EP 9
私を怒らせた報い。公爵による無慈悲な裁き
「ひっ……! あ、あああぁぁぁ……っ!?」
特区完成記念式典の会場の中央で、ロザリア・フォン・マルキースは膝から崩れ落ち、ドレスの裾を泥と砂に汚しながら惨絶な悲鳴を上げていた。
頭上の大型魔導投影機には、彼女が現場の防衛結界を「こんな機械など不要!」と笑って解除させた映像と、魔獣の襲撃から見苦しく悲鳴を上げて逃げ惑う姿、そして彼女自らが署名と指印を押した『全損害補償誓約書』のドアップが、逃げようのない証拠として鮮明に映し出され続けている。
「な……何かの間違いですわ! こんなの何かの嫌がらせですのよ! 閣下、私をお助けくださいまし! 私は……私は公爵妃になる女ですのよッ!?」
金髪の縦ロールを振り乱し、厚化粧を涙と鼻水でぐしゃぐしゃに崩しながら、ロザリアは這いつくばってジルヴェスター様へ向かって手を伸ばした。
その時——。
「お、おのれロザリアぁぁぁぁッ!! 一体何ということをしてくれたのだッ!!」
式典の貴賓席から、一人の太った中年男性が真っ赤な顔で飛び出してきた。
ロザリアの父親であり、ルナミス帝国マルキース侯爵家の当主・マルキース侯爵その人だった。
「父上……っ!? 父上、助けて……っ!」
「黙れ、この愚か者がッ!」
バシィィィンッ!!
激怒したマルキース侯爵は、すがりつくロザリアの頬を容赦なく張り飛ばした。
社交界の権勢を笠に着て、娘をジルヴェスター公爵へ嫁がせることでヴァルハイト公爵家の圧倒的権力を手に入れようと企んでいた侯爵だったが、今やその全身は恐怖と冷や汗でガタガタと激しく震えていた。
「ジ……ジルヴェスター閣下! これはすべて娘が勝手にやったことでございます! 私めは一切、このような暴挙を指示などしておりません! どうか……どうかマルキース侯爵家にお情けを……っ!」
娘を見捨て、自らの保身のために地面に額を擦り付けて命乞いをする侯爵。
だが、式典の壇上に立つジルヴェスター様の表情は、氷山よりも冷たく澄み渡っていた。
「見苦しいぞ、マルキース侯爵」
ジルヴェスター様の低い声が、広場全体を絶対零度の静寂へと突き落とす。
「娘に権力を与え、我が公爵領の最重要プロジェクトに横槍を入れさせたのは誰だ? 娘の放蕩と暴挙を『公爵家との太い絆』と社交界で吹聴し、甘い汁を吸おうとしていたのは他ならぬお前ではないか」
「ひっ……! あ、それは……っ!」
「帝国監察省の特別監査結果を伝える」
ジルヴェスター様は手元にある漆黒の監査ファイルを提示し、冷徹な宣言を下した。
「本日ただいまを呈して、ロザリア・フォン・マルキースが交わした『全損害補償誓約書』第十三条を正式に発動する。過失による現場の破綻、魔獣の誘引、ならびに損害の未払いに対する損害補償金——法定額の三倍に相当する『金貨十万枚』を、マルキース侯爵家に対し即時支払いを命じる」
「き……金貨十万枚ぃぃぃっ!?」
マルキース侯爵の目が落っこちそうに大きく見開かれた。
金貨十万枚といえば、一国の年間国家予算の数分の一にも及ぶ天文学的数値だ。大貴族といえど、個人で即座に支払える金額ではない。
「し、支払えるはずがございません! そのような大金、我が家の全財産を売り払っても不可能です! 閣下、どうか減免を……っ!」
「支払えぬか。ならば帝国法および本協定の規定に基づき、直ちに以下の執行を行う」
ジルヴェスター様は容赦なく言い渡した。
「第一。マルキース侯爵領の全財産および全領地の没収。マルキース家の爵位剥奪。元侯爵は平民へ落とし、全財産の売却益を被害に遭った現場の職人たちの治療費と補償金へ充当する」
「な……ッ!? 全財産没収……爵位剥奪……っ!?」
マルキース侯爵が泡を吹いてその場に倒れ伏す。
「第二。主犯であるロザリア・フォン・マルキース。お前は国境の劣悪な環境における『永久無償強制労働』の刑に処す。……我が至宝であるナツコ殿を侮辱し、彼女の血のにじむような成果を盗もうとした罪……万死に値すると思え」
「い、いやぁぁぁぁぁっ!! 嫌ですわ! 私が泥に塗れて強制労働だなんて……嫌ぁぁぁぁっ!!」
ロザリアが金髪を振り乱して狂乱し、惨めに叫び散らかす。
豪奢なドレスを着て、他人の手柄を奪い、高笑いをしていた傲慢な令嬢。
その虚飾の栄光は完全に打ち砕かれ、贅沢な暮らしから一転して、一生泥と汗に塗れて働く地獄へと突き落とされたのだ。
「連れて行け」
ジルヴェスター様の静かな合図とともに、完全武装した近衛騎士たちが一斉に踏み出し、抵抗するロザリアとマルキース侯爵に重い鉄の枷をはめて引き立てていく。
「離しなさい! 私を誰だと思っていますの! ナツコ! ナツコォォォッ!! お前さえいなければ……お前さえ生まれてこなければぁぁぁッ!!」
惨めな負け犬の遠吠えを残し、ズルズルと引きずられていくロザリア。
自らの嫉妬と強欲でナツコから現場を奪い、自爆トラップへと自ら跳び込んで自滅した自称・婚約者候補。
その因果応報の末路に、会場を埋め尽くす何千人もの参列者たちから、溜飲を下げたような大きな歓声が上がった。
◇
悪辣な搾取者が排除され、静まり返った式典会場。
壇上に残されたのは、世界で一番尊い輝きを放つお方と、私——ナツコ・クラウディアだった。
ジルヴェスター様は、惨めな罪人たちの去っていった方向には一瞥も投げることなく、静かに私の方へと向き直られた。
深黒の軍服を風になびかせ、流れるような銀髪を秋の陽光に輝かせながら、一歩一歩、確かな歩調で私へと近づいてくる。
「……ナツコ殿」
「公爵様……」
ジルヴェスター様は私の目の前に立つと、何と参列した全貴族、大商人、そして職人たちの目の前で、ゆっくりと優雅に右膝を地面につかれたのだ。
「「「ッ……!?」」」
会場全体から、息をのむような驚愕のどよめきが巻き起こった。
ルナミス帝国筆頭公爵にして全軍総司令官、皇帝陛下に次ぐ最高位の権力者が、一人の令嬢の前で恭しく膝を折っている。
ジルヴェスター様は私の右手を優しく両手で包み込むと、その甲に、温かく尊い誓いの接吻を落とされた。
ちゅ……と、小さな音が響く。
「あ……っ!?」
甲から伝わる熱気に、私の顔が火が出るほど赤くなった。
「公爵様……っ!? 大勢の参列者様が見ておられますわ……っ!」
「見られていて一向に構わない。……むしろ、この場にいるすべての者に示したいのだ」
ジルヴェスター様は顔を上げ、その吸い込まれそうなほど美しい蒼い瞳で、私をまっすぐに見つめられた。
「愚者どもに手柄を横取りされ、傷つけられていた本物の至宝……ナツコ・クラウディア殿。君のその素晴らしい段取り力、現場を救う知恵、そして誰よりも温かく人に寄り添う人柄に、私は心からの敬意と、永遠の愛おしさを捧げよう」
「ジルヴェスター様……」
「これより先、君の知恵を搾取しようとする悪意は、我がヴァルハイト公爵家の全権と我が剣をもって完全に叩き潰す。君はもう、誰の道具になる必要もない。自分の作った誇らしい場所で、自由にその知恵を咲かせるがいい」
ジルヴェスター様は低く、けれど会場の隅々にまで届くような堂々たる声で朗々と宣言された。
「ナツコ殿。君を本日より正式に『ルナミス帝国筆頭公爵領・最高実務顧問』として全領地に公告する! ……そして、いつか私の生涯の伴侶として、我が隣に立ってくれることを心より願っている」
「〜〜〜〜っ!!」
公の場における最高の実務権限の補任と、これ以上なく情熱的で甘い公開求婚の宣言!
「うおおおおおぉぉぉぉっ!!」
「ナツコ様ぁぁぁっ! 公爵様ぁぁぁっ!!」
瞬間、式典会場全体を揺るがすような、雷鳴のような歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こった!
「やったぁぁぁぁッ!! ナツコちゃん最高ーッ!!」
シュバッ!と風を切り裂いて大空から舞い降りてきたのは、特注の安全靴をコンコンと鳴らす親友のキャルルちゃんだった!
ポポロ村から式典の応援に駆けつけてくれていた彼女が、涙目を浮かべて私に抱きついてくる。
「ナツコちゃん、すっごくかっこよかったよぉぉぉ! あのざまあみろ縦ロール泥棒女ーッ! ナツコちゃんの足元にも及ばないんだからねッ!」
「キャルルちゃん……! 来てくれたのね!」
「当たり前じゃない! ナツコちゃんの晴れ舞台なんだから!」
さらに、壇下の護衛位置からマンミアさんとフェイトも駆け寄ってきた。
「ナツコ様……! お見事でした! 悪辣な搾取者を自らの不誠実さで自滅させ、公爵閣下からの最高の栄誉を賜るそのお姿……! このマンミア、感動のあまり馬体が打ち震えておりますわ……っ!」
マンミアさんが胸の前で手を組み、ボロボロと感涙の涙を流している。
「へっ……流石は俺たちのボスだ。コイントスなんか使わなくても、最初から勝ち確定の勝負だったな!」
フェイトもミスリルソードを肩に担ぎ、ニヤリと眩しい笑顔を向けてくれた。
職人たちも、大商人たちも、大貴族たちも、みんなが私を「最高の最高顧問」として称え、温かい拍手を送ってくれている。
前世の限界社畜時代。
吉岡課長に手柄を持ち去られ、狭くて暗いオフィスで誰にも看取られずに過労死した私。
今世でも、エドワード様に「無能」と見捨てられ、使い捨てられそうになった私。
けれど――今の私の周りには。
私を正しく評価し、守り、一緒に笑い合ってくれる最高の仲間たちがいる。
そして、私の存在そのものを愛し、世界で一番誇らしい場所へとエスコートしてくれる、かけがえのないお方がいる。
ピンポンパンポーン――♪
【条件達成:『敵の完全失脚・社会的地位の確定および公開愛着宣言』】
【爆発的なカタルシスと祝福を受信しました:500 pt を獲得!】
【現在の総所持ポイント:2,880 pt】
脳内に響き渡る、これまでで最も豪華なファンファーレのチャイム音。
ジルヴェスター様が立ち上がり、私の肩を優しく抱き寄せてくださった。
彼の胸の温もりが、私の背中にあたたかく伝わってくる。
「ナツコ殿。君の選んだこの道は、どこまでも誇らしく、美しい」
「はい……! ジルヴェスター様、ありがとうございます!」
私は溢れ出る涙を拭い、弾けるような最高の笑顔で彼の胸に応えたのだった。
社畜令嬢ナツコの第二章における最大の逆転劇は、完膚なきまでの大勝利と、極上の愛の確信とともに、見事に幕を閉じたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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