EP 14
ルナキンでの祝杯! 親友がくれた一番の居場所
夕闇が迫るポポロ村に、どこまでも晴れやかで温かな風が吹き抜けていた。
エドワード・フォン・ロマンと悪徳執事バートンが帝国憲兵に身柄を拘束され、連行されていってから数時間。
村の広場を埋め尽くしていた緊張感は綺麗に消え去り、代わりに訪れたのは、祭りの前夜のような弾んだ空気だった。
「ナツコ様! 本当にありがとうございました!」
「あの横暴な貴族め、ザマア見ろだ!」
「ナツコ様のおかげで、俺たちの特産品も村も守られたぞー!」
すれ違う村人たちから、次々と感謝の声と笑顔が向けられる。
泥だらけのオーバーオールを着て畑を駆け回っていた日のこと、村役場のカビが生えかけていた帳簿を徹夜同然で整理した日のことが、胸の中に灯火のように温かく思い出された。
(私……本当に、この村のために役立つことができたんだわ)
前世の限界社畜時代、いくら頑張っても誰からも感謝されず、吉岡課長に「代わりはいくらでもいる」と切り捨てられた私。
今世でも、実家から「無能」と見放され、エドワード様の手柄作りの道具として使い潰されかけた私。
そんな私に、まっすぐな感謝と笑顔を返してくれる人々が、ここにはいる。
「ナツコちゃん!」
シュバッ!と風を切り裂くような速度で、白いウサギ耳をピンと立てたキャルルちゃんが正面から飛び込んできた。
ドスゥン!と心地よい衝撃とともに、私の身体が華奢で力強い腕にギュッと抱きしめられる。
「きゃっ……キャルルちゃん!」
「えへへ……ナツコちゃん、本当にお疲れ様! すっごくかっこよかったよ! あの金ピカ生ゴミ野郎が、青ざめて地べたに這いつくばった時なんて、私、スカッとしすぎてお空まで飛んでいきそうになっちゃった!」
「もう、例えが大げさなんだから」
私は苦笑しながらも、キャルルちゃんの背中を優しく抱き返した。
彼女のふわふわとしたウサギ耳が、嬉しそうに私の頬をくすぐる。
「でもね、ナツコちゃん」
キャルルちゃんはパッと身体を離すと、可憐なピンク色の瞳を少し潤ませて、私の両手をギュッと握りしめた。
「一番嬉しかったのはね……ナツコちゃんが『もう一人で抱え込まない』って、あの公爵様の手を握り返してくれたことなの。ナツコちゃん、昔からずっと我慢ばっかりして、自分一人で傷つこうとしてたでしょ? それがね、私、ずっとずっと心配だったんだから」
「キャルルちゃん……」
「だからね、今日からは大威張りでポポロ村で威張っていいんだからね! ナツコちゃんは、このポポロ村の最高の『居場所』を手に入れたんだから!」
真っ直ぐで、飾りのない友情の言葉。
胸の奥がじんわりと熱くなり、涙が零れそうになるのを、私は微笑みで押し返した。
「ええ……ありがとう、キャルルちゃん。私、この村が……キャルルちゃんのいるここが、世界で一番大好きよ」
「〜〜〜〜っ! ナツコちゃん大好きーッ!」
再び抱きついてくるキャルルちゃんにクスクスと笑っていると、後ろから静かで威厳に満ちた足音が近づいてきた。
「ふむ……誠に微笑ましい友情だな」
振り返ると、そこに立っていたのは――先ほどまでの冷徹な「氷の司令官」の表情を崩し、どこか柔らかい眼光を湛えたジルヴェスター様だった。
軍服の第一ボタンをひとつ外し、黒い外套を腕に折って抱えたお姿は、格式高い貴族でありながら、不思議とこのポポロ村の風景に溶け込んでいる。
「公爵様……憲兵隊への指示や報告は、もうお済みになられたのですか?」
「ああ。ロマン伯爵領の手配、ならびに本国への糾弾書の送付はすべて完了した。これでエドワード一味が二度と君やこの村に手出しすることはできん」
ジルヴェスター様は私へと歩み寄ると、その長い指で、風に乱れた私の前髪を優しく払ってくださった。
「ナツコ殿。今夜は君の勝利と、ポポロ村の平和を祝う宴が開かれると聞いたが……私のような固い男が参加しても、邪魔にはならんかな?」
「そんな! 邪魔だなんてとんでもありません! 公爵様がいらしてくだされば、村のみんなも大喜びしますわ!」
「そうか。ならば、喜んで同席させてもらおう」
ジルヴェスター様がふっと見せた穏やかな微笑みに、私の胸がドクンと大きく跳ね上がった。
そこへ、キャルルちゃんがズイッと二人の間に割り込んでくる。
「ちょっと公爵様! ナツコ前髪に触りすぎです! いくらナツコちゃんを助けてくれたからって、どさくさに紛れて距離を詰めないでください! 今夜の主役はナツコちゃんと、私と、ポポロ村のみんななんですからね!」
「ふ……厳しい親衛隊長だな。理解しているよ、村長」
ジルヴェスター様が肩をすくめて微笑み、私とキャルルちゃんは顔を見合わせて笑った。
ざまぁの殺伐とした空気は跡形もなく消え去り、あたりは幸せで賑やかな祝宴の気配に満たされようとしていた。
◇
夜――。
『24時間営業 ルナミスファミリーレストラン ルナキン ポポロ支店』。
今夜のルナキンは、ポポロ村始まって以来の大賑わいを見せていた。
キャルル村長の「今夜はルナキンの全メニュー食べ放題! 村の予算で大祝勝会よー!」という大号令のもと、店舗の広大なパーティールームが完全に貸し切りとなっていたのだ。
「「「ナツコ様とポポロ村の未来に……乾杯ーーーッ!!」」」
ガシャンッ!と、一斉にジョッキやグラスが打ち鳴らされる。
店内に満ちあふれるのは、焼きたてのシープピッグのジューシーなハンバーグの匂い、特製ソーリーフソースの香ばしい煙、そして飛び交う大歓声だ。
「おい、ナツコ様! この『太陽芋とマヨ・ハーブのポテトサラダ』を食べてくれ! ナツコ様が土壌を直してくれたおかげで、今年の芋は甘みが段違いだぞ!」
農家のゴードンさんが、お皿いっぱいに盛られたポテトサラダを嬉しそうに差し出してくる。
「うむ。わしも認めるドス……じゃなかった、認めるぞ。ナツコ殿の事務処理と現場指揮は、まさに英知の結集だ。乾杯しようではないか」
ポポロシガーを指に挟んだ学校のネギオ先生も、珍しく上機嫌でイモッカ(芋焼酎ウォッカ)のグラスを掲げている。
「皆さん、ありがとうございます……! でも、無理をしてお腹を壊さないでくださいね!」
私はみんなからの温かい言葉と料理の差し入れに揉まれながら、心の底から弾けるような笑顔を返していた。
(ああ……幸せだなあ……)
前世の社畜時代、会社の飲み会といえば、吉岡課長のお説教を聞かされ、お酌をさせられ、最後は余った一次会の会計を押し付けられる地獄の時間でしかなかった。
だが、今のこの宴には、誰かを踏みつけるような意味も、不快な上下関係も存在しない。
みんなが自発的に笑い合い、お互いの労をねぎらい、美味しい食事を楽しんでいる。
「ナツコちゃん! お待たせーッ! 今夜のメインディッシュの登場だよーッ!」
キャルルちゃんが、ルナキンの店員さんたちと一緒に、うやうやしく巨大なワゴンを押してやってきた。
そこに鎮座していたのは――思わず全員が息をのむほど巨大なスイーツだった。
「じゃじゃーん! ルナキンポポロ支店特製『ポポロメガ盛・苺づくし感謝パフェ』だーッ!」
「「「うおおおおおぉぉぉぉッ!?」」」
高さ五十センチはあろうかという巨大なガラス容器。
そこには、ポポロ村特産のフレッシュな真っ赤なイチゴがこれでもかと敷き詰められ、濃厚なジャージー牛乳の生クリーム、ハニーかぼちゃの特製プリン、太陽芋のポテトスイート、そして甘く加工された人参マンドラのシロップ漬けが層をなしている。
「すごい……! こんなに大きなパフェ、見たことないわ!」
「ふふん! ナツコちゃんが甘いものが大好きなの、私知ってるもんね! さあさあ、みんなで切り分けて食べようよ!」
「待って、キャルルちゃん。せっかくだから、パーティをもっと華やかにしましょう!」
私はそっと胸の前で手を組み、視界の右隅で静かに光る画面――【善行ポイント通販】を立ち上げた。
【現在の所持ポイント:820 pt】
(みんなで楽しむ特別な夜……! これを使うのに、最高のタイミングね!)
私は通販の『パーティ・季節用品』のカテゴリーから、いくつかのアイテムを選択した。
【大型室内用・紙吹雪&金銀テープクラッカー(10個セット):30 pt】
【果汁100%・スパークリング・プレミアムブドウジュース(ボトル)×5:50 pt】
【購入しますか?】
(即座に購入!)
パッ――と、私の足元のトランクの陰に、豪華なリボンが巻かれたガラス瓶と、カラフルなクラッカーが出現した。
「わあぁぁぁ!? ナツコちゃん、また魔法の通販!? なにそれ、すっごく綺麗!」
「ふふ、これをお祝いに使ってください!」
私がスパークリングジュースのコルクを抜くと、ポンッ!と心地よい音とともに、シュワシュワと繊細な泡が立ち上った。
村人たち全員のグラスに注ぎ分け、キャルルちゃん、ネギオ先生、ゴードンさん、そして隣に座るジルヴェスター様とともに、高くグラスを掲げる。
「みんな、ポポロ村の最高の未来に……乾杯!」
「「「乾杯ーーーーーッ!!」」」
パーン! パパパンッ!
私が配ったクラッカーから、金と銀のテープ、そして色鮮やかな紙吹雪が空中に舞い散った。
光を浴びてキラキラと輝く紙吹雪の中、大歓声と笑顔が弾ける。
ピンポンパンポーン――♪
【条件達成:『地域コミュニティの祝福および無償の娯楽・飲料提供』】
【村人たちからの溢れる感謝を受信しました:150 pt を獲得!】
【現在の所持ポイント:940 pt】
(みんなの笑顔で、使った分以上のポイントがまた返ってきた……!)
胸の奥が、温かい感動で満たされていく。
ふと横を見ると、ジルヴェスター様がスパークリングジュースのグラスを傾けながら、どこか眩しそうな目で私を見つめておられた。
「素晴らしい夜だな、ナツコ殿」
「公爵様……お食事、お口に合いましたでしょうか? このような賑やかな場所は、あまりお好きではないのでは……」
「まさか」
ジルヴェスター様は優しく首を振ると、蒼い瞳を私へと向けられた。
「私はこれまで、帝国の軍隊や貴族たちの権謀術数の中に身を置いてきた。勝敗と利害だけで動く世界だ。……だが、このポポロ村の宴には、偽りのない『温もり』がある」
ジルヴェスター様はそっと手を伸ばし、私の手の上に自らの温かな手を重ねてくださった。
「君がこの村を愛し、村人たちが君を愛する理由がよく分かった。……君の周りには、いつも人を幸せにする温かな風が吹いているのだな」
「公爵……様……」
「君がこうして笑顔でいられる場所を守ることができた。……私にとって、今夜の最高の収穫はそれだよ」
低く、耳元で囁かれる情熱的な言葉。
周囲の歓声の中でも、その声だけがまっすぐに私の胸の奥へと届いて、心臓がトックンと跳ね上がった。
その時である。
「むむむっ! 公爵様ーッ! どさくさに紛れてナツコちゃんの手を握って、甘い雰囲気を醸し出さないでくださいーッ!」
シュバッ!と割り込んできたキャルルちゃんが、巨大パフェからスプーンで大きなイチゴと生クリームをすくい上げ、私の口元へ突き出してきた。
「はい、ナツコちゃん! あーん! 今夜の最高のイチゴは、私がナツコちゃんにあげるんだからね!」
「ふふ、ありがとうキャルルちゃん! あーん……ん、美味しいっ!」
「でしょう! あ、公爵様にも一口あげます! はい、人参マンドラの漬物入りのとこ!」
「……感謝しよう、村長。……ふむ、意外と悪くない味だな」
「えぇっ!? 平気な顔で食べた!? 悔しい、この公爵様、隙がない……!」
キャルルちゃんが悔しそうにウサギ耳を揺らし、私とジルヴェスター様、そして村人たちが爆笑する。
眩しいネオンの光の下、美味しいパフェと、温かい飲み物、そして大好きな人たちの笑顔。
前世で暗いオフィスで孤独に途絶えた私の人生は。
今、この世界で一番温かくて、一番賑やかな『私の居場所』の中で、色鮮やかに輝いていた。
社畜令嬢ナツコの第一章は、殺伐としたざまぁを最高の友情と温もりで包み込み、どこまでも幸福な夜の中へと溶けていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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