EP 3
ヤラセの課金勇者ゼロス・ディバインと、歪んだ市場のカラクリ
ルナミス帝国の王都、一等地にそびえ立つ最高級ホテルのVIPルーム。
豪奢なシャンデリアが照らすその部屋で、一人の男がふかふかの革張りソファに深く腰掛け、足をテーブルに投げ出していた。
「あー、最高だねぇ。やっぱり金で買えないモノなんて、この世にはねぇんだよ」
男の名前は、ゼロス・ディバイン。
年齢は二十五歳。神界から特別な力を授かったとされる『勇者』の一人である。
輝くような金髪に、不自然なほど真っ白に整形された歯。厚底ブーツで身長を誤魔化し、全身をピカピカのミスリルマントと聖なる鎧で包んだその姿は、一見すれば絵に描いたような「正義の味方」だった。
だが、彼が口に咥えているのは、裏社会の顔役たちが好む極太の『ポポロ・シガー』であり、その瞳にはどす黒い強欲の色が浮かんでいた。
「で? 市場の買い占め状況はどうなってるんだい、キツネのおっさん」
「ヒヒヒ……順調そのものでございますよ、ゼロス様」
ゼロスの向かいに座る、悪徳商会『黒狐商会』の会長が卑屈に手を揉み手した。
「王都に流通する『米麦草』と『肉椎茸』の八割方を、我々のダミー会社が買い占め、郊外の巨大倉庫に隠匿いたしました。市場はすでに品薄状態で、価格は通常の五倍にまで跳ね上がっております」
「いいぞいいぞ。庶民どもが飢えて、不満と絶望が限界まで溜まった時が俺たちの『稼ぎ時』だからな」
ゼロスはニヤリと笑い、シガーの煙を紫の輪にして吐き出した。
彼の持つユニークスキルは【マネー】。
己の財力、あるいは信者たちから投げ銭された金額(課金)を消費することで、一時的に自身のステータスを飛躍的に跳ね上げるというチート能力だ。
だが、彼は真面目に魔獣を倒して地道に稼ぐ気など毛頭なかった。
彼が契約している炎上神『ワイズ』の教え——「手っ取り早くPV(視聴数)を稼ぐには、悲劇と炎上を自作自演すればいい」というヤラセの手法を、完璧に実践していたのである。
「庶民が飢えて暴動が起きるか、あるいは俺たちが裏で手配した魔獣をスラム街に放つ。……そこで、パニックになった連中の前に颯爽と現れた俺が、悲劇のヒーローとして魔獣を倒し、食料を配ってやるのさ!」
「おおっ! まさに救世主! そしてその様子を、神界の配信サイト『ゴッドチューブ』で大々的に流すわけですね!」
「その通り! 可哀想な庶民を救うイケメン勇者ゼロス! 感動したバカな信者どもから、莫大な寄付金が俺の口座に雪崩れ込む! 俺はその金でスキル【マネー】を発動して俺強ぇぇ無双をし、さらに人気者になる! まさに究極の錬金術ってわけだ!」
ゲハハハッ!と、品性の欠片もない高笑いを上げるゼロス。
真の勇気も、人々への愛もない。
自動車学校にも通わずにフェラーリを乗り回すような、金と装備の力だけで虚飾のステータスを誇る『メッキの勇者』。それがゼロス・ディバインの正体だった。
「おっと、そろそろ『街頭インタビュー(撮影)』の時間だな」
ゼロスはポポロ・シガーを床にポイ捨てして靴で踏み消すと、懐から口臭消しスプレーを取り出し、シュッシュッと口内に吹きかけた。
「さあて、今日もカメラの前では『清く正しく美しい勇者様』を演じて、バカな金蔓どもから搾り取ってやりますかねぇ!」
◇
一方その頃。
王都のヴァルハイト公爵邸・特別執務室。
「……あむっ! はぐっ! 美味しい……っ! これが、公爵邸の専属シェフが作った『三段重ねフルーツパンケーキ』……! 涙が出るほど美味しいですのぉぉっ!」
ふかふかの来客用ソファで、芋ジャージ姿のリーザちゃんが、顔をクリームだらけにしながらケーキをホール食いしていた。
「よ、よく食うなぁ……俺の特盛り肉スタミナ丼が可愛く見えてくるぜ」
フェイトが若干引き気味にポポロ・シガレットを咥える。
「フェイト、お前も公爵邸の中でタバコを吸うな! 少しはナツコ様のお邪魔にならないよう謹まんか!」
マンミアさんがフェイトの後頭部をスパーン!と叩く。
賑やかな部下(と居候アイドル)たちのやり取りを背に、私はジルヴェスター様とともに、デスクの上の魔導タブレットを深刻な顔で見つめていた。
「ナツコ殿。君が昨日、ルナミスデパートの周辺で集めてくれた生の情報と、帳簿の不自然な流れ……これらが一本の線で繋がったということだな?」
「はい、ジルヴェスター様」
私はタブレットの画面を操作し、相関図を表示させた。
「王都の物資を買い占めている三つのダミー商会。彼らが最終的に資金を流し、そして大量の食料を溜め込んでいる巨大倉庫の所有権は……『ディバイン財団』。つまり、巷で人気の勇者『ゼロス・ディバイン』の管理下にあることが判明しました」
「なんだと……? 勇者が、自ら民の食料を買い占めて苦しめていると言うのか!?」
ジルヴェスター様の蒼い瞳に、激しい怒りの炎が灯った。
「信じがたいことですが、それが事実ですわ。……そして、彼の目的は単なる転売益ではありません」
私は前世のマーケティング知識と、この世界特有の【ゴッドチューブ】の仕組みを照らし合わせた推論を告げた。
「彼は『悲劇の自作自演』を行うつもりなのです。わざと市場から食料を消して民を飢えさせ、治安を悪化させる。そして、最悪のタイミングで恩着せがましく食料を配り、魔獣を倒して見せることで、自分への狂信的な支持と『莫大な投げ銭(資金)』を集める……。まさに、ヤラセの炎上商法ですわ」
「……何たる外道。人々の生活と命を、己の金と名誉のための『舞台装置』としか見ていないのか」
ジルヴェスター様がギリッと拳を握りしめる。
総司令官として、誰よりも民の安寧を願う彼にとって、ゼロスの行いは絶対に許されざる大罪だ。
「おいおいボス。でも、相手は神に選ばれた勇者なんだろ? しかもスキルで超強くなるなら、真正面から殴り合っても勝ち目は薄いんじゃないか?」
フェイトが真面目な顔で尋ねてくる。
「ええ、真正面から物理で戦えば、ね。……でも、彼の力の源泉である【マネー】スキルの弱点は非常に明確よ」
私はニヤリと、冷酷な社畜の笑みを浮かべた。
「彼は『お金(課金)』がなければ、ただのレベル1の一般人。……なら、彼を社会的に追い詰め、口座から一円残らずお金を奪い取って『無一文』にしてしまえばいいだけのことですわ」
「無一文、か。だが相手も巨大な財団だ。そう簡単に金脈を絶てるのか?」
ジルヴェスター様が心配そうに私を見る。
「そのための『最強の兵器』が、今ここでパンケーキを食べているではありませんか」
私の視線の先には。
「んむっ? 呼びましたか、スポンサー様?」
口の周りを生クリームだらけにして、首を傾げる芋ジャージの超絶美少女・リーザちゃんの姿があった。
「リーザちゃん。貴女の【貧乏神】のスキルは、対象の財産やステータスを強制的に『賽銭箱』へ没収して無力化する効果だったわね?」
「ええ! 私の歌声を聞いて魅了されたファンからは、愛と一緒にお金もステータスも全部吸い上げちゃいますの!」
(やはり……! 課金で強くなる成金勇者にとって、強制的に金を吸い上げる貧乏神アイドルは、最悪最凶の『天敵』になる!)
「……なるほど。ナツコ殿の考えることは、いつも私の想像の遥か上をいくな」
ジルヴェスター様が感心したように口元を綻ばせた。
「ですが公爵様。相手もバカではありません。私たちが彼を追い詰めようとしていることに気づけば、必ず妨害に出るはず。まずは私たちの足元……『ポポロ村からの独自の流通ルート』を潰しにかかってくるでしょう」
王都の市場を独占したいゼロスにとって、私たちが国境の特区から引き込んでいる独自の物資補給線は、邪魔で仕方ないはずだ。
「フェイトさん、マンミアさん。明日から少し忙しくなりますよ。……売られた喧嘩は、コンプライアンスと完璧な書類で、徹底的に買い取って差し上げますわ!」
「おっしゃ! ついにボスのえげつねぇ罠が発動するんだな!」
「ナツコ様のご命令とあらば、いかなる任務も遂行いたします!」
王都の経済を狂わせる、メッキだらけのヤラセ勇者。
彼がこれまで弱者から搾取し、金と嘘で塗り固めてきたその虚飾の城を——私とリーザちゃんのタッグで、土台から跡形もなく吹き飛ばしてやるのだ。
社畜令嬢の静かなる反撃の段取りが、いま王都の闇へ向けて動き始めた。
読んでいただきありがとうございます。
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