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過労死令嬢は二度目の搾取をお断りします〜善行通販で辺境を豊かにしたら元婚約者は自滅し、公爵様に溺愛されました〜  作者: 月神世一


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EP 8

特区完成記念式典と、崩れ去る虚飾

 秋晴れの清々しい青空の下。

 国境の『自由貿易特区』予定地の中央広場は、かつての荒廃した旧館の面影を一切感じさせないほど、目眩く熱気と華やかさに包まれていた。

 本日は、ジルヴェスター公爵閣下主催による『自由貿易特区・第一期完成記念式典』の当日である。

 会場には、ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート王国の三国から集まった有力な大商人や大貴族たちがズラリと顔を揃えていた。

 彼らの視線の先にあるのは、見事な石畳で舗装された広いメインストリート、極めてスムーズな検問を可能にする最新の魔導検問所、そして機能的に配置された物流倉庫群だ。

「……す、素晴らしい。国境の要衝が、わずか半月足らずでこれほど見事な交易拠点に生まれ変わるとは!」

「従来の検問待ち時間が十分の一以下に短縮されているぞ! これなら物流の停滞など一切起こらん!」

「やはりヴァルハイト公爵閣下の手腕は桁違いだ……!」

 式典の参列者たちから、絶賛と感嘆の声が次々と上がる。

 豪華な絨毯が敷かれた貴賓席の最前列。

 そこには、派手で豪奢なドレスを纏い、厚化粧の顔をドヤ顔で歪ませたロザリア・フォン・マルキースの姿があった。

「ふふふ……当然ですわ! この私、ロザリア・フォン・マルキースが指揮を執ったのですもの! この素晴らしき成果は、すべて私の卓越した指導力と、我がマルキース侯爵家の資金力によるものですわ!」

 ロザリアは扇子をパタパタと仰ぎながら、周囲の貴族たちに向かって大声でアピールしていた。

 昨夜、ジルヴェスター公爵から「全財産没収と強制労働」という絶望的な通告を受けたはずの彼女であったが、その脳内はとんでもない狂ったポジティブ思考で上書きされていたのだ。

(ふふん! 公爵閣下もお戯れがお好きですこと! あの通告はきっと、この大勢の社交界の人物の前で、私を驚かせて劇的に成果を称えるための「演出」に決まっていますわ! 現に、私はこうして特等席に招かれているのですもの! ナツコのような泥臭い落ちぶれ女など、公爵閣下の隣に立つ資格はありませんわ!)

 ロザリアは、式典の壇上の脇にひっそりと控えている私――ナツコ・クラウディアを、勝ち誇ったような侮蔑の目で見下ろした。

 私は今日もいつもの清潔な作業用ブラウスとスラックス姿で、手元に分厚い【最終コンプライアンス監査ファイル】を静かに抱えている。

 私の隣には、白銀のミスリルアーマーを磨き上げたフェイトと、栗色のポニーテールを揺らして腕組みをするマンミアさんが、静かに護衛として控えていた。

「おいおい……ボス。あのお嬢様、昨日の今日でなんであんなドヤ顔できるんだ? 脳みそまで縦ロールになってんのか?」

 フェイトが呆れたように耳をかく。

「……あのような愚者に付ける薬はありません。自分の犯した罪の重さも理解できず、虚飾の栄光に酔いしれるとは、惨めを通り越して哀れですわ」

 マンミアさんが氷のように冷ややかな目をロザリアに向けた。

「ふふ、いいのですよ二人とも。……舞台の上の役者が最高に得意絶頂になった瞬間こそ、幕が降りた時の落差が一番大きくなりますから」

 私は微笑み、手元のファイルのページをそっと撫でた。

 相手が自分の嘘と虚栄心で限界まで balloon(風船)を膨らませるのを待つ。……これも前世の悪質交渉人対策で学んだ、『自爆効果を最大化する段取り』である。

「——静粛に!」

 壇上に、一人の老文官が進み出て、声を張り上げた。

「これより、帝国筆頭公爵ジルヴェスター・フォン・ヴァルハイト閣下より、特区開発の成果報告ならびに、第一期功労者の表彰を行われる!」

 ワーッ!と大きな拍手が会場を包み込む。

 壇上の中央へ、ゆったりとした足取りで進み出てきたのは——深黒の礼装軍服を完璧に着こなした、ジルヴェスター様だった。

 流れるような銀髪と、吸い込まれそうなほど澄んだ蒼い瞳。その圧倒的なオーラと美貌に、参列していた令嬢たちから「まあ……!」「なんてお美しい……!」とため息が漏れる。

「待っていましたわ、ジルヴェスター閣下ぁぁぁっ!」

 ロザリアが誰よりも早く立ち上がり、扇子を広げて壇上のジルヴェスター様へ向かってアピールした。

「皆様! お聞きくださいまし! この自由貿易特区の素晴らしい完成は、我がマルキース侯爵家と、私ロザリアの献身的な指導の賜物ですの! さあ閣下、私を壇上へお呼びになり、我が家に最高の栄誉とお言葉をくださいまし!」

 厚かましくも、自ら壇上へと足を進めようとするロザリア。

 会場の貴族たちから「まさか、あのマルキース侯爵家が真の立役者なのか……?」とどよめきが起きる。

 ロザリアの得意絶頂は、まさにここが最高潮だった。

 だが——。

 壇上に立ったジルヴェスター様は、ロザリアには一瞥も投げることなく、冷徹で静かな声を会場全体へ響かせた。

「——参列者諸君。本日の式典に集まっていただいたことに感謝する。だが、表彰に移る前に……まず一つ、重大な報告を行わねばならない」

 ジルヴェスター様の手には、漆黒のバインダーが握られていた。

「この自由貿易特区の開発にあたり、帝国の法と秩序を著しく乱し、現場を崩壊の危機に晒した『重大な犯罪行為』が発覚した」

「……え?」

 ロザリアの足が、ピタリと止まった。

「第一の罪状。現場の防衛結界を勝手に解除し、高ランク魔獣の襲撃を招いて作業員たちを生命の危険に晒した罪」

「第二の罪状。現場で生じた事故および怪我人への治療費を不当に踏み倒そうとし、労働者の権利を著しく侵害した罪」

「そして……第三の罪状。真の功労者の成果を横取りし、己の虚栄心のために公文書を偽造し、濡れ衣を着せようとした罪」

 ジルヴェスター様の低く澄んだ声が、告発の刃となって会場に響き渡る。

 参列した大商人や大貴族たちの顔色が変わり、一斉にロザリアへと蔑みの視線が向けられた。

「な……何をおっしゃっていますの、閣下……!?」

 ロザリアの顔から、サーッと血の気が引き始める。

「演出……演出ですわよね!? 私を試していらっしゃるのですわね!? だって、この特区を指導したのは私で——」

「黙れ、下衆が」

 バシィィィンッ!!

 ジルヴェスター様の発した一言が、目に見える衝撃波となってロザリアを打ち据えた。

「お前が『自らの指導手腕』と称していた成果のすべては、ここにいるナツコ・クラウディア殿が不眠不休の知恵と努力で組み上げた完璧な設計だ。お前はその現場に割り込み、無能な指示で混乱させ、現場を破滅させかけただけに過ぎん」

「ひっ……! あ、あああ……っ!」

「証拠なら、すでに逃げようのない形で保全されている」

 ジルヴェスター様が合図を送ると、壇上の大型魔導投影機が作動した。

 空中に大きく映し出されたのは——ロザリアが「結界など不要!」と叫んで魔石を抜き取らせた瞬間の映像、魔獣に襲われて惨めに悲鳴を上げて逃げ惑う姿、そして……彼女が自筆で署名と指印を押した『全損害補償誓約書』のドアップだった!

「「「な……なんだとぉぉぉっ!?」」」

 会場全体から、凄まじい大ブーイングと非難の声が巻き起こった!

「自分から結界を解除して魔獣を呼び寄せただと!?」

「現場を壊滅させておいて、自分の手柄だと嘘をついていたのか!」

「なんて汚らしくて無能な女だ! マルキース侯爵家の恥さらしめ!」

「ち……違いますわ! これは……これは罠ですの! ナツコが私を騙したのですわぁぁぁっ!」

 ロザリアは金髪を振り乱し、狂乱して叫んだ。

 だが、その虚しい叫びを打ち消すように、ジルヴェスター様は壇上から優しく手を差し伸べられた。

「——真の功労者よ。壇上へお上がりなさい、ナツコ殿」

「はい、ジルヴェスター様」

 私が分厚い監査ファイルを抱え、ゆっくりと壇上への階段を登る。

 その瞬間、会場を包んでいた非難のどよめきが嘘のように消え去り、割れんばかりの万雷の拍手が巻き起こった!

「ナツコ様だ! 俺たちの命と現場を救ってくれたのはナツコ様だーッ!」

「ポポロ村の奇跡を起こした、本物の天才実務家だーッ!」

 職人たち、商人たち、そして大貴族たちが、惜しみない称賛と祝福の拍手を私に送ってくれている。

 壇上に上がった私を、ジルヴェスター様は温かく愛おしそうな目で見つめ、その大きな手で私の手を優しく包み込んでくださった。

「ナツコ殿。君のその素晴らしい知恵と、現場を愛する尊い人柄こそが、この特区を……そして帝国を救ったのだ」

「公爵様……っ」

 泥の上に咲いた花。

 前世で使い捨てられ、今世でも無能と蔑まれた私の仕事が、いま、世界で一番誇らしい場所で、完璧な称賛を受けて輝いていた。

 その光景を、壇下の地面に膝をつき、惨めに這いつくばりながら見上げるロザリア。

「あ……あぁぁぁ……っ! 嫌……嫌ぁぁぁぁっ!!」

 自らの嫉妬と強欲でナツコから手柄を奪おうとし、最高に得意絶頂となった瞬間に、完璧な証拠によって絶望の底へと叩き落とされた自称・婚約者候補。

崩れ去った虚飾の果てに、いよいよ無慈悲な最後の「裁き」が下されようとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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