第三章 王都社交界&帝国経済改革編
いざ王都へ! 最高実務顧問の新たなミッションと、忍び寄る物価高騰の影
ルナミス帝国・首都。
人口一億人を抱え、かつての転生勇者・佐藤太郎がもたらした近代化の恩恵を最も色濃く受けるこの巨大都市は、魔導車や魔導飛行船が行き交い、眩いばかりの活気に満ちあふれていた。
その王都の中心部、皇帝の居城にも隣接する一等地に、広大な敷地を構えるのが『ヴァルハイト公爵邸』である。
「おおお……っ! これが、ルナミス帝国筆頭公爵閣下のお屋敷……! まるで一つの城ではありませんか!」
白亜の門をくぐり、美しく手入れされた前庭に降り立ったマンミアさんが、馬体をブルッと震わせて感嘆の声を上げた。
彼女は今日のために、タローマンで特注した『自警団・王都視察用フルドレスアーマー』をピカピカに磨き上げ、一切の隙のない護衛の顔を作っている。
「へぇ、すっげえ広さだな。庭だけでポポロ村の広場が三つは入りそうだぜ」
フェイトは相変わらずミスリルソードを肩に担ぎ、ポポロ・シガレットを咥えながら呑気にあたりを見回していた。
「二人とも、あまりキョロキョロしては駄目よ。今日から私たちは、公爵様の『最高実務顧問』とその直属部隊としてこのお屋敷に滞在するのだから」
私は彼らをたしなめながらも、内心では(ひえええ……前世の六畳一間のアパートが庭石の裏に隠れそうな広さね……)と度肝を抜かれていた。
国境の『自由貿易特区』の開発を大成功に導き、悪徳令嬢ロザリアとマルキース侯爵家を完膚なきまでに叩き潰した第一期完成記念式典から数日後。
私はジルヴェスター公爵様からの正式な招きを受け、特区の運営を現地の優秀な文官たちに引き継いだ上で、ついにこの王都へと足を踏み入れたのだ。
「――長旅、ご苦労であったな。ナツコ殿」
馬車から降り立つ私に、スッと優雅に手が差し伸べられる。
深黒の軍服を着こなしたジルヴェスター様が、まるでガラス細工でも扱うかのような優しい手つきで私をエスコートしてくださった。
「ありがとうございます、ジルヴェスター様。素晴らしいお屋敷で、少し緊張してしまいますわ」
「何も緊張することはない。この屋敷の者たちには、すでに君が私にとって『最も尊き至宝』であり、公爵領を救った最大の恩人であると伝えてある。君はここで、女主人のように振る舞ってくれて構わないのだよ」
「お、おおお女主人だなんて……っ! まだ正式な婚約発表も済んでおりませんのに!」
私が顔を真っ赤にして慌てると、ジルヴェスター様はふっと楽しげに微笑まれた。
その直後、屋敷の玄関ドアが開き、燕尾服を着た初老の家令と、数十名に及ぶメイドや使用人たちが一斉に深々と頭を下げた。
「「「ナツコ様、ヴァルハイト公爵邸へようこそおいでくださいました!」」」
家令が恭しく一歩前へ出る。
「お噂はかねがね伺っております。ポポロ村や特区でのナツコ様の鮮やかなる手腕、そして何より閣下の長年のご疲労を癒してくださったこと、ヴァルハイト家一同、心より感謝申し上げます」
「ご丁寧なご挨拶、恐縮ですわ。未熟者ですが、最高実務顧問として公爵領のために粉骨砕身させていただきます」
私が前世で培った完璧なビジネススマイルと、洗練されたお辞儀を返すと、使用人たちの間に「おお……なんてお美しく、聡明な……」「ロザリア様のような高慢な令嬢とは大違いだわ」と好意的なざわめきが広がった。
どうやら、最初の「社内挨拶」は完璧にクリアできたようだ。
◇
その日の午後。
屋敷の最奥にある、ジルヴェスター様の執務室にて。
「さて……早速で申し訳ないが、ナツコ殿に私の『頭痛の種』を見てもらいたい」
重厚なマホガニーのデスクに向かい合ったジルヴェスター様は、先ほどまでの甘く優しい表情から一転、帝国の全軍総司令官としての厳しい顔つきになり、数冊の分厚い帳簿を私の前に広げた。
「これは……王都および公爵領周辺の『市場価格推移表』と『物流報告書』ですね」
私は手元に引き寄せ、ページをパラパラと捲った。
「ああ。実はここ一ヶ月ほど、王都の経済状況に不可解な異常が発生しているのだ。庶民の主食である『米麦草』や、建築資材、さらには軍の戦闘糧食『1型(缶詰)』の原材料となる『肉椎茸』などの価格が、突如として高騰している」
「物価の高騰……ですか。天候不順による不作や、魔獣の発生による物流の寸断でしょうか?」
「いや、それが違うのだ」
ジルヴェスター様は眉間を揉みほぐしながら、重々しい溜息をついた。
「街道の安全は保たれているし、今年の収穫量も平年並みだ。それなのに、市場からは特定の物資だけが消え、一部の商会が法外な価格で売り捌いている。おかげで庶民の生活は圧迫され、軍の兵站予算にも深刻な影響が出始めている」
(なるほど……)
私は前世の限界社畜時代、購買部や流通管理の部署で叩き込まれた『経済の基本』を思い起こしていた。
原因のない物価高騰と、特定物資の枯渇。
これは自然発生的なインフレではない。
「――『意図的な買い占め(コーナーリング)』と『売り惜しみ』による、人為的な市場操作ですね」
「君もそう見るか。私もその線を疑い、内務省の監査を入れたのだが……連中の帳簿は巧妙に偽装されており、複数のペーパーカンパニーを経由しているため、決定的な尻尾が掴めないのだ」
「お任せください、ジルヴェスター様」
私はニッコリと頼もしい笑みを浮かべた。
「複雑に絡み合った帳簿の矛盾を暴くのは、私の最も得意とする分野ですわ。……少々、私の『特別な道具』を使わせていただきますね」
私はそっとデスクの陰に手を伸ばし、視界の右隅で光る【善行ポイント通販】の画面を立ち上げた。
【現在の総所持ポイント:3,880 pt】
(第二章のクリアボーナスのおかげで、ポイントは潤沢にあるわ! ここは一気にデジタル処理で片付けましょう!)
【超高速魔導演算・マルチデータアナライザータブレット(表計算・不正検知AI搭載):150 pt】
【購入しますか?】
(即座に購入!)
パッと手元に出現した、薄型の水晶板のような魔導タブレット。
私はそれをデスクの上に置くと、帳簿の数字を凄まじいタイピング速度(前世で鍛え抜かれたブラインドタッチ)で次々と入力していった。
カタカタカタカタッ……! ターンッ!!
開始からわずか数十分。
タブレットの画面に、複雑なグラフと赤くハイライトされた『不正な資金の流れ』が鮮明に浮かび上がった。
「出ましたわ、公爵様。ご推察の通りです。この三つの商会……表向きは別々の会社として登録されていますが、物資の移動履歴と資金の還流先が、最終的に一つの口座に集中しています」
「な……何という計算速度だ。たった数十分で、内務省の文官が数十人がかりで一週間かけても分からなかった金の流れを特定したというのか……?」
ジルヴェスター様は驚愕に目を見開いた後、ふっと嬉しそうに口角を上げた。
「さすがは私の至宝だ。君のその手腕があれば、いかなる悪事も白日の下に晒されるな」
「ふふ、恐れ入ります。……ですが公爵様、資金の流れは特定できましたが、この最終的な『大元』の口座名義が、ダミー口座になっているようです」
私はタブレットの画面を指さした。
「これだけ大規模な買い占めを行うには、莫大な『資金力』が必要です。単なる一介の悪徳商人ではなく、背後に底知れぬ財力を持った『巨大な黒幕』がいるはず。……書類上の調査はここまでです。これ以上は、現場の生きた情報が必要ですわ」
「現場、というと?」
「はい。明日、私自身で王都の商業区へ出向き、直接『市場調査』を行ってまいります。買い占められた物資がどこへ流れているのか、現場の商人や庶民のリアルな声を聞けば、必ず黒幕の正体が見えてくるはずですから」
社畜の鉄則。データ分析と現場の声をすり合わせることで、初めて完璧な「解決策」が生まれるのだ。
「分かった。だが、王都の治安は現在、物価高騰への不満で少しピリついている。必ず護衛を連れて行くように」
「はい! その点は抜かりありませんわ」
ちょうどその時、執務室の扉がコンコンとノックされ、マンミアさんとフェイトが顔を出した。
「ナツコ様! お呼びでしょうか!」
「おーっす。ボス、話はまとまったか?」
私は二人に向かって、明日の予定を告げた。
「ええ。二人とも、明日は王都の商業区へ『市場調査』に出かけますよ。護衛をよろしくお願いしますね」
「はっ! このマンミア、ナツコ様をお守りするため、周囲の不審者は一人残らずパイルバンカーで粉砕してみせます!」
「いや、市場でパイルバンカーは撃っちゃダメだからね!? あくまで隠密の視察よ!」
私が慌ててツッコミを入れると、フェイトが「ひゃっほー!」とガッツポーズをした。
「ついに王都の街へ繰り出せるぜ! なあボス、市場調査が終わったら、王都最大のパチンコ店『ルナミスパーラー総本店』に行ってもいいか? あそこの『CR異世界転生トラックでドン!』は激アツ演出が多いって噂なんだよ!」
「……フェイト、貴様という奴は……ッ!」
マンミアさんのこめかみに青筋が浮かぶ。
「公爵様のお屋敷に滞在させていただきながら、早速ギャンブルだと!? この私が貴様のたるんだ精神を叩き直してやる! 表へ出ろッ!」
「いってぇぇっ! 耳引っ張るな! 俺だって非番の息抜きくらい自由だろーが!」
ギャーギャーと騒ぎながら廊下へと消えていく二人。
私はやれやれと肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「騒がしい部下たちで申し訳ありません、公爵様」
「いや……この屋敷がこんなに賑やかになったのは、私が当主になってから初めてのことだ。とても心地よい響きだよ」
ジルヴェスター様は優しく微笑むと、立ち上がって私の隣へと歩み寄り、私の手を取ってそっと口づけを落とされた。
「ナツコ殿。君が私の隣にいてくれること……これほど心強いことはない。明日の視察、くれぐれも気をつけてな」
「はい。ジルヴェスター様の『頭痛の種』、私が必ず綺麗に摘み取って差し上げますわ!」
王都を裏で操る、見えない巨大な黒幕。
その正体が、莫大な金とヤラセでPVを稼ぐ『クズ勇者』だとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
最高実務顧問としての初仕事。
社畜令嬢の第三章は、波乱と笑い、そして熾烈な「経済戦争」の幕開けとともに動き出したのだった!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
いよいよ第三章【王都社交界&帝国経済改革編】がスタートしました。辺境から舞台を王都へ移し、ナツコのコンプラ実務無双がさらにスケールアップして炸裂します!
新章も「ざまぁ」「溺愛」「コメディ」の三拍子を全力でお届けしますので、今後の展開が少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク登録】と、ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけますと、執筆の最大の励みになります!
次回、王都のルナミスデパートで、ナツコは「あの」極貧アイドルと衝撃の出会いを果たします。どうぞお楽しみに!




