EP 3
ケンタウロス騎士の誇りと、不当占拠者の蹴散らし方
ドガガガガッ! バンバンバンッ!
私が通販アイテムでせっかくピカピカに磨き上げ、高級ホテルの客室のように快適にしつらえた『前線基地』の正面扉が、外からの乱暴な蹴撃によって激しく揺れていた。
「おい、中にいやがるネズミども! 生きて外に出たかったら、大人しくツラを出しやがれッ!」
下品で下劣な罵声が、夜の静寂を切り裂いて響き渡る。
スープカップを持ったまま、マンミアさんがしなやかな栗色のポニーテールを揺らし、すっと立ち上がった。その瞳からは、先ほどまでの「シチューが美味しい……っ!」という感動の涙は消え去り、研ぎ澄まされた刃のような鋭い騎士の光が宿っていた。
「ナツコ様。お食事の途中に見苦しい雑音が紛れ込み、大変失礼いたしました。私が即刻、お掃除してまいります」
「あ、ちょっと待ってください、マンミアさん」
私は片手を挙げて彼女を制した。
急いでトランクの陰へと回り込み、視界の右隅で輝く【善行ポイント通販】の画面を素早く操作する。
【現在の総所持ポイント:1,560 pt】
(不法侵入と脅迫の現場……! 前世の社畜時代に叩き込まれた『証拠保全』と『安全配慮』の段取りを抜かりなく実行しなくちゃ!)
【超高画質・暗視機能付き広角防犯カメラ(自動クラウド保存機能付き):80 pt】
【超強力・高剛性高分子結束バンド(100本入り):20 pt】
【合計:100 pt を消費します。購入しますか?】
(即座に購入!)
パッと手元に出現した小さなレンズ型の魔導具を、私は速やかに自室の窓枠と玄関の上部にセットした。これで外の暴挙はすべて、逃げようのない『動かぬ映像証拠』としてリアルタイム記録される。
「よし、準備完了です! 行きましょう!」
「は、はい……!?(今、何か恐ろしい手際の良さで罠を仕掛けられたような……?)」
ポカンとするマンミアさんと、ミスリルソードを肩に担いで「あーあ、腹いっぱいになった直後に動くのめんどくせぇな」と欠伸をするフェイトを引き連れ、私はゆっくりと前線基地の扉を開け放った。
◇
月に照らされた旧館の庭に広がるのは、ひどい有り様だった。
そこに立っていたのは、ギラギラとした下品な金装飾をジャラジャラと身につけた、丸々と太った豚のような男――悪徳商会『黒豚商会』の会長・ブロー。
そして彼が金で雇ったらしき、斧や大剣を構えたゴロゴロとした荒くれ者のならず者たちが、三十人は下らない数で群がっていた。
彼らの後ろには、鉄板で不格好に補強された巨大な『改造装甲馬車』が鎮座し、その上には小型の魔砲まで備え付けられている。
「ヒヒヒッ! おや、出てきたかと思えば、女子供と不貞腐れた兄ちゃんじゃねえか!」
ブローは下品な口を歪め、手に持った太い金の手杖で地面を叩いた。
「おい、田舎娘! 俺はアバロン国境の物流を握る『黒豚商会』のブロー様だ! この廃ビルは、俺たちが廃棄物を捨てるための大切な資材置き場なんだよ! ジルヴェスター公爵だか何だか知らねえが、新参者が勝手に掃除して居座ってんじゃねえ! 命が惜しかったら、今すぐその中で煮ていた美味そうなシチューの鍋と、その綺麗な服を全部置いて、裸で出て行きやがれッ!」
「ギャハハハッ! そうだそうだ! 女は俺たちの慰みものにしてやるぜーッ!」
ならず者たちが、下品な下ネタを撒き散らしながらゲラゲラと爆笑する。
だが、私の隣に立つ二人からは、一切の恐怖の気配すら漂っていなかった。
「……ふむ。不法侵入、不法投棄、不当占拠、ならびに公爵家特使に対する直接的な脅迫と侮辱行為。——すべて映像として保全されましたね、ナツコ様」
マンミアさんが、整ったお顔に冷徹なまでの笑みを浮かべた。
「ええ、完璧ですわ。法律的にも、正当防衛の条件としても、一切の落ち度はありません」
私が微笑むと、ブローたちが「なんだと……!?」と不快そうに眉をひそめた。
「おいおい、ハッキリ言ってやるぜ、豚野郎ども」
フェイトがポポロ・シガレットの紫煙をフッと吐き出し、面倒くさそうにミスリルソードを抜き放った。その全身から、A級冒険者特有の、圧倒的な闘気の威圧が解き放たれる。
「俺たちのボス(ナツコさん)が作ってくれた至高のシチューとコーヒーの余韻を害した罪は、死んでも拭えねえぞ? マンミア、どっちが早く片付けるか勝負するかい?」
「お断りします。私は公爵閣下とナツコ様より、この場の指揮を任された自警団リーダーです。不純な賭け事に付き合う気はありません」
マンミアさんはすっと前に出ると、その豊かな栗色のポニーテールを夜風になびかせた。
背中に背負っていた超重量シールド『アグニ』を左腕に装着し、右手に分銅付きの超剛性鎖『メビウス』を滑らせる。
「……下衆ども。我が誇り高きポポロ村自警団の威信と、騎士の誇りにかけて——貴様らを一網打尽にしてくれる!」
「ハッ! 何をウサギ跳びみてえな半人半馬が抜かしやがる! 野郎ども、かかれぇぇぇッ! 女を捕まえろッ!」
ブローの怒号とともに、三十人のならず者たちが一斉に雪崩込んできた!
「マンミアさん! 相手は多勢です、中距離からの面制圧から入ってください!」
私が前世の現場管理のノウハウを応用した『集団戦闘の工程指示』を飛ばす。
「はっ! 了解いたしました、ナツコ様!」
マンミアさんは馬体の四肢で大地を力強く踏みしめると、馬体の上に装備された大型クロスボウを一瞬で構えた。
シュシュシュシュシュッ……!!
放たれた矢は、単なる弓矢ではない。彼女の濃密な闘気が込められた光の矢だ。
向かってくるならず者たちの足元や凶器だけを寸分違わず射抜き、先頭の十数人を悲鳴とともに転倒させる!
「ぐあぁぁっ!? 足が……膝が射抜かれたッ!?」
「次は中距離捕縛! 一網打尽にしてください!」
「御意!」
マンミアさんは右腕を大きくしならせると、分銅付き鎖『メビウス』を旋風のように頭上で振り回した。
ヒュンヒュンヒュンガシィィィンッ!!
金属の爆音が轟き、長尺の鎖が滑らかな蛇のようにしなり、転倒したならず者たち十数人の身体を、まとめてグルグル巻きに巻き上げた。
「な……なんだこの鎖はッ!? 解けねえ……っ!」
「ケンタウロス種の馬力を、甘く見ないことです!」
マンミアさんはくるりと馬体を反転させると、四足の爆発的な脚力で全速力で疾走し始めた!
ドバババババッ!!
「ひぇぇぇぇぇっ!? ひっぱられるぅぅぅっ!?」
数十キロの分銅と太い鎖で括り付けられた十数人のならず者たちが、悲鳴を上げながら地面をゴロゴロと転がり、泥と岩に叩きつけられながら引きずり回される!
圧倒的な馬力による、惨絶な滑走引きずり攻撃!
「ひ、ひえぇぇぇっ!? 化物だぁぁぁっ!」
残ったならず者たちが恐怖で腰を抜かす中、ブローは狂乱して叫んだ。
「お、おのれ! 改造装甲馬車を出せ! 魔砲を発射しろ! あの馬女を木端微塵に吹き飛ばせぇぇぇっ!」
鉄板で覆われた重量級の改造馬車が、ゴゴゴと音を立てて前進し、その砲口がマンミアさんへと向けられた。
「マンミアさん! 正面突破です! パイルバンカー『アグニ』でコアを破砕してください!」
「承知仕りましたッ!」
引きずり回して意識を失ったならず者たちを放り投げると、マンミアさんは正面から改造装甲馬車へと向かって突き進んだ。
時速八十キロを超える、超重量級の突進。
全身に燃え盛るような紅蓮の闘気を纏い、彼女は左腕のシールド『アグニ』を前方に構える。
「必殺——【チャージタックル】からの、零距離穿孔ッ!!」
ドガァァァァァンッ!!
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が広場全体を吹き飛ばした。
重装甲の鉄板が紙くずのように歪み、馬車の前部が激しく潰れ去る。
そして間髪入れず、シールド中央に仕込まれた極太の鋼鉄製杭が、高圧火薬の爆発音とともに打ち込まれた!
ズドンッ……バシィィィィンッ!!
「ギャぁぁぁぁぁっ!?」
装甲馬車の最奥にあった魔導コアが完全貫通され、黒煙を上げて沈黙する。
わずか三分。
三十人のならず者と改造装甲馬車は、マンミアさんたった一人の手によって、完全に壊滅させられたのだ。
「ひ……ひええええええっ!? ご、ごめんなさいいぃぃぃっ!」
唯一残った会長のブローが、股間を濡らしながら泥の上にへたり込んだ。
私は静かに歩み寄ると、通販で買い足した『超強力高分子結束バンド』をマンミアさんに手渡した。
「マンミアさん、素晴らしい現場指揮でしたわ。これで彼らを全員、しっかりと縛り上げておいてください」
「はっ! お任せください、ナツコ様!」
マンミアさんは手際よく、転がっているならず者たちとブローを頑丈な結束バンドで数人ずつ数珠繋ぎに縛り上げていった。
ピンポンパンポーン――♪
【条件達成:『悪質不当占拠者の完全撃滅および拠点の安全確保』】
【防犯映像データ保全完了!】
【感謝および成果を受信しました:300 pt を獲得!】
【現在の総所持ポイント:1,760 pt】
(ふふ、使った以上のポイントがまた稼げたわね!)
転がる悪徳商人たちを見下ろし、私は満足気に頷いた。
「いや~、お見事お見事。俺、剣を一回も振らねえで済んだわ」
フェイトがのんきに拍手をしながら歩み寄ってくる。
「ふん、貴様がサボりたかっただけでしょう!」
マンミアさんはポニーテールを直し、誇らしげに胸を張った。
私はそんなマンミアさんの元へ駆け寄り、両手を握りしめて目を輝かせた。
「マンミアさん! 本当に素晴らしかったですわ! あの凛々しい立ち振る舞い、圧倒的な馬力、そして完璧なパイルバンカーの鋭さ……! まるで物語に出てくる伝説の女騎士様そのものでしたわ! 私、感動してしまいました!」
「あ……あ……っ」
私からの心からの絶賛と、キラキラとした尊敬の眼差し。
直前まで三十人の悪党を一人で叩きのめしていた最強のケンタウロス騎士が、一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。
「な……ナツコ様……! そ、そのような……私など、ただの無骨な武人に過ぎません……っ!」
マンミアさんは馬体をモジモジとくねらせ、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「うぅ……格好いいなどと褒められても……私は……私はただの仕事しか能のない女です……。もう二十五歳だというのに、男性から『格好いい』どころか『可愛い』とすら言われたことがなく……恋人もおらず、毎年クリスマスには一人で半額ケーキをホール食いして涙を流しているような、哀れな負け組女なのですから……っ!」
「ちょ、ちょっとマンミアさん!? 急にどうしたの!?」
「あ~あ、また始まったぜ。この人、仕事で成果を出すと、反動で急に自分の『25歳未婚』の現実を思い出して自爆ポエムモードに入るんだよな」
フェイトがやれやれと肩をすくめる。
「うぅ……ナツコ様ぁ……! こんな私ですが、見捨てないでくださいぃぃ……っ!」
ポロポロと涙を流しながら、私の胸にすがりついてくるマンミアさん。
先ほどの圧倒的な強さと、このあまりにも可憐で残念な乙女心のギャップに、私は思わずクスッと笑ってしまった。
「見捨てるわけがないでしょう? 私は、ありのままのマンミアさんが大好きですわ。さあ、部屋に戻って、温かいシチューの続きを食べましょう!」
「は、はいぃぃぃ……っ!」
夜空には、綺麗な月が輝いていた。
前世で使い捨てにされ、一人で死んでいった私のもとに集まった、少しクセはあるけれど、世界で一番頼もしくて愛おしい仲間たち。
私たちは笑い合いながら、温かい光が漏れる前線基地へと戻っていった。
自由貿易特区の開発という新しい未来へ向かって、社畜令嬢の快進撃は、まだまだ始まったばかりだった。




