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過労死令嬢は二度目の搾取をお断りします〜善行通販で辺境を豊かにしたら元婚約者は自滅し、公爵様に溺愛されました〜  作者: 月神世一


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EP 2

ルナミスデパートの聖域と、芋ジャージの極貧アイドル

 ルナミス帝国の首都、中央商業区。

 かつての転生勇者・佐藤太郎がもたらした『近代化』の恩恵を象徴するこのエリアは、石造りの重厚な建築と、派手なネオンサインが入り混じる不思議な活気に満ちていた。

「すごい人出ね……! これが王都のメインストリート……」

 私は目深に被ったフード付きの外套の裾を少し引き寄せながら、周囲を見渡した。

 本日はお忍びの市場調査である。公爵邸の馬車は使わず、私とマンミアさん、フェイトの三人は、一般の冒険者や旅の商人に扮して街を歩いていた。

「たしかに賑やかですが、ナツコ様。……あちらの商店をご覧ください」

 同じく外套でケンタウロスの馬体をすっぽりと隠した(少し無理があるが)マンミアさんが、鋭い視線である商店の看板を指さした。

『本日の特売! 米麦草一袋・銀貨五枚!』

『軍用品払い下げ・肉椎茸の缶詰・銀貨八枚(※お一人様一点限り)』

「……高すぎるわね。通常の市場価格の三倍から五倍まで跳ね上がっているわ」

 私はメモ帳に素早く数字を書き込んだ。

 通りを行き交う庶民たちの顔にも、「また値上がりか」「これじゃ今夜もスープだけだ」と暗い疲労の色が滲んでいる。

「誰かが裏で、生活必需品を根こそぎ買い占めて倉庫に溜め込んでいる。……そして、市場が枯渇して価格が釣り上がったところで、小出しにして暴利を貪っているのね」

「げぇ、マジかよ。そんなえげつねぇ商売してる奴がいるのか」

 フェイトが眉をひそめてポポロ・シガレットをふかした。

「ええ。問題は、それだけの『莫大な資金』と『倉庫網』を誰が提供しているかよ。……もう少し、大手の流通事情を調べてみましょう。ルナミスデパートへ行くわよ」

 私たちは足並みを揃え、王都で最も巨大な商業施設『ルナミスデパート』へと向かった。

        ◇

 ルナミスデパートの地下食品売り場(デパ地下)。

 そこは、世界中から集まった珍しい食材や惣菜の匂いが充満する、食のワンダーランドだった。

「あー、ダメだボス。美味そうな匂いばっかりで、俺の胃袋が限界を訴えてるぜ」

 フェイトがお腹をグーグー鳴らしながら情けない声を出す。

「もう! フェイトはさっき、タローソンで買い食いしたばかりでしょう!」

 マンミアさんが呆れて小言を言おうとした、その時だった。

「――シュバッ! ハッ! トォォッ!!」

 精肉コーナーの一角で、信じられないほど俊敏な動きを見せている『奇妙な影』があった。

「え……?」

 私は思わず足を止めた。

 そこにいたのは、ワインレッドの『芋ジャージ(胸にマジックで「りーざ」と書かれている)』を着て、足元にはピンク色の健康サンダルを突っかけた、一人の少女だった。

 エメラルドグリーンの透き通るような美しい髪。

 真珠のように真っ白な肌。

 誰が見ても振り返るほどの超絶美少女……なのだが、彼女の『行動』は、その美貌を完全に打ち消すほど凄まじかった。

「おばちゃん! このウインナー、とってもジューシーで美味しいですわ! もう一口、味の奥行きを確認させてくださいまし!」

 少女は試食コーナーの売り子のおばちゃんに向かって極上の笑顔を振りまきながら、両手に持った爪楊枝(二刀流)を凄まじい速度で突き出していた。

 ザシュッ! パクッ!

「うん! 外はパリッと、中は肉汁がジュワッ! 素晴らしいですの!」

 ザシュッ! パクッ!

「ああっ、こちらのマスタード付きも絶品! ファン(試食客)の皆様、これは買いですわよ!」

「あ、あらあら……お嬢ちゃん、よく食べるわねぇ。でも他のお客さんの分も……」

「大丈夫ですわ! 私の華麗な試食パフォーマンス(ライブ)を見れば、売り上げは百倍になりますの! さあ、次のウインナーをプリーズ!」

 店員に嫌がらせと思わせない、愛嬌と勢いで押し切る見事な『試食の無双』。

「な、なんだあいつ……!? 剣豪ソードマスターみてぇな手際で試食のウインナーを平らげていきやがるぞ!?」

 フェイトが目を丸くして叫んだ。

「あのような高貴な顔立ちをしておきながら、あのように浅ましい……ゴホン、たくましい振る舞いをするとは……!」

 マンミアさんも戦慄している。

 すると、私たちの視線に気づいた芋ジャージの少女が、クルリとこちらを振り返った。

「あら? そこの外套の三人組さん! 私の圧倒的なオーラ(食い意地)に惹かれて立ち止まりましたのね?」

 少女は爪楊枝をビシッと私たちに向け、健康サンダルを鳴らしてポーズを決めた。

「五円!五円!御縁!御縁!ハイ! 私は歌で世界を救う、超絶無敵地下アイドル! リーザ・シーラン・リヴァイアサンですの! 以後お見知りおきを!」

「り、リーザ……シーラン……リヴァイアサン?」

 私はその長くてどこかで聞いたことのある名前に、首を傾げた。

 シーラン……? ルナミス帝国の南方に位置する、海洋国家シーラン国? 

 その王族直系の名前を、なぜこんな王都の地下食品売り場で、芋ジャージを着て試食を貪り食っている少女が名乗っているのだろうか。

「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ……」

 私が混乱していると、リーザと名乗った少女のお腹から、雷鳴のような盛大な音が鳴り響いた。

「あ……あら嫌だ。ウインナー十三切れでは、アイドルの燃費は賄えませんでしたわ……」

 リーザはフラリとよろけ、大理石の床に膝をついた。

「し、仕方ありませんわね……。今日はポポロ村の公園でタンポポを摘み忘れてしまったし……ルナミスデパートの化粧室で水を飲んで飢えを凌ぎますわ……。アイドルの道は険しいですの……ガクッ」

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」

 私は慌てて駆け寄り、倒れかけた彼女の背中を支えた。

 こんな超絶美少女が、タンポポと化粧室の水で命を繋ごうとしているなんて、前世で限界社畜だった私ですら経験したことのない極限の貧困サバイバルだ。

「フェイトさん、マンミアさん! 市場調査は一時中断です! この子をルナキンへ連れて行きますよ!」

        ◇

『ルナミスファミリーレストラン 王都中央店』。

「ハムッ! ハフッ! んぐんぐ……っ! ぷはぁぁぁっ!! 美味しいですわ! ルナキンの『肉椎茸ハンバーグ特大セット』、最高に美味しいですのぉぉっ!」

 テーブルに並べられた五人前のハンバーグ定食と、大盛りのフライドポテトを、リーザは信じられない速度で胃袋へとブラックホールのように吸い込んでいた。

「すごい食いっぷりだな……俺でもそんなに食えねえぞ」

 向かいの席でコーヒーを飲んでいたフェイトが、ドン引きしながらつぶやく。

「ふふ、ゆっくり食べてね。追加も頼んであるから」

 私は微笑みながら、彼女のグラスにドリンクバーのメロンソーダを注ぎ足した。

「ありがとうございます、スポンサー(ナツコ)様! このご恩は、私が武道館でライブを成功させた暁には、必ずVIP席へご招待することでお返しいたしますの!」

 リーザは口の周りにデミグラスソースをつけながら、最高の笑顔を向けてくれた。

「それで……リーザちゃん、でいいかしら?」

 私は食後の紅茶に口をつけながら、本題を切り出した。

「貴女、さっき『シーラン』と名乗っていたけれど……もしかして、海中国家シーランの王女様だったりするの?」

「ブフゥッ!?」

 リーザがメロンソーダを盛大に吹き出した。

「な、なぜそれを!? 私はお忍びでルナミス帝国にやってきた親善大使アイドルなのに! 私のオーラが隠しきれていなかったんですの!?」

「いや、自分でフルネーム名乗ってたからだろ」

 フェイトが冷静にツッコミを入れる。

「あ、そうでしたわ。テヘペロ☆」

 リーザはコツンと自分の頭を叩き、ウィンクをした。

(本当に王女様なの!? どうして他国の王女様が、芋ジャージで試食を漁るような極貧生活をしているのよ!?)

「実はですね、私、キャルルちゃんと一緒に王都の格安シェアハウスに住んでいたんですの」

「えっ? キャルルちゃんの!?」

 思わぬ親友の名前が出てきて、私は目を丸くした。

「はい! でもキャルルちゃんがポポロ村の村長になっちゃって。私も彼女を追ってポポロ村に居候しているんですのよ。今日は王都の地下アイドルオーディション(※公園の広場でのゲリラライブ)のために遠征してきたんですけど、交通費で全財産(銅貨三枚)が尽きてしまいまして……」

「なるほど……キャルルちゃんの口から時々出ていた『居候の駄犬(人魚)』って、貴女のことだったのね……」

 私は深々と納得の溜息をついた。

「それにしても、不思議ね」

 マンミアさんが腕を組みながら、リーザをじっと見つめた。

「シーラン国の王族といえば、莫大な海洋資源を独占する大富豪のはず。王家からの仕送りなどはないのか?」

「ふっ……甘いですわね、お姉さん」

 リーザはフライドポテトを指に挟み、葉巻のようにかっこつけてみせた。

「アイドルたるもの、親の金や権力に頼って売れるなど三流のすること! 私は己の歌声と、ファン(民草)からの投げスパチャのみで生きていくと誓ったのです! それに……私には、神様から授かった『特別な力』がありますの!」

「特別な、力?」

「ええ! 私、どんなにひもじくても、野良犬に襲われても、食中毒になっても『絶対に死なない』最強の悪運耐性を持っていますのよ! 名付けて、ユニークスキル【貧乏神】ですわ!」

「「「び、貧乏神!?」」」

 私たち三人は声を揃えて驚いた。

「ええ! 私の周りでは、なぜかお金が貯まらない現象が起きるんですけれど……まあ、気にしませんわ! アイドルはお金じゃなくて、愛(Love)で生きる生き物ですから!」

 リーザがケラケラと笑う。

 だが、隣に座っていたフェイトが、急に顔色を青くして自分のポケットを探り始めた。

「お、おい……嘘だろ。今日パチンコで勝った銀貨二十枚が……財布ごと消えてる!?」

「えっ!?」

「いや、スリに遭ったわけじゃねぇ……財布の底に、見事に穴が開いてそこから全部落ちてやがる! 俺の、俺の銀玉の結晶があぁぁっ!」

 フェイトが頭を抱えて絶望の叫びを上げた。

「ふふふ……きっと私のアイドルの輝きが、貴方のお金をどこかの『賽銭箱』へ運んでくれたんですわね。感謝しますの!」

 リーザがウィンクを飛ばす。

(な、なんて恐ろしいスキルなの……! 本人の意思とは無関係に、周囲の人間の『運気』や『現金』を強制的に没収して消滅させる能力……まさに貧乏神!)

 私は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 だが、同時に——私の「社畜の脳細胞」が、恐ろしいほどのスピードで一つの『悪だくみ』を計算し始めていた。

(このリーザちゃんの【貧乏神】スキル……使い方によっては、とんでもない『対人デバフ(弱体化)兵器』になるんじゃないかしら……?)

 相手がどれほどの財力や権力を持っていようと、この娘をぶつければ、強制的に「運」と「金」を吸い尽くして破産させることができる。

 私はゴクリと喉を鳴らし、リーザの手をガシッと握りしめた。

「リーザちゃん! 貴女、王都の大きなステージで歌ってみたくないかしら?」

「え……!? も、もちろんですの! 武道館ルナミスドームが私の目標ですから!」

「よろしい。この私……ルナミス帝国最高実務顧問であるナツコ・クラウディアが、貴女の『トップ・プロデューサー(スポンサー)』になってあげるわ!」

「ほ、本当ですの!? ナツコ様ぁぁぁっ! 一生ついていきますわーっ!」

 極貧の地下アイドルと、元社畜令嬢の最凶タッグの誕生である。

 王都の物価高騰を裏で操る見えない黒幕バカにとって、これは彼らの財産を根こそぎ食い尽くす『終わりの始まり』を意味していた。

読んでいただきありがとうございます。

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