EP 8
禁忌の襲来。絶対切断VS社畜流ファイアウォール(シールド)
ルナミス帝国の王都上空に、突如として走った漆黒の亀裂。
まるで空のガラスが割れたかのような異様な光景に、広場に集まっていた民衆たちは息を呑み、言葉を失っていた。
「な……空が、割れている……!?」
私が唖然と見上げる中、その亀裂の中から、どす黒い魔力を纏った一人の男がゆっくりと降下してきた。
漆黒の片翼。頭部から伸びる禍々しい角。
かつて天使族と魔族の禁忌の交わりによって生まれ、世界から迫害されたとされる伝説の種族――『ネフィリム』の姿だ。
男の右手には、禍々しい鳴き声を上げるような妖刀『哭刀』が握られている。
「あーあ。ワイズの野郎がヘマ打ってアカウント凍結されるわ、ゼロスのバカは一文無しにされるわ……。裏で操ってた盤面がメチャクチャじゃねえか。マジでウケる」
男は空中にフワリと浮いたまま、薄笑いを浮かべて眼下の王都を見下ろした。
「ま、俺が魔王になるためのスポンサーが消えちまったのは痛いけど……面倒な契約もなくなったし、ちょうどいい。このまま俺が王都をブッた斬って、力ずくで天下をいただくとしようかね」
「何者だ、貴様!」
ジルヴェスター様が私を背中にかばいながら、鋭い声を張り上げた。
近衛騎士団長キュロスも素早く剣を抜き、迎撃の態勢をとる。
「俺か? 俺は魔王軍将軍、ミラース。……ま、これからこの世界を終わらせる男の名前だ、冥土の土産に覚えておきな」
ミラースと名乗ったネフィリムの男は、ニヤリと嗤い、右手の妖刀を無造作に振り上げた。
「まずは、その鬱陶しい『王都大結界』からだ」
ルナミス帝国の首都を覆う、数百人の宮廷魔導師が維持している超高密度の防衛魔法陣。
並の魔獣や魔族の攻撃など、かすり傷一つつけられないはずの絶対的な防御壁だ。
だが――ミラースが妖刀を軽く一閃した瞬間。
パキィィィィンッ……!!
まるで薄氷が砕けるかのように。
王都を覆っていた巨大な魔法結界が、ただの一振りで『完全に両断』され、粉々に砕け散ってしまったのだ。
「「「な……っ!?」」」
キュロス団長をはじめ、近衛騎士たちが驚愕に目を見開く。
「なんだあの威力……!? 結界を物理的に斬ったんじゃない、魔法の『概念』ごと切り裂きやがったぞ!?」
フェイトがミスリルソードを構えながら、冷や汗を流して唸った。
「ヒャハハハッ! 驚いたか? これが俺のユニークスキル【ソード(絶対切断)】だ! いかなる物質、魔力、概念だろうと、俺の剣が触れたものはすべて問答無用で両断される! 防御なんて意味はねぇ!」
ミラースの傲慢な笑い声が王都に響き渡る。
防ぐことが不可能な、すべてを切り裂く絶対の矛。
そんなチートスキルを前に、広場の群衆はパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
「さあて、次はあの目障りな公爵の首と、生意気な小娘を真っ二つにしてやるよ!」
ミラースが翼を羽ばたかせ、恐るべき速度でジルヴェスター様と私に向かって急降下してきた。
「くっ……! ナツコ殿、下がっていろ!」
ジルヴェスター様が腰の宝剣を抜き放ち、圧倒的な闘気を纏って迎え撃とうとする。
だが、相手は防御不能の【絶対切断】。
いくらジルヴェスター様の剣技が凄まじくとも、剣と剣が打ち合った瞬間に、こちらの剣ごと斬り裂かれてしまう!
(防御が不可能な攻撃……! 前世の社畜時代にもあったわ。どんな正論も通じない、理不尽なトップダウンのクレーム攻撃!)
私の脳細胞が、極限状態の中で猛烈に回転し始めた。
(でも、どんなチートスキル(理不尽)にも、必ず『システムの穴』は存在する! 【善行ポイント通販】の検索窓、キーワードは『絶対切断に対抗する概念』!)
視界の右隅で輝く黄金のショップ画面。
【現在の総所持ポイント:4,530 pt】
膨大な商品リストの中から、私の目に一つのアイテムが飛び込んできた。
【絶対防御力場展開・コンプライアンスシールド(ユニークスキル『シールド』一時付与機能付き):800 pt】
(これよ!! 『何でも斬れる矛』には『何でも防ぐ盾』をぶつける! 矛と盾の矛盾を起こして、システムをクラッシュさせるのよ!)
「購入!!」
私は確定ボタンを連打した。
パパンッ!と空間が光り、私の手元に銀色に輝く小型の魔導ディスクが出現する。
「ジルヴェスター様! これを使ってください!」
私はそのディスクを、ジルヴェスター様の背中へ向かって思い切り投げ渡した。
「なんだ、これは!?」
ジルヴェスター様が空中でディスクを掴んだ瞬間、ディスクから眩い光が溢れ出し、彼の左腕に『巨大な光の盾』が形成された。
「ヒャハハ! 無駄無駄ァ! どんな盾だろうが、俺の【ソード】の前では紙切れ同然だァァッ!」
急降下してきたミラースが、必殺の妖刀をジルヴェスター様めがけて全力で振り下ろした。
対するジルヴェスター様も、私の渡した光の盾を迷うことなく前方へ突き出す。
絶対切断の【ソード】と、絶対防御の【シールド】。
世界の法則をねじ曲げる二つのユニークスキルが、正面から激突した。
ガギィィィィィィィィンッ!!!!
斬撃も、防御も成立しない。
二つの相反する絶対概念が衝突した瞬間、空間そのものがバグを起こしたかのように激しく明滅した。
そして――。
パァァァァンッ……!!
まるでショートした電球のように、ミラースの妖刀を包んでいた【ソード】のオーラと、ジルヴェスター様の左腕の【シールド】が、同時に霧散して消滅してしまったのだ。
「な……っ!? はぁ!?」
ミラースが空中で目を丸くし、自分の妖刀を呆然と見つめた。
「俺の……俺の【ソード】が……消えた!? バカな、あり得ねぇ! 俺の最強のスキルが!」
「ふふ……『矛盾』による強制シャットダウンですわ」
私は安全な後方から、ニヤリと社畜の笑みを浮かべた。
「絶対に斬れる剣と、絶対に防ぐ盾がぶつかれば、システムの処理が追いつかずに両方ともエラーを起こして『一時停止状態』になる。……IT管理の基本中の基本ですわね。さあ、チートが剥がれた今、貴方はただの『羽の生えたお兄さん』ですわよ?」
「き、貴様ぁぁぁっ! ふざけるな小娘!」
激昂したミラースが、スキルを失ったただの妖刀を振りかぶり、着地と同時に再び斬りかかってこようとした。
だが。
「――私の至宝を、小娘呼ばわりするな」
ドゴォォォォンッ!!
轟音。
それは剣の音ではなく、純粋な『肉体』が空気を叩き潰す音だった。
「……がはっ!?」
ミラースの顔面が、あり得ない角度にひしゃげていた。
ジルヴェスター様が、宝剣を投げ捨て、なんと『素手(右ストレート)』でミラースの顔面を真正面から打ち抜いたのだ。
「ご、ごふっ……!? き、貴様、剣士のくせに……剣を捨てて殴る、だと……!?」
ミラースが鼻血を噴き出しながら、信じられないものを見る目でジルヴェスター様を見上げる。
「剣などただの飾りに過ぎん。……忘れたか、ネフィリムよ。私はルナミス帝国全軍の総司令官。学生時代、肉弾戦(格闘)の成績で私の右に出る者はいなかったのだ」
ジルヴェスター様は、バキバキと拳の関節を鳴らした。
普段の冷徹で優雅な『氷の司令官』の面影はどこへやら。そこにあったのは、愛する女性を守るために闘志をむき出しにした、最強の武闘派男子の姿だった。
(ぎゃああああっ! ジルヴェスター様、素手の殴り合い(物理)も強すぎますわぁぁっ!)
私は思わず両手で顔を覆いながらも、指の隙間からその雄姿をガン見してしまった。
「オラァッ! 俺は魔王になる男だぞぉぉっ!」
ミラースがヤケクソになって殴りかかってくる。
「片腹痛いッ!」
バキィッ! ドガァッ! メキィッ!
そこからは、もはや一方的な『殴り合い宇宙』だった。
圧倒的な体術と闘気による、ジルヴェスター様の情赦ないラッシュ。
魔王軍の将軍であり、チートスキルに依存しきっていたミラースは、純粋な格闘戦においては歴戦の猛者であるジルヴェスター様の足元にも及ばなかった。
「あべべべべっ……!」
最後は、ジルヴェスター様の闘気を込めた強烈なアッパーカットがミラースの顎を打ち抜き、彼は白目を剥いて天高く打ち上げられ、そのまま広場の石畳に頭から突き刺さった。
チーン。
完全決着。
王都を恐怖に陥れた禁忌のネフィリムは、スキルを無効化された挙句、公爵様の物理パンチによってものの数分でノックアウトされてしまったのである。
「ふぅ……。久々に身体を動かして、少し汗をかいてしまったな」
ジルヴェスター様は乱れた軍服の襟を正し、何事もなかったかのように優雅な所作を取り戻した。
「じ、ジルヴェスター様……! お怪我はありませんか!?」
私が慌てて駆け寄ると、彼はふっと優しく微笑み、私の頭を撫でてくれた。
「君が完璧な『盾』を渡してくれたおかげで、無傷だ。……本当に、君のその不思議な知恵には毎回驚かされる。私一人では、危ういところだった」
「い、いえ! あんなに見事な右ストレートを見たのは初めてですわ! すっごく……格好良かったです……!」
私が素直に称賛すると、ジルヴェスター様は少し照れくさそうに目を逸らし、耳を赤くされた。
「へっ、相変わらず公爵の旦那のステゴロ(素手)は容赦ねえな。冒険者の俺でも引くレベルだぜ」
フェイトが呆れたように笑う。
「しかし……魔王軍の将軍が、単独で王都を急襲してくるとは。事態は我々が思っている以上に切迫しているのかもしれませんね」
マンミアさんが気絶したミラースを捕縛しながら、厳しい顔で呟いた。
「ええ。炎上神ワイズのアカウントが凍結され、ゼロスが失脚したことで、敵の残党たちも焦って直接的な実力行使に出始めたのでしょう」
私は空を見上げた。
王都の空は再び青空を取り戻していたが、アナスタシア世界の裏側で蠢く『死蟲王サルバロス』や『邪神』たちの影は、確実に私たちの日常を脅かしつつある。
(でも、負けないわ。私には最強の仲間たちと、公爵様がいる。……それに、ポイント通販の力もあるんだから!)
社畜令嬢の戦いは、王都の経済改革から、やがて世界を救う防衛戦へと、その舞台を大きく広げようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




