EP 2
荒れ果てた現地と、社畜令嬢の快適前線基地づくり
大型魔導馬車に揺られること半日。
ポポロ村の穏やかな田園風景は徐々に姿を消し、周囲にはゴツゴツとした岩肌と、薄暗い樹海が広がるようになった。
「ナツコ様、そろそろ目的地でございます」
馬車の窓から顔を出したマンミアさんが、凛とした声で告げる。
私たちが到着したのは、ルナミス帝国とアバロン魔皇国の国境線に位置する、かつての要塞都市跡――これから私たちが『自由貿易特区』として生まれ変わらせる計画の舞台だ。
「よしっ、到着ね! まずは拠点となる本部を……って、なにこれ?」
馬車を降りた私は、目の前に広がる光景に思わずまばたきを繰り返した。
そこに建っていたのは、長年の放置によって荒れ果てた、古びた石造りの旧館だった。
割れた窓ガラス、崩れかけた外壁、生い茂る雑草。
さらには、どこかの悪徳商人やならず者が捨てて行ったらしき、破棄された木箱やゴミの山が敷地内に散乱している。
「うえぇ……マジかよ。カビと埃の匂いがここまで漂ってんぞ……」
フェイトがポポロ・シガレットを咥えたまま、露骨に嫌そうな顔で鼻をつまんだ。
ポケットから銀貨を取り出し、親指でピンッと弾く。
「あー……裏だ。ダメだ、俺の運気が『ここはバイオハザードゾーンだ』って言ってる。ナツコさん、俺、馬車の中で寝てていい?」
「ダメに決まっているでしょう!」
マンミアさんがすかさず激怒の声を上げ、フェイトの襟首をひっ掴む。
「だが……くっ! 騎士として野営の訓練は受けておりますが、ナツコ様のような高貴でお優しいお方を、このようなゴミ溜めのような場所に寝起きさせるなど……! ジルヴェスター公爵閣下にも、キャルル村長にも申し訳が立ちません……っ!」
マンミアさんは栗色のポニーテールを揺らし、自分の不甲斐なさに悔しそうな顔で拳を握りしめている。
二人が絶望しかける中、私はトランクを地面に置くと、腕まくりをして小さく息を吐き出した。
(ふふ……甘いわね、二人とも)
前世の限界社畜時代。
『佐藤さん! 明日の新商品撮影、予算がないから撮影スタジオは使えないよ! 今から会社の開かずの廃倉庫を清掃して、三時間で撮影セットを作り直してね!』
……なんて無理難題を、深夜二時から一人で押し付けられた経験に比べれば、こんなもの痛くも痒くもない。
『不平を言うな。置かれた環境を嘆く時間があるなら、第一歩を踏み出せ』――『自省録』の教えが、私の胸に静かに鳴り響く。
「二人とも、落ち込んでいる暇はありませんわ! 現場の環境が悪いなら、自分たちの手で最高に快適な場所に変えてしまえばいいのです!」
「え……? か、快適な場所に……?」
マンミアさんが目を丸くする。
「さあ、清掃と拠点構築の段取りを開始します! マンミアさんは馬車から荷物の搬入と、壊れたドアの応急補修を! フェイトさんは庭の大きなゴミ箱やガレキの撤去をお願いします!」
「えー……俺、今日は裏が出てるから力が出ないんだけど……」
「フェイトさん。清掃が終わったら、私のとっておきの『極上ブレンドコーヒー』と『温かい軽食』を振る舞いますわ。もちろん、エナジードリンクもセットで」
「やる気出てきた!! ガレキ撤去でも何でも任せとけボス!!」
現金な男である。フェイトはミスリルソードを背中に担ぎ直し、一瞬でガレキの撤去へと向かっていった。
「よし、それじゃあ……私の仕事に取りかかりましょうか!」
私は館の奥――かつて執務室兼寝室だったと思われる広めの部屋へ入り、ドアを静かに閉めた。
室内は埃とカビの臭いが充満し、床には泥が溜まっている。普通なら足を踏み入れるのも躊躇う惨状だ。
だが、私には――最強の相棒がいる。
(【善行ポイント通販】……オープン!)
視界の右隅に、黄金色のショップ画面が展開する。
【現在の総所持ポイント:1,940 pt】
(前回の第一章クリアで、ポイントには余裕があるわ! この地獄の泥部屋を、一瞬で超快適な『前線基地』に変える便利グッズを一気に取り寄せちゃいましょう!)
私は前世の社畜時代に培った『防災・アウトドアグッズ』の知識をフル回転させ、画面上の商品を次々とタップしていった。
【業務用高圧ウイルスキラー消臭スプレー(微香性)×3:30 pt】
【マイクロファイバー超吸水・極厚お掃除シート(50枚入り)×2:20 pt】
【強力防虫・防魔アロマ結界器(魔石駆動・高級ハーブの香り):80 pt】
【ポータブル高精度・超音波浄水&瞬間湯沸かしサーバー:120 pt】
【高反発・耐圧分散折りたたみエアベッド(極厚マット付き)×3:150 pt】
【プレミアム高級羽毛シュラフ(丸洗い可能・耐寒仕様)×3:180 pt】
【合計:580 pt を消費します。購入しますか?】
(即座に購入!!)
確定ボタンを押した瞬間。
パパパンッ! と、空間が光り、部屋の中央に無地の大きな段ボール箱がいくつも出現した。
「さあ……社畜流・劇的ビフォーアフターの始まりよ!」
私はまず、『業務用ウイルスキラー消臭スプレー』を部屋全体に噴射した。
シュ――ッ! という音とともに、爽やかなシトラスハーブの香りが広がり、充満していた嫌なカビ臭と湿気臭が一瞬で消え去っていく。
続いて、マイクロファイバーシートで床や壁の汚れをサッと拭き取る。驚くほどの吸水性と汚れ落ちで、床の石畳がピカピカに輝き始めた。
部屋の四隅には『防虫・防魔アロマ結界器』を設置。スイッチを入れると、目に見えない薄い光の膜が部屋全体を覆い、蚊や魔虫の侵入を完璧に遮断する。
そして仕上げは――家具と寝具だ。
折りたたみエアベッドのバルブを開けると、自動で空気が注入され、ふかふかの高級ベッドがあっという間に三台完成した。その上に、軽くて温かい高級羽毛シュラフをセットする。
部屋の隅には浄水・湯沸かしサーバーを設置し、通販で買い足した【現代のドリップコーヒーセット】と【即席の濃厚クリートシチュー&フランスパンセット】を並べた。
作業時間、わずか四十分。
埃っぽくカビ臭かったはずの暗い石部屋は、まるで王都の高級ホテルの一室かのような、温かく清潔で香ばしい匂いに包まれた『癒しの前線基地』へと劇的な変貌を遂げていた。
「よし……完璧ね!」
満足気に汗を拭ったところで、部屋のドアがバタンと開いた。
「ナツコ様! 外のガレキ撤去とドアの補修が終わりました! ですが、やはりこの部屋はカビが酷くて……ッ!?」
飛び込んできたマンミアさんと、その後ろから顔を出したフェイトが、一瞬で石のように固まった。
「「「……は?」」」
二人の目が落っこちそうに丸くなる。
そこにあったのは、自分たちが想像していた「暗くて汚い部屋」ではなかった。
爽やかなシトラスの香りが漂い、足元はピカピカ。四隅では見たこともない幻想的なアロマの光が揺れ、部屋の中央にはふっかふかの見たこともない高級ベッドが並んでいる。
さらに、テーブルの上からは、香ばしい挽きたてコーヒーの香りと、とろけるようなクリームシチューの湯気が立ち上っていた。
「な……ななな、なんですかこれはぁぁぁぁ!?」
マンミアさんが、馬体をガクガクと震わせて叫んだ。
「魔法……!? いいえ、空間改変!? つい先刻まで、ここはカビとゴミの地獄だったはず……! なぜこのような、王宮のゲストルームのような快適な空間が……!?」
「う、嘘だろ……? なんだこのベッド……触っただけで手が沈み込むぞ……! 家で寝てるよりふかふかじゃねえか!」
フェイトが恐る恐るエアベッドに手を触れ、そのあまりの弾力と肌触りの良さに声を裏返させた。
「ふふ、二人ともお疲れ様。私特製の『前線基地』へようこそ」
私はニコリと微笑み、温かいスープカップを二人に手渡した。
「お二人のおかげで外の作業も早く終わりましたわ。さあ、温かいシチューとパンを食べて、ふかふかのベッドで長旅の疲れを癒してくださいね」
「ナ……ナツコ様ぁぁぁぁっ!!」
マンミアさんがその場に膝をつき、感涙の涙をボロボロと流した。
「私めは……私めは、騎士として過酷な野営と固い乾パンを覚悟しておりました……! それなのに、このような温かな食事と最高の寝床を用意してくださるなんて……! ナツコ様は……ナツコ様は聖母ですか!? 女神の生まれ変わりなのですかーーーっ!?」
「おいおい……マジかよ。俺、いままで色んなA級パーティを渡り歩いてきたけど……こんな至れり尽くせりなボス、見たことねえぞ……」
フェイトもシチューを一口すすり、その濃厚な旨味に「うッま……っ!」と目を丸くした。
「俺……今日からコイントスの結果が『裏』だろうが何だろうが、ナツコさんの指示には絶対に従うわ。いや、マジでついて行きます、ボス!」
「ふふ、二人とも大げさね。さあ、冷めないうちに召し上がれ」
二人で美味しそうにシチューを頬張り、コーヒーを飲んで「はぁ~……生き返る……」と幸福そうに息を吐いている。
その瞬間。
ピンポンパンポーン――♪
【条件達成:『劣悪環境の劇的改善および部下への至高の福利厚生の提供』】
【部下たちからの絶大な忠誠と感謝を受信しました:200 pt を獲得!】
【現在の総所持ポイント:1,560 pt】
(ふふ、使った分のポイントがまた戻ってきたわね!)
前世では、過酷な環境で働く部下や私に対して、吉岡課長は「これくらい我慢しろ」「嫌なら辞めろ」と冷たく言い放つだけだった。
だが、現場で働く人間の環境を整え、士気を高めることこそが、最高の成果を出すための『基本の段取り』なのだ。
(さて、拠点もできたことだし、明日からの特区開発の工程を――)
私が手帳を開こうとした、その時だった。
ドガガガガガッ……!!
突然、館の古い木製ドアを、外から荒々しく蹴りつける不穏な音が響き渡った。
『おい! 中に誰か居やがるのか!? ここは俺たち「黒豚商会」の縄張りだぞ! 勝手に上がり込んでんじゃねえぞ、出てきやがれッ!』
下品で下劣な怒鳴り声。
特区予定地を不当占拠し、好き勝手にゴミを不法投棄していた悪徳商人とならず者どもの影だった。
温かいシチューを飲んでいたマンミアさんの目が、一瞬で鋭い騎士のそれに変わる。
フェイトもミスリルソードの柄に手をかけ、ニヤリと不敵に笑った。
「ナツコ様。……害虫の掃除の時間がやってまいりましたようです」
「へッ、食後の腹ごなしには丁度いいぜ」
私はふっと冷ややかな笑みを浮かべた。
私の快適な前線基地を邪魔する愚者たち。
さあ、社畜令嬢の知恵と、最強の部下たちの力で――一掃除といきましょうか!
読んでいただきありがとうございます。
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