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過労死令嬢は二度目の搾取をお断りします〜善行通販で辺境を豊かにしたら元婚約者は自滅し、公爵様に溺愛されました〜  作者: 月神世一


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EP 4

売られた喧嘩は、書類とコンプラで買いましょう

 王都郊外に位置する、大規模な物流中継所。

 早朝のひんやりとした空気の中、各都市から集まった荷馬車が行き交い、商人や荷運び人たちの威勢の良い声が飛び交っている。

 私は、タローマン特注の作業用オーバーオールに身を包み、クリップボードを片手に中継所の隅で待機していた。

「そろそろ、ポポロ村からの第一陣が到着する時間ね」

 昨夜、ジルヴェスター様と王都の買い占め状況について協議した私は、即座にポポロ村のキャルルちゃんに魔導通信石で連絡を取った。

 王都で枯渇している『米麦草』と『肉椎茸』を、ポポロ村と国境の自由貿易特区から独自のルートで王都へ直送する手配を整えたのだ。これで王都の庶民に安価な食料を供給し、ゼロスたちの買い占めによる価格操作に風穴を開けることができる。

「ナツコ様! 見えました! 先頭にポポロ村の紋章を掲げた輸送隊です!」

 マンミアさんが鋭い視力を活かして街道の奥を指さした。

「おっ、やっと来たか。朝飯抜いて護衛の仕事なんてやってらんねぇからな、早く検品終わらせて美味いもん食いに行こうぜ」

 フェイトが大きな欠伸をしながら、ポポロ・シガレットに火をつける。

 ゴトゴトと音を立てて中継所に滑り込んできたのは、頑強なロックバイソンに引かれた十数台の大型魔導馬車だ。荷台には王都で不足している食料が山のように積まれている。

「よし、検品と倉庫への搬入指示を――」

 私が歩み寄ろうとした、その時だった。

「おやおや! これは見事な米麦草と肉椎茸じゃありませんか! 遠路はるばるご苦労なことですなぁ!」

 私たちよりも早く輸送隊に近づき、下卑た笑い声を上げながら立ち塞がった集団がいた。

 ギラギラとした成金趣味の絹の服を着た太った商人――ゼロスと結託し、王都の物価を高騰させている『黒狐商会』の幹部たちだ。

「なんだあんたたちは? 俺たちはヴァルハイト公爵家の最高実務顧問、ナツコ様からの直々の依頼で物資を運んできたんだ。邪魔しないでくれ」

 ポポロ村の御者の一人が、怪訝な顔で黒狐商会の商人を睨みつける。

「ヒヒヒッ、そう固いことを言わずに。お宅ら、公爵家からいくらで請け負ったか知りませんがね……」

 商人の男は、懐からずっしりと重い皮袋を取り出し、チャリンと金貨の音を鳴らしてみせた。

「今ここで、その荷物をすべて我々『黒狐商会』に引き渡してくださるなら、公爵家が提示した運上金の『五倍』……いや、『十倍』の現金(金貨)を即座にお支払いしますよ。どうです? これなら一生遊んで暮らせる額でしょう?」

「じゅ、十倍だと……!?」

 中継所の周囲にいた他の商人や荷運び人たちが、どよめきの声を上げた。

 金に物を言わせた、露骨すぎる『横流し(引き抜き)』の要求。

 これこそが、ゼロス・ディバインの財力を背景にした彼らのえげつないやり方だ。どんなに正規の契約があろうと、現場の人間を莫大な金で買収し、物資を横取りして自分たちの倉庫へ隠匿する。そうやって王都の物流を麻痺させてきたのだ。

「さあさあ! 賢い商売人ならどちらが得か分かるでしょう? ヴァルハイト公爵家の女顧問とやらとの契約なんて、口約束みたいなもんでしょうが。金さえ払えば揉み消せますよ、ヒヒヒッ!」

 商人が嫌らしい笑みを浮かべ、さらに金貨の袋を積み上げようとした、まさにその時。

「――随分と景気の良いお話ですこと」

 私はゆっくりと前に進み出て、黒狐商会の商人の前に立ちはだかった。

「お、女……? チッ、あんたが噂の『最高実務顧問』とやらですか」

 商人は私を上から下まで値踏みするように見て、鼻で笑った。

「お嬢ちゃん、悪いことは言いません。世の中、正義や理屈じゃなくて『金』がすべてなんですよ。我々のバックには、飛ぶ鳥を落とす勢いのディバイン財団……ゼロス勇者様がついているんです。公爵家の威光を笠に着て、大人しく引っ込んでいた方が身のためですぜ?」

「へえ、金がすべて、ですか」

 私はクリップボードを胸に抱き、冷ややかなビジネススマイルを浮かべた。

「では、確認させていただきます。黒狐商会は、ヴァルハイト公爵家と正式に輸送契約を結んでいるこの積荷を、自らの資金で買い取り、所有権を移転させる意思がある……ということでよろしいですね?」

「ヒヒヒッ、当たり前でしょう! 契約なんてものは、より多くの金を積んだ者に書き換えられるのが市場のルールってもんです!」

 商人は胸を張り、ポポロ村の御者に向かって金貨の入った袋を無理やり押し付けた。

「さあ、受け取りなさい! これで商談は成立です! 野郎ども、荷馬車をうちの倉庫へ運べ!」

「あっ、おい!」

 御者が戸惑う中、黒狐商会の人足たちが勝手にロックバイソンの手綱を握り、馬車を動かそうとする。

「ナツコ様! 奴ら、強引に奪う気です! お命じくだされば、一瞬で制圧いたします!」

 マンミアさんが激怒し、パイルバンカー『アグニ』を構えようと前に出た。

「待って、マンミアさん。暴力は必要ありませんわ」

 私は片手を挙げて彼女を制止した。

 前世の社畜時代。

 強引な買収や、現場での理不尽な引き抜き行為を行う悪質業者に対し、感情的になって怒鳴り散らすのは三流のやることだ。

 本物のプロ(社畜)は、相手が「契約を破ってでも強引に奪い取った」という既成事実を作った瞬間に、法と契約書の力で相手の息の根を止めるのである。

「商談成立……ですね。確認いたしましたわ」

 私はクリップボードを閉じ、視界の右隅で光る【善行ポイント通販】の画面を操作した。

【現在の総所持ポイント:3,730 pt】

(事前に仕込んでおいた『アレ』の出番ね!)

【起動:超高精度・魔法公証人ロボット(コンプラ監査ドローン・ステルス型):100 pt】

 ――ピピピッ……!!

 突然、上空からけたたましい電子音が鳴り響いた。

 見えない光学迷彩を解除し、中継所の上空に姿を現したのは、銀色に輝く球体型の魔導ドローン(魔法公証人ロボット)だった。ドローンの中心にある赤いレンズが、黒狐商会の商人たちを無慈悲にロックオンする。

「な、なんだあの機械は!?」

 商人が驚いて後ずさった。

「これは、帝国法務省の特別監査システムに直結した『魔法公証人ロボット』ですわ」

 私は静かに告げた。

「黒狐商会の皆様。貴方たちは先ほど、『ヴァルハイト公爵家がポポロ村と締結した正規の輸送契約』を認識した上で、金銭を授受して不当に横取り(契約破棄の教唆および横領)を行いましたね? そのすべての音声と映像は、現在リアルタイムで帝国法務省と公爵家の監査部門へ証拠として転送されています」

「な……っ!? 証拠だぁ!? ふざけるな、こんな田舎の荷馬車の一つや二つ、ダミー会社を使えばいくらでも言い逃れできるんだよ!」

「言い逃れ? ……ふふ、できるものならやってみてくださいな。その荷馬車の『積荷』をよく見てご覧なさい」

 私が指さすと、商人は怪訝な顔で積荷の木箱を振り返った。

 ボゥッ……!!

 木箱の表面に、突如として眩い青色の魔法陣(コンプラ契約印)が浮かび上がったのだ。

 それは、私が事前に通販で取り寄せ、すべての積荷に仕込んでおいた【絶対追跡・不可視のコンプラ契約印】だった。

「ひっ……!? な、なんだこの紋様は!」

「その紋様は、正規の契約者である『私』以外の者が所有権を不当に移動させようとした瞬間、自動で発動する『違約金請求トラップ』ですわ」

 私は冷たい声で、事の重大さを叩きつけた。

「契約書第十八条『不当な妨害および横流し行為に対するペナルティ』。……公爵家の正規ルートを不当な手段で阻害した者は、その瞬間に『積荷の末端市場価格の百倍』の違約金を、即時一括で支払う義務が生じます」

「ひゃ、百倍だとぉぉぉっ!?」

 商人の顔から、一瞬ですべての血の気が引いた。

「米麦草と肉椎茸の馬車十五台分……現在の高騰した王都の市場価格で計算すると、ざっと……金貨五十万枚、というところでしょうか。ああ、貴方たちが『十倍の金を払ったから商談成立だ』と自ら認めてくれたおかげで、完全な合意として法的に成立しましたわ。ありがとうございます」

 チリン、チリーン……♪

 魔法公証人ロボットから、契約成立と違約金確定を知らせる軽快なチャイム音が鳴り響く。

「バ、バカな……! 金貨五十万枚!? そんな大金、払えるわけがねぇ! これは詐欺だ! 無効だ!」

「無効にはなりません。貴方たちはゼロス・ディバインの財力を背景に『金がすべて』と豪語しました。ならば、その莫大な違約金も、大好きな『お金』でキッチリと払っていただきますわ」

 へなへなと腰を抜かし、泥の上に座り込む商人。

 金で現場を荒らし、庶民を苦しめてきた悪徳商会が、完璧な証拠とコンプラトラップによって自滅した瞬間だった。

「ひゃー、相変わらずボスのえげつねぇ手際、敵に回したくねぇな……」

 フェイトが苦笑いしながらポポロ・シガレットの煙を吐き出す。

「素晴らしいです、ナツコ様! 暴力に頼らず、法と知略で悪党を完全包囲するそのお姿、まさに軍神の如き采配!」

 マンミアさんは馬体を震わせて感動している。

 私は震える商人を見下ろし、完璧なビジネススマイルを浮かべた。

「さあ、この『請求書』は、貴方たちの親玉であるゼロス・ディバイン様宛てに送らせていただきますわ。……せいぜい、彼が蓄えた『マネー』で支払ってもらうことですわね」

        ◇

 その数時間後。

 高級ホテルのVIPルームで、ゼロス・ディバインは信じられない報告に激怒してテーブルを蹴り飛ばしていた。

「ふざけるなァァァァッ!!」

 ガシャンッ!と高価なワイングラスが壁に叩きつけられ、粉々に砕け散る。

「金貨五十万枚の違約金だとぉ!? 俺のダミー商会が、公爵家の女顧問の手玉に取られて全額請求されただと!? バカなこと言ってんじゃねぇ!!」

 報告に来た黒狐商会の会長が、土下座をして震えている。

「も、申し訳ございませんゼロス様……っ! 現場の様子がすべて魔法公証人に記録されており、法的に逃れられない状況でして……公爵家の権限で、我々の口座がすでに差し押さえられ始めております……!」

「クソッ……! クソがぁぁぁっ!」

 ゼロスは髪を掻き毟り、血走った目で窓の外の王都を睨みつけた。

 彼の【マネー】スキルの源泉である資金が、ナツコの合法的な防衛策によってゴリゴリと削られようとしている。

「舐めやがって……たかが女一人が、この勇者ゼロス様に逆らう気か! いいだろう、金で無理なら……『ヤラセ』で力ずくでわからせてやる!」

 ゼロスの瞳に、狂気に満ちた炎上神ワイズの信徒としての黒い欲望が渦巻いた。

「おい! 裏口から『アレ』を手配しろ! 王都の倉庫街に直接『魔獣』を放て! パニックを起こして、俺がヒーローとして助ける『配信』を今夜決行する! そこで稼いだスパチャで、あの生意気な女顧問を完膚なきまでに叩き潰してやるッ!」

 追いつめられた成金勇者が選んだ、最悪の実力行使。

 だが、彼らのヤラセ配信の現場には、彼らの想像を絶する「イレギュラー(コイントス男)」が待ち構えていることを、ゼロスはまだ知る由もなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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