EP 5
最凶の盾(貧乏神)のプロデュースと、ヤラセ配信の夜
ヴァルハイト公爵邸の豪華な客室は、現在、即席の『アイドル・プロダクション会議室』へと様変わりしていた。
「――つまり、リーザちゃんの【貧乏神】スキルは、貴女の歌声に魅了された対象から、現金や電子マネー、果てはステータスまでも『スパチャ(投げ銭)』という概念に変換して、神界のお賽銭箱へ強制送金してしまうのね?」
私はホワイトボードに図解を書きながら、ソファでふんぞり返っている芋ジャージの少女――リーザちゃんに確認した。
「ええ、その通りですわ! 私の歌声には、ファンのみんなに『ああっ、この尊いアイドルに全財産を貢ぎたい!』と思わせる絶対的な魅力がありますの! ただ、貢がれたお金はすべて神様のお賽銭になっちゃうので、私はいつまで経ってもパンの耳生活なんですけどね!」
リーザちゃんはポテトチップスをかじりながら、自慢げに言い放つ。
自分の能力で極貧生活を強いられているというのに、この底抜けのポジティブさ。さすがはタローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と死闘を繰り広げた、サバイバル人魚姫である。
「なるほどな。要するに、その『ゼロス』って成金勇者にリーザの歌を聞かせれば、奴の資金源を根こそぎ吸い取って無力化できるってわけだ」
フェイトがポポロ・シガレットを指に挟みながら、感心したように頷く。
「その通りよ」
私はホワイトボードの『ゼロス・ディバイン』と書かれた名前に、大きく×印を書き込んだ。
「ゼロスの【マネー】スキルの弱点は『資金が尽きればただの一般人になる』こと。しかし、彼には神界の配信サイト『ゴッドチューブ』の狂信的なファンから、莫大な投げ銭が供給され続けているわ。……だからこそ、その資金の『供給源』よりも太い『排出管』を繋いでやるのよ。リーザちゃんの歌声という名の、底なしのブラックホールをね」
「おおーっ! なんだかよく分かりませんが、私が王都の大きなステージで歌えばいいんですわね!? スポンサー(ナツコ)様、私、やりますわ!」
リーザちゃんが目を輝かせて立ち上がった。
「ええ。でも、ただ歌うだけじゃゼロスの信者たちは振り向かないわ。彼らのお金を吸い上げるには、まずゼロスの『メッキ(ヤラセ)』を剥がして、彼らの関心を一気にリーザちゃんへ向けさせる決定的な『舞台』が必要よ」
私は腕を組み、ニヤリと社畜特有の悪だくみの笑みを浮かべた。
「ゼロスは昨日、私たちが仕掛けた違約金トラップによって多額の負債を抱えたわ。焦った彼は、必ず近いうちに『大規模なヤラセ配信』で一気に資金を回収しようとするはず。……その時が、私たちの反撃のタイミングよ」
「なるほど、敵の自作自演を逆手に取るのですね。ナツコ様、流石の盤石な段取りです!」
マンミアさんが尊敬の眼差しを向けてくる。
「というわけで、フェイトさん。貴方には今夜、ちょっと王都の倉庫街まで『お使い』に行ってほしいの」
「お使い? なんだよボス、夜の倉庫街なんて物騒な場所に何しに行くんだ?」
「私たちがポポロ村から取り寄せた食料の残りが、倉庫街の第七区画に保管してあるの。明日の炊き出しに使うから、状況を確認してきてちょうだい。……あ、もちろんお駄賃として、帰りにルナキンで好きなだけ夜食を食べてきていいわよ?」
「マジか! ルナキンの『メガ盛りステーキ・ガーリックライス』食ってもいいのか!? 行く行く、絶対に行くぜ!」
フェイトは現金なもので、嬉々としてミスリルソードを背負い直した。
(ゼロスが魔獣を放つとしたら、人目につかず、かつ私たちが運び込んだ食料にダメージを与えられる『倉庫街』が狙い目のはず……。フェイトさんを配置しておけば、いざという時の最高のカウンターになるわ)
私は心の中で完璧なシフト表を組み立てながら、リーザちゃんに向き直った。
「さあ、リーザちゃん! 貴女は明日の『ゲリラライブ』に向けて、徹底的にボイストレーニングと振り付けの特訓よ! 衣装も【善行通販】で最高のアイドルドレスを取り寄せてあげるわ!」
「はいっ、プロデューサー様! 私のLove & Moneyで、王都のファンを全員破産にさせてみせますわーっ!」
◇
その日の深夜。
ルナミス帝国の王都、第七倉庫街。
静まり返った暗い路地に、ガサガサという不気味な物音と、獣の低い唸り声が響いていた。
「ヒヒヒ……計画通りだ。ゼロス様の命により、違法な闇ルートで仕入れた『凶暴化ポーション』漬けの魔獣どもだ」
倉庫街の影に潜んでいた黒狐商会の残党が、檻の鍵を次々と開け放っていた。
檻の中から這い出してきたのは、体長二メートルを超える凶悪な『ブラッドウルフ』の群れ。目が真っ赤に血走り、口からは涎を垂らしている。
「行け! 公爵家が管理している第七倉庫の食料を食い荒らし、街へ出て暴れ回れ! 市民の悲鳴が最高潮に達したところで、ゼロス様が華麗に登場して『ゴッドチューブ』の配信を始める段取りだ!」
悪徳商人がほくそ笑む。
狂暴化した数十頭のブラッドウルフが、低く唸りながら倉庫街のメインストリートへと雪崩れ込んでいく。このままでは、夜間警備の兵士や周辺の住民たちに多大な被害が出るのは火を見るより明らかだった。
――しかし。
「あー……クソ、ルナキンに行く前にこんな面倒な仕事を頼まれるとはなぁ」
倉庫街のど真ん中。
ブラッドウルフの群れの真正面に、だるそうに首をポキポキと鳴らしながら歩いてくる一人の男の影があった。
「あ? なんだあいつ? こんな夜中に……」
物陰から覗いていた商人が怪訝な顔をする。
銀茶髪に、だらしなく咥えたポポロ・シガレット。
そして、月明かりにギラギラと反射する、全身白銀の『ミスリルアーマー』と背中の大剣。
「……ん? なんだお前ら。デカい犬っころがいっぱいいるじゃねえか。迷子か?」
フェイト・ラックは、目の前に迫る数十頭の凶悪な魔獣を見ても、全く動じることなく銀貨を一枚取り出した。
「グルルルルッ……!!」
ブラッドウルフたちが、獲物を見つけて一斉に牙を剥き、フェイトへと襲いかかろうとする。
「まあいいや。さっさと終わらせて、メガ盛りステーキ食いに行こっと」
チンッ……。
フェイトの親指が、銀貨を夜空高く弾き飛ばした。
くるくると回転するコイン。それは、彼自身の運命と、この夜のヤラセ計画のすべてを決定づける『ルーレット』。
パシッ。
手の甲に落ちたコインを確認したフェイトの口角が、ニィッと吊り上がった。
「へっ……【表(大勝利)】だ」
その瞬間。
フェイトの全身から、夜の闇を真昼のように照らすほどの、圧倒的で暴力的な『黄金の闘気』が爆発的に噴き上がった!
「な、なんだあの光はぁぁっ!?」
隠れていた黒狐商会の男が、あまりの眩しさに悲鳴を上げて目を覆う。
「さあて、ワンちゃんたち。お遊びの時間だぜ」
フェイトは背中のミスリルソードを右手一本で軽々と引き抜いた。
剣術A、体術A、闘気A――ただでさえA級冒険者トップクラスの彼の全ステータスが、コイントスの【表】によって『2倍(S級オーバー)』へと跳ね上がったのだ。
「シャァァァァッ!!」
先頭のブラッドウルフ十数頭が、四方八方からフェイトの首筋めがけて一斉に飛びかかる!
「遅ぇよ」
ドシュッ……!!
フェイトの身体がブレたかと思うと、次の瞬間には彼が剣を振るった『残像』だけがそこに残されていた。
ズバアァァァァァンッ!!
空間そのものがズレたような巨大な斬撃波が、倉庫街の路地を一直線に駆け抜ける。
飛びかかってきたブラッドウルフたちは、悲鳴を上げる間もなく、空中で綺麗に真っ二つに両断され、ドサドサと無残な肉塊となって地面に降り注いだ。
「な……ば、バカな……!? 凶暴化ポーションで強化されたブラッドウルフが一瞬で……!?」
商人が腰を抜かして震え上がる。
「オラオラ! ステーキの邪魔すんなって言ってんだよッ!」
フェイトの無双は止まらない。
圧倒的な脚力で数十メートルを瞬時に跳躍し、空から急降下しながらの大剣の叩きつけ!
ドガァァァァァンッ!!という大音響とともに石畳がクレーターのように粉砕され、周囲の魔獣が衝撃波だけで吹き飛んで絶命していく。
わずか十数秒。
ゼロスが周到に用意し、王都を恐怖に陥れるはずだった数十頭の魔獣の群れは、ただ「ルナキンでステーキを食べたい」と急いでいたギャンブル男の通り魔的な暴力によって、文字通り『瞬殺』されてしまったのだ。
「ふぅ。こんなもんか。……おっと、シガレットの火が消えちまったな」
フェイトは大剣を背中に納め、何事もなかったかのように欠伸をした。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! ば、バケモノだぁぁっ!」
すべてを見ていた商人が、失禁しながら闇の中へ逃げ去っていく。
◇
その頃。
倉庫街の屋上で、聖なる鎧に身を包んだゼロス・ディバインは、自前の『魔導カメラ』を構えて出番を待っていた。
「ククク……さあて、そろそろ魔獣どもが暴れ出して、下民どもの悲鳴が聞こえてくる頃だ。……ん? なんだあの光と爆発音は?」
ゼロスが倉庫街を見下ろすと、そこには悲鳴を上げる市民の姿もなく、暴れ回る魔獣の姿もなかった。
代わりに、血の海と化した路地の真ん中を、鼻歌交じりに歩いていく銀茶髪の男の後ろ姿があった。
「は……? え……? 魔獣は? 俺の、俺の稼ぎの種(ヤラセ魔獣)はどこに行った!?」
ゼロスはパニックになりながら、屋上の縁から身を乗り出した。
彼の完璧な『自作自演のヒーローショー』は、カメラを回す前に、フェイトの理不尽すぎるコイントス無双によって完全に台無しにされてしまったのである。
「ふざけるなァァァ! 誰だあいつは! 俺の配信計画が……スパチャの回収がパーじゃねえかぁぁぁッ!!」
夜の王都に、メッキ勇者の惨めな絶叫が空しく響き渡る。
ナツコの完璧なシフト管理と、フェイトのデタラメな運命力。
焦燥に駆られたゼロスを、翌日、さらなる『究極の絶望(貧乏神アイドル)』が待ち受けていることを、彼はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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