第二章 公爵領特区開発編
新事業スタート! 配属された直属の部下は、クセが強すぎる最強の二人でした
「『ルナミス帝国筆頭公爵領・最高実務顧問』……。何度見ても、ものすごく重々しい肩書きね……」
ぽかぽかと温かい陽光が差し込む、ポポロ村役場の特別執務室。
私は新しく用意された立派なオーク材のデスクの上に置かれた、金箔押しの辞令書を見つめて、ふぅと小さく息を吐き出した。
ロマン伯爵家嫡男・エドワード様とその一味が、自らの強欲と不正によって自滅し、帝国憲兵に連行されてから数日。
ポポロ村には平和な日常が戻り、私はジルヴェスター公爵様からの正式な依頼を受け、アバロン魔皇国との国境付近に新設される『自由貿易特区』の開発責任者――最高実務顧問に就任した。
前世では、どれだけ残業して会社の利益を上げても「平社員」のまま使い潰され、過労死した私。
今世でも、エドワード様には「無能な足手まとい」と蔑まれていた私が、まさか帝国の最重要プロジェクトのトップに立つ日が来るなんて。
「ナツコちゃーん! 準備はいい?」
バタン! と勢いよく扉が開いて、ポポロ村の村長であるキャルルちゃんがひょっこりと顔を出した。
いつものラフなパーカー姿だが、ウサギ耳はやる気に満ちてピンと立っている。
「ええ、キャルルちゃん。特区開発の第一期工程表も完成したし、資材調達のリストもバッチリよ。あとは現地に向かって前線基地を立ち上げるだけ」
「さすがナツコちゃん! 仕事が早すぎ! ……でね、今日はナツコちゃんの特区開発を最前線でサポートする『直属の護衛兼・実動部隊』を連れてきたの!」
「直属の部隊?」
私が首をかしげると、キャルルちゃんは得意げに胸を張り、後ろに向かって手招きした。
「さあ、二人とも入って!」
「――失礼いたします、最高実務顧問殿!」
ドシュッ! と、空気を切り裂くような鋭い敬礼とともに、一人の女性が執務室へと足を踏み入れた。
思わず、私は息をのんだ。
豊かな栗色の髪を凛々しいポニーテールに結い上げた、キリッとした美貌の女性。
だが、目を引くのはその「下半身」だ。艶やかな鹿毛の美しい馬体――彼女は、獣人族の中でも極めて高い戦闘力と機動力を誇る『ケンタウロス種』だった。
「ポポロ村自警団リーダーを務めております、マンミアと申します! 年齢は二十五歳! 元は正規軍で重騎兵騎士団長をしておりました! この度、ジルヴェスター公爵閣下ならびにキャルル村長のご指名により、ナツコ様の直属護衛を拝命いたしました。粉骨砕身、命に代えてもナツコ様をお守りいたします!」
ピンと背筋を伸ばし、淀みない口上で自己紹介をするマンミアさん。
彼女の装備は、タローマンで特注したと思われる軽量かつ高剛性なアタッチメント防具。背中には、凶悪な極太の杭が仕込まれた超重量級シールド『アグニ』と、分銅付きの鎖『メビウス』が背負われている。
(す、すごい……! 立ち振る舞いからして、間違いなく歴戦の猛者だわ!)
「ご丁寧にありがとうございます、マンミアさん。ナツコ・クラウディアです。これから特区開発という困難な現場になりますが、貴女のような優秀な方がいてくだされば百人力ですわ」
私が微笑んで手を差し出すと、マンミアさんは「はっ!」と顔を真っ赤にして、両手で私の手を包み込むように握りしめた。
(おおお……っ! これが、あの悪徳貴族を一切の暴力を使わずに知略だけで叩き潰したというナツコ様……! なんてお優しく、お美しい……! 私と同い年の二十五歳だというのに、この落ち着きと大人の余裕……それに引き換え、私は二十五歳にもなって未婚で、恋人の影すらなく、去年のクリスマスには売れ残りの半額ケーキを一人でホール食いして泣いていたというのに……!)
マンミアさんの端正な顔立ちが、感動と何故か深い悲哀に満ちてプルプルと震えている。
(なんだかよく分からないけれど、すごく忠誠心が高いお方なのね……)
私が内心でホッとしていると、キャルルちゃんが「ほら、もう一人! あんたもちゃんと挨拶しなさいよ!」と扉の外を蹴り上げた。
「いってぇな村長。急かさなくても逃げやしねーよ」
けだるげな声とともに現れたのは、無造作に伸ばした銀茶髪に、琥珀色の瞳をした二十代半ばの青年だった。
顔立ちは驚くほど整ったイケメンなのだが、姿勢は悪く、口には村の特産品である『ポポロ・シガレット』をだらしなく咥えている。
そして何より目を引くのは、彼が纏っている『全身ミスリル製のアーマーと大剣』だ。金貨数百枚は下らない超高級品だが、彼が着ていると不思議とパチンコ屋の景品のように見えてしまう(※実際に景品である)。
「俺はフェイト・ラック。一応、元A級冒険者で、今は自警団員やってる。……ま、よろしく頼むわ、ナツコさん」
フェイトと名乗った男は、挨拶もそこそこに、ポケットから一枚の銀貨を取り出すと、親指でピンッ!と空高く弾いた。
くるくるくると空中で回転した銀貨をパシッと片手でキャッチし、手の甲に乗せる。
「…………あー。わりぃ、ボス」
フェイトは銀貨の『裏』が出たのを確認するなり、大げさに肩をすくめ、深い溜息をついた。
「俺、今日ちょっとダメだわ。今朝からどうも地球の重力が俺にだけ三倍かかってる気がしてたんだよな。しかも、さっき親友の従兄弟の隣のオバサンの友達の飼ってた魔獣が死んだって知らせが入ってさ。ひどく落ち込んじまってるから……今日は忌引きで休ませてもらうわ。じゃ、お疲れー」
言い捨てて、本気で帰ろうと踵を返すフェイト。
――ピキッ。
私のこめかみに、青筋が浮かぶ音がした。
(コイントスの結果で……当日のシフトをドタキャン!?)
前世の社畜時代、私はこういう『適当な言い訳で当日欠勤するアルバイトや部下』の穴埋めを、数え切れないほど徹夜でやらされてきたのだ。
現場のスケジュール管理において、こういう無責任な人間は最も計画を狂わせるガンである。
「貴様ぁぁぁッ!!」
私が実力行使に出るより早く、隣にいたマンミアさんが激怒の声を上げてフェイトの首根っこをガシッと掴んだ。
「初顔合わせの場で、またそのふざけた言い訳かフェイト! 貴様はいつもいつもコイントスでサボりおって! ナツコ様という素晴らしい御方の前で恥ずかしくないのか! 貴様ももう二十五歳だろうが! 少しは将来を見据えて真面目に働かんか!!」
「げっほ、苦し……ッ! うるせーなマンミア! 俺のスキル【コイントス】は裏が出たら全ステータスが下がるんだから仕方ねーだろ! それに二十五歳二十五歳ってうるせえよ! お前こそ二十五歳未婚で焦りまくって、こないだタローソンで『半額シールのついたクリスマスケーキ……まるで今の私みたい……』って泣きながら買ってたのバラすぞ!!」
「なッ……!?!? な、ななななぜそれを知っているッ!?」
マンミアさんの顔が、一瞬でトマトよりも赤く沸騰した。
「い、言いがかりだ! あ、あれはただケーキが食べたかっただけで……決して自分と売れ残りのケーキを重ね合わせて絶望していたわけでは……あわわわわっ!」
圧倒的な武威を誇っていたはずのケンタウロス騎士が、見事なまでの乙女の羞恥心で崩れ落ち、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
(……この部下たち、個性が強すぎる……ッ!)
私は頭痛をこらえながら額を押さえた。
一人は超絶真面目だがメンタルが乙女すぎる武人。
もう一人は運頼みでシフトをサボるギャンブルクズ。
これでは、特区開発という困難なミッションを乗り切る前に、チームが空中分解してしまう。
「おいおい、自警団のリーダーが泣いてどうすんだよ。ほら、今日は俺休むから、あとはマンミアに任せたぜ。じゃあな――」
「――フェイト」
悠々と帰ろうとするフェイトの背後に、ぬらりと一つの影が落ちた。
ウサギ耳を限界までピンと逆立てた、キャルルちゃんだ。
彼女はフェイトの肩にポンと手を置くと、極上の天使のような笑顔を浮かべた。だが、その背後には見鬼のような紫電の闘気がバリバリと音を立てて迸っている。
「ナツコちゃんはね、ポポロ村の大切な大切なお客様で、世界で一番有能な最高顧問なの。……フェイト? あんた、まさかナツコちゃんの記念すべき初陣のスケジュールに、泥を塗るつもりじゃないわよね?」
「ひっ……!? む、村長……っ!」
「今から一秒以内に『命に代えてもナツコ様のために働きます』って言わなかったら……あんたのその股間めがけて、一億ボルトの『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』をお見舞いしてあげる。……さあ、どうする?」
キャルルちゃんの特注安全靴の先端が、ジジジ……ッ!と恐ろしい雷光を放ち始める。
「はたらきます!! 命に代えてもナツコ様のために働かせていただきますぅぅぅッ!!」
フェイトは涙目で綺麗な直角のお辞儀をし、完全降伏を宣言した。
(……キャルルちゃんのマネジメント能力、物理的すぎてある意味すごいわね)
私は苦笑いしながらも、気を取り直してパンッと手を叩いた。
「はい、それじゃあ一件落着ね。フェイトさん、マンミアさん。お二人とも能力が極めて高いことは、キャルルちゃんから聞いています。私の『現場指揮』と、お二人の『実力』があれば、どんな荒れ地だって必ず最高の特区に生まれ変わらせることができるわ」
私は視界の【善行ポイント通販】を密かに操作し、あるものを2つ購入した。
【超強炭酸・エナジードリンク(覚醒成分MAX・集中力向上):20 pt ×2】
トランクの中から、よく冷えた見慣れないデザインの缶を取り出し、二人に手渡す。
「はい、これ。私の故郷に伝わる『気合を入れるための魔法の薬』よ。これを飲んで、今日も一日頑張りましょう!」
「お、なんだこれ? シュワシュワしてて……うおっ!? すっげえ目が覚める! 体のだるさが一気に吹っ飛んだぜ!?」
「なんと……これほど即効性のある霊薬を私のような者に……! ナツコ様、このマンミア、一生ついていきます!!」
エナジードリンクの効果と、少しの気配り。
前世のブラック企業で学んだ『飴と鞭』の使い分けだ。
気を取り直した二人の頼れる(?)部下たちを引き連れて、私はポポロ村の広場へ用意された大型魔導馬車へと乗り込んだ。
「いってらっしゃい、ナツコちゃん! 無理しちゃダメだからねー!」
「ええ、行ってくるわ、キャルルちゃん!」
ジルヴェスター様から託された、国境の『自由貿易特区』開発プロジェクト。
新しい舞台には、どんな困難(と、自滅する愚か者たち)が待ち受けているのか。
「さあ……社畜令嬢の第二ラウンド、開幕よ!」
私は馬車の窓から爽やかな風を受けながら、力強く前を向いて笑った。
読んでいただきありがとうございます。
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