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過労死令嬢は二度目の搾取をお断りします〜善行通販で辺境を豊かにしたら元婚約者は自滅し、公爵様に溺愛されました〜  作者: 月神世一


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EP 3

初めての『善行ポイント通販』。一杯の温かいスープから始まる反撃

 寒風が、私の頬を刺すように吹き抜けていく。

 薄暗い紫色の空が、東の地平線からゆっくりと白み始めていた。

 ロマン伯爵家の別邸を抜け出し、王都の郊外へと続く裏街道を歩く。

 手に持った小さな革のトランクは、私の前世と今世の知恵が詰まっているせいか、ズシリと心地よい重みがあった。

(寒いけれど……なんて、すがすがしいのかしら)

 古びたドレスの首元をすぼめながら、私は深く息を吸い込んだ。

 前世で限界社畜として働いていた頃、連日の深夜残業を終え、誰もいない凍てつく街を始発電車へ向かって歩いていた時の冷気と重なる。

 けれど、あの頃と今とでは、胸の中にある感情が根本から違っていた。

 あの頃の足取りは、ただただ絶望と疲弊に重かった。

 だが今の私は、自分の意志で、自分の足で、搾取の檻を飛び出してきたのだ。

 私は歩調を緩めず、街外れの石造りの勝手口付近へと向かった。そこは伯爵家の厨房から出た生ゴミや薪のクズが捨てられる、荒れ果てた裏小道だ。

 本街道へ出るためにその路地を通り抜けようとした、その時だった。

「……う、……ぅ……」

 ゴミ捨て場の物陰、湿った藁の束のかたわらから、かすかな掠れ声が漏れ聞こえた。

 足を止め、目を凝らす。

そこに丸まっていたのは、ボロ布のような給仕服を纏った、痩せこけた老女の姿だった。

「……マーサさん!?」

 驚き、思わず駆け寄った。

 マーサさんは、ロマン伯爵家の離れでずっと下働きをしていた老侍女だ。

 エドワード様や他の若い使用人たちから「手際が悪い」「不器用な老いぼれ」と苛まれて裏方に追いやられていたのだが、私が連日の書類仕事で徹夜をしていた時、冷え切った私の手元にそっと温かい白湯の入ったカップを置いてくれた、唯一優しい人だった。

「マーサさん、しっかりしてください! どうされたのですか!?」

「……あ、……ナツコ、お嬢、様……?」

 彼女のうつろな瞳が、私を捉えた。

 額に触れると、灼熱の熱気が伝わってくる。全身が激しく震えており、息は浅く荒い。

「……す、すみません……私、昨夜……エドワード様から……もう役に立たないからと……屋敷を、追い出されてしまい……行くあても、なくて……」

 昨夜の婚約破棄騒動の裏で、エドワード様は私だけでなく、長年屋敷を支えてきた老侍女までも気まぐれに切り捨てていたのだ。

 こんな極寒の屋外で、高熱を出した老女を放置すればどうなるか。一晩も持たずに命を落としてしまうことくらい、素人目にも明らかだった。

(そんな……あんまりだわ……!)

 怒りで拳が震えた。

 だが、怒っている暇はない。今のマーサさんは死の淵にいる。

 私は躊躇わなかった。

 自分が羽織っていた、なけなしの防寒具である大判のウールストールを即座に脱ぐと、マーサさんの小さく丸まった身体の上にしっかりと被せ、冷気から守るように抱き寄せた。

「お、お嬢様……駄目です、そんなことをしたら、お嬢様が凍えてしまいます……!」

「黙って温まっていてください! 私なら大丈夫ですから!」

 自分の肩を刺す冷風に身震いしながらも、私はトランクを開け、唯一持ってきていた水筒を取り出した。

中身は冷めた水だが、乾き切った彼女の唇を湿らせ、少しでも熱を下げようと必死に手当てをした。

私自身、追放された身だ。持ち物も金もほとんどない。

他人の世話を焼いている余裕などどこにもないはずだった。

けれど――目の前で理不尽に踏みにじられ、死にそうになっている人を、見返りや損得勘定で見捨てることなんて、私にはどうしてもできなかった。

その時だった。

パラリ、と空間の空気が澄み渡るような、美しく透き通った鈴の音が脳内に響き渡った。

【――条件達成:『見返りを求めぬ善行(困窮者への自己犠牲を伴う救護)』――】

【善行ポイント:500 pt を獲得しました!】

【『善行ポイント通販ショップ』の全機能が開放されました!】

 ッ!?

 私の視界いっぱいに、黄金色の光を放つ大きなウィンドウが広がった。

 そこには、前世で毎日のように利用していた大手ECサイトに酷似した、鮮明で美しい画面が浮かび上がっていた。

『食品・飲料』『医療・衛生』『防寒・衣料』『生活雑貨』『ツール・工具』……。

 無数のカテゴリが整然と並び、各商品の横には【50 pt】【120 pt】といった交換ポイントが記載されている。

(これが……私の能力……!?)

 感動で固まりかけている暇はなかった。

 私は瞬時に前世の『社畜の頭脳』をフル回転させ、画面の検索欄をタップした。

(マーサさんの状態は、極度の低体温症と高熱、そして脱水症状! いきなり固形物や熱すぎるものを与えたら、喉を詰まらせるか誤嚥を引き起こす! 今一番必要なものは――!)

 私は迷わず、2つの商品を画面上で選択し、確定ボタンを押した。

【即効性エネルギーゼリー(マスカット味・水分補給&電解質配合):30 pt】

【自己発熱機能付き・濃厚クラムチャウダー缶(折りたたみスプーン付き):70 pt】

【合計:100 pt を消費します。購入しますか?】

(はい!!)

 選択した瞬間。

 パッ――と、目の前の枯れ草の上に、小さな空間の歪みが生じた。

 そして次の瞬間、何の前触れもなく、ポンッと音を立てて『無地の茶色い段ボール箱』が落ちてきたのだ。

「え……!?」

 あまりの視覚的インパクトに、マーサさんが熱に浮かされた目で呆然と目を見張る。

 私は素早く段ボール箱のテープを素手で引き剥がし、中身を取り出した。

入っていたのは、見覚えのある透明なパウチ容器に入ったゼリー飲料と、頑丈な金属製の缶詰。そしてプラスチックのスプーンだ。

「マーサさん、これを出しますから、ゆっくり吸い込んでください!」

私はゼリー飲料のキャップをひねって外し、口元に運んだ。

喉が腫れ上がり、水すら飲み込みにくくなっていたマーサさんだったが、柔らかくすんなりと口内に広がる冷たすぎないゼリーは、喉を滑るように収まっていった。

「ん……つ……あ、甘い……美味、しい……」

ゼリーに含まれるブドウ糖と水分、電解質が浸透していくにつれ、マーサさんの瞳に生気が戻り始める。

(よし、水分と糖分は補給できた! 次は体温の確保!)

私はクラムチャウダー缶の底面にある赤い紐を、エイッと強く引っ張った。

缶の内部で魔法化学反応が起き、数秒と経たずにシュウシュウと心地よい蒸気が立ち上り始める。缶全体が、手に持つのも心地よいアツアツの温かさに包まれた。

付属の小蓋を開けると、濃厚なミルクとあさり、太陽芋の香ばしいダシの香りが、冬の朝の冷気にふわっと広がった。

「さあ、温かいスープです。少しずつ飲んでくださいね」

私はプラスチックのスプーンでスープをすくい、フーフーと息を吹きかけてから、マーサさんの口元へ運んだ。

一口、スープが彼女の口に含まれた瞬間。

「ッ……! あぁ……っ、温かい……っ、美味しい……っ!」

マーサさんの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

身体の底からじんわりと熱が広がり、固まっていた筋肉が解けていく。一口、また一口とスープを飲むたびに、彼女の頬に健康的な赤みが差し、荒かった呼吸が静かで穏やかなものへと変わっていった。

一杯のクラムチャウダーを飲み干す頃には、マーサさんは自力で上半身を起こせるまでに回復していた。

「お嬢様……お嬢様……! 私のような老いぼれのために、このような尊い魔法の薬を……! なんと御礼を申し上げたら良いか……!」

マーサさんは冷たい地面にひれ伏す勢いで、私の手を両手で包み込み、ボロボロと感謝の涙を流した。

その瞬間、私の視界に再びメッセージが舞い降りた。

【――対象者からの心からの感謝を受信しました――】

【善行ポイント:100 pt を獲得しました!】

【現在の所持ポイント:500 pt】

(減った分のポイントが、感謝でまた戻ってきた……!)

 私は確信した。

 このスキルは、ただの「便利な通販」ではない。

 誰かを助け、笑顔にすることで得られるエネルギーが、私自身の生きる糧となって巡り巡ってくる――どこまでも優しく、どこまでも力強い『反撃の武器』なのだと。

「マーサさん、顔色が良くなって本当に良かった。……これから、どうされるのですか?」

「はい……隣村に、身寄りのある妹の家がございます。体力が戻りましたので、あちらまで歩いて行けそうです。……お嬢様、私に与えてくださったこのご恩、生涯忘れません!」

「気をつけて行ってくださいね。これを途中の水分補給に使ってください」

 私は通販画面から【ミネラルウォーターのペットボトル:20 pt】を買い足し、マーサさんの手元に持たせた。

 彼女は何度も何度も振り返り、頭を下げながら、隣村へと続く街道を確かな足取りで歩み去っていった。

 朝日が、静かに路地を照らし出す。

 黄金色の光の中で、私は自分の手を見つめた。

大判ストールはマーサさんにあげてしまったけれど、不思議と身体は少しも寒くなかった。胸の奥に、燃えるような温かい希望が満ちあふれていたからだ。

(前世の私は、誰かに奪われるだけの人生だった。……けれど、今度の私は違う)

私には、この【善行ポイント通販】がある。

前世で培った『段取り力』と『人のために動く知恵』がある。

誰かを踏みにじって成り上がるのではなく、困っている誰かを助け、自分の手で幸せを掴み取っていく。

それこそが、私の進むべき道だ。

「よし……行くわよ、ポポロ村へ!」

トランクをしっかりと握り直し、私は眩しい朝日の中へと足を踏み出した。

私を見下し、捨て去った元婚約者様。

あなたが「無能」と切り捨てた私が、これからどんな風に自分の人生を咲かせていくか――せいぜい楽しみに見ていなさい!

読んでいただきありがとうございます。

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