EP 7
勇者のメッキが剥がれる時。法廷で暴かれる罪と罰
中央大広場に降り注ぐ、逃げ場のない冷ややかな視線の嵐。
先ほどまで「英雄」として崇められ、投げ銭をせびっていたゼロス・ディバインの周囲には、今や嘲笑と罵倒の渦が巻いていた。
「な……ッ!? あ、あり得ない! 俺のステータスが、俺のマネーが……消えただと!? この俺様が、レベル1の一般人に逆戻りするなんて、そんなはずがないっ!」
ゼロスはガタガタと震えながら、自身の腕を何度も見つめた。
ピカピカに輝いていた聖なる鎧は、ただの薄汚れた布切れへと変わり果て、オリハルコンソードと称していた剣も、今や錆びついた安物の鉄塊にしか見えない。
リーザちゃんの歌声が撒き散らした【貧乏神】のスキルは、単に金貨を吸い上げただけではない。
ゼロスが金に物を言わせて無理やり引き上げていた「不自然な能力」の基盤そのものを、根こそぎ腐食させ、無効化してしまったのだ。
「誰か……! 誰か俺を助けろ! 俺は勇者だぞ! 俺を救うことは、この王都の平和を救うことなんだ!」
ゼロスが取り乱して叫ぶが、広場の群衆は冷ややかな目で彼を見下ろしている。
彼らが昨日までゼロスに投げ銭をしていたのは、彼が「強くて格好いい英雄」だったからだ。
魔法も、闘気も、何より自信の拠り所であった金すら失った、ただの厚底ブーツを履いた小男など、誰が崇めようか。
「フェイト……あの男、なんだか急に小さく見えますわね」
マンミアさんがパイルバンカーを背負いながら、呆れたようにため息をついた。
「ああ。厚底ブーツを脱いだら、俺の腰くらいまでしかねぇんじゃねぇか? 今までよくあんなペラッペラの偽物ステータスでイキがれたもんだぜ」
フェイトがポポロ・シガレットを地面に捨てて踏み消す。
私はゆっくりと、絶望に沈むゼロスの前まで歩み寄った。
「ゼロス様。……いえ、ただのゼロスさん、かしら?」
「ぐっ……お、お前……! あの時、魔獣の騒ぎを裏で仕組んだ黒狐商会の会長を突き出させたのも、俺の口座からスパチャを消したのも、全部お前の仕業だな!?」
「いいえ。私はただ、貴方が選んだ『選択の結果』を、適切に処理しただけですわ」
私は優しく、けれど絶対に逃げ場を与えない冷徹な微笑みを向ける。
「貴方は自分の力を使わず、金と嘘で他人の努力を踏みつけて手柄を奪い続けました。……けれど、社会という場所は『正当な契約』と『客観的な証拠』で動くものです。貴方が積み上げてきたヤラセのピラミッドが、いかに脆弱だったか……これでもう、痛いほど理解できたでしょう?」
「う、うるせぇっ! 俺は……俺はただ、皆に夢を見せたかっただけなんだ! ヤラセだろうが何だろうが、俺が英雄として振る舞うことで、この国は……!」
「――貴方の言う『夢』は、誰かの一生の苦労を奪い、誰かの生活を壊して成り立つものですね」
私はバッグから、昨日確定した『違約金・金貨五十万枚の請求書』を取り出した。
「貴方が昨日、法的な合意のもとにサインしたこの誓約書。金貨五十万枚。支払う意思はありますか?」
「そ、そんな金……あるわけがないだろうっ!!」
「そうですか。では――帝国監察省の規定に基づき、貴方の身柄と所有するすべての物品、および貴方がこれまで『偽装』していたすべての資産は、公的に差し押さえさせていただきますわ」
その瞬間、広場の背後から、重厚な金属音が響き渡った。
ジルヴェスター様が率いる近衛騎士団の一隊が、無表情でゼロスの四方を完全に包囲したのだ。
「ゼロス・ディバイン。貴公を、国境付近の市場操作、ならびに公文書偽造および詐欺の容疑で逮捕する」
ジルヴェスター様の声は、死神の宣告のように冷たく響いた。
「あ……あぁ……っ、嫌だ、嫌だぁぁぁっ! 俺は勇者だぞ! 神に選ばれた勇者だぁっ!」
「神など見ていないさ。……君が欺いていたのは、他ならぬ民の心だ」
近衛騎士たちがゼロスの両腕を掴み、彼がすがりつく厚底ブーツを無情に引き剥がす。
ただのちっぽけな、自信のない小男がそこに残された。
「リーザちゃん」
私はステージの袖にいたリーザを呼んだ。
「はい、スポンサー様!」
リーザが芋ジャージの上から羽織ったドレスを翻して駆け寄ってくる。
「彼から吸い上げたスパチャ(課金残高)の残りは、どうなっているかしら?」
「ふふん! 全部、神界の賽銭箱を通じて、ルナミス帝国の子育て支援基金に自動転送しておきましたわ! これで王都の子供たちも、美味しいシチューが食べられますの!」
「素晴らしいわ。最高のアイドルね」
私たちは顔を見合わせ、満足げに笑い合った。
あんなに不当な暴利を貪っていた金が、最後には困っている人々のために使われる。これこそが、社畜が追い求める最高の「適正な再分配」という名のざまぁである。
◇
数日後。
ルナミス帝国の社交界は、信じられないほどの激震に見舞われていた。
ヤラセ勇者ゼロスの逮捕に加え、彼に群がっていた悪徳貴族たちが、次々とコンプライアンス監査に引っかかり、摘発されていく。
そのすべてを影で操っていた『炎上神ワイズ』のアカウントは、天界の最高責任者であるルチアナ様の手によって、永久凍結処分となった。
そして。
王都の大通りを一望できる高級カフェのテラス席で、私はジルヴェスター様と優雅にティータイムを楽しんでいた。
「まったく……君のおかげで、王都の経済はかつてないほど健全な状態だ。これまでどれほどの『腐った芽』が寄生していたのかと思うと、恐ろしくなるよ」
ジルヴェスター様は、私が入れて差し上げた「ポポロ・コーヒー」を一口含み、心底安堵したように息を吐かれた。
「ふふ、現場の段取りさえ整えれば、腐った芽なんて自然と枯れるものですわ。それに……今回は、リーザちゃんという最強の切り札がいましたから」
ふと視線を向けると、広場の方から、何百人ものファンに囲まれながら「歌って! アイドル様!」とコールされているリーザちゃんの姿があった。
彼女は相変わらず芋ジャージを着ているが、その背後にはかつての貧乏神のようなどんよりとした気配はなく、満面の笑みで『Love & Money』を熱唱している。
「あの娘も、まさかアイドル活動が『国家の経済正常化』に直結するとは思わなかっただろうな」
ジルヴェスター様が優しく私の手を取り、そっと私の髪を耳にかけた。
「ナツコ殿。君という人は、本当に……私を飽きさせない」
「公爵様……」
頬が熱くなるのを感じながら、私は彼の蒼い瞳を見つめた。
辺境の開拓、特区の開発、そして王都の経済改革。
前世で誰にも認められず、ただ「無能」と使い捨てられていた私が、いまこうしてこの国の最高位の方の隣に立ち、誰よりも誇らしく生きている。
(……この幸せを、二度と誰にも奪わせないわ)
私はそっと彼の胸元に頭を預け、穏やかな王都の風を感じていた。
だが——。
平和な時は、いつも予期せぬ場所から崩れ去る。
空高く、王都の空を見上げていた近衛騎士団長キュロスが、青ざめた顔で駆け込んできた。
「閣下……! 大変です! 王都の結界の外側で、……見たこともない『異質な魔力』の反応が……っ!」
ジルヴェスター様の表情が一瞬で戦士のものへ変わる。
「……何だと? まさか、死蟲王の残党か?」
「いえ、……それは、ルナミス帝国でもアバロン魔皇国でもない……もっと古く、忌まわしい『禁忌』の魔力ですッ!」
遠くの空に、黒い亀裂が走った。
そこから漏れ出したのは、これまでの魔物とは明らかに格が違う、世界を滅ぼすための『侵略者』の影。
第三章の平穏は終わりを告げ、ナツコたちは、自らの生きるアナスタシア世界を守るための、真の「調停者」としての戦いへと、その身を投じていくこととなるのだった——。
お読みいただきありがとうございます!
第三章第7話、ついに成金勇者ゼロスのメッキが完全に剥がれました。自身の財産とステータスを失い、小柄な一般男性へと戻った彼の末路は、これまでのナツコたちの戦いの中でも最高の「社会的死」と言えるでしょう!
そして、これで王都編は一段落かと思いきや……最後に新たな「禁忌」の影が!
アナスタシア世界の存亡をかけた戦いが、ここから一気にヒートアップします。
「ゼロスが縮むシーン最高!」「次なる敵は誰!?」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけますと執筆の活力になります!
次回より、アナスタシア世界を揺るがす禁忌の侵略者が、ナツコの「社畜流・防衛戦」を襲撃します! どうぞお楽しみに!




