が構築したポポロ村からの独自の流通網によって、見事なまでに正常化を果たしていた。
高騰していた米麦草や肉椎茸の価格は適正に戻り、街には活気と笑顔が溢れている。
リーザちゃんは王都の正式な公認アイドルとしてデビューし、稼いだスパチャ(正常な額の投げ銭)で、ついにパンの耳生活から「毎日ルナキンでハンバーグが食べられる生活」へと見事な成り上がりを果たしていた。
「……ナツコ殿。今少し、よろしいだろうか」
公爵邸の執務室で、翌月の流通計画書をチェックしていた私の元に、ジルヴェスター様が静かに歩み寄ってきた。
その手には、金箔の押された分厚く豪奢な『封筒』が握られている。
「はい、公爵様。何か新たな問題でも?」
「いや。問題どころか……最大の名誉だ」
ジルヴェスター様は私にその封筒を差し出した。
封蝋に押されているのは、ルナミス帝国の頂点――マルクス皇帝陛下の紋章。
「今週末、王宮にて皇帝陛下主催の『夜会』が開催される。議題は、今回の王都経済危機を救った功労者の表彰だ」
「皇帝陛下の……夜会……!」
私は思わず息を呑んだ。
辺境の伯爵家を追放されたしがない令嬢(元社畜)が、一国の皇帝が主催する夜会に招待されるなど、前代未聞の大出世だ。
「ナツコ殿」
ジルヴェスター様が、私の手を取り、その吸い込まれそうなほど深い蒼い瞳で私をまっすぐに見つめた。
「この夜会は、単なる表彰の場ではない。王都のすべての貴族が注目する、帝国最大の社交の場だ。……私はこの場で、君を私の『ただ一人のパートナー』として、皇帝陛下と帝国の全貴族に披露したいと思っている」
「……っ!!」
心臓が、大きく跳ねた。
それはつまり、公爵領の最高実務顧問としてだけではなく――ジルヴェスター・フォン・ヴァルハイトという一人の男性の『婚約者』として、公式に社交界へデビューすることを意味している。
「私と共に、歩んでくれるか。ナツコ殿」
彼の熱を帯びた声と、優しく包み込むような手の温もり。
私はもう、迷わなかった。
「はい。……喜んで、ジルヴェスター様のエスコートをお受けいたしますわ」
私が極上の笑みで頷くと、ジルヴェスター様の顔に、氷が溶けるような最高に甘く、美しい微笑みが咲き誇った。
悪意と搾取の芽を完全に刈り取った、王都での戦い。
社畜令嬢の第三章は、いよいよすべての貴族がひれ伏す「最高の栄光の舞台(夜会)」へ向けて、最後の幕を開けようとしていた。
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