EP 13
自業自得の破滅と、エスコートの誓い
静寂が、ポポロ村の広場を支配していた。
泥の上に膝をつき、惨めに這いつくばるエドワード・フォン・ロマン。
先ほどまでの横暴で高圧的な態度は見る影もなく、彼の全身は恐怖と絶望でガタガタと激しく震えていた。
「ジ……ジルヴェスター公爵閣下……! あ、誤解です! これは何かの間違いでございます!」
エドワードは必死に顔を上げ、すがりつくような視線を送った。
「ポポロ村への不当な買収も、脅迫も……すべてそこにいる執事のバートンが勝手にやったことで! 私は……私は一切、指示など出しておりません! 私はただ、逃げ出した元婚約者のナツコを連れ戻しに来ただけで――」
「エ、エドワード様ッ!? 何を嘘をおっしゃいますか!」
後ろで縛られていた悪徳執事のバートンが、血相を変えて叫んだ。
「『ポポロ村を武力で脅し、特産品を十分の一の価格で巻き上げて赤字を補填しろ』と命じられたのは、他ならぬエドワード様ではありませんか! 私に全責任を押し付ける気ですかッ!?」
「黙れ、下衆が! 私がそんな指示を出すはずがないだろう!」
「お言葉ですが、エドワード様の執務室の金庫から、不当買収の手指示書と私書箱の控えが押収されておりますぞ!」
「「な……ッ!?」」
醜い責任のなすりつけ合い。
二人の醜悪な争いを見つめる村人たちから、冷ややかな蔑みの視線が注がれる。
ジルヴェスター様は、二人の見苦しい醜態を氷のように冷たい眼光で見下ろしていた。
「見苦しいぞ、エドワード」
低く、地鳴りのように響く一声。それだけで、広場全体が再び凍りついた。
「罪を擦り付け合おうと無駄だ。すでに帝国監察省の特務兵が、ロマン伯爵邸および執務室のすべての帳簿と押収品を精査している」
ジルヴェスター様が軽く手を示すと、控えていた二名の高級監察官が一歩前へ進み出で、羊皮紙の糾弾書を朗々と読み上げ始めた。
「――ロマン伯爵嫡男エドワード・フォン・ロマン。並びに同家執事バートン。罪状、第一。アバロン国境関税システムの不法改ざんおよび公文書偽造。罪状、第二。街道整備事業における資材調達費の横領。罪状、第三。国際緩衝地帯ポポロ村に対する武力封鎖の威嚇および不当恐喝未遂」
「あ……あ……っ」
「さらに、過去二年にわたり、クラウディア伯爵家令嬢ナツコ・クラウディアの作成した膨大な実績と成果を盗用し、自らの手柄として偽り続けていた事実も完全に立証された」
監察官の宣告に、エドワードの顔からすべての血の気が引き、土気色へと変色した。
「すべては……お前が招いた『自滅』だ、エドワード」
ジルヴェスター様は一歩、エドワードへと歩み寄った。
「お前はナツコ殿を『無能な木偶の坊』と嘲笑い、ゴミのように捨て去った。……だが、真実は逆だったのだ。ロマン伯爵領の繁栄を裏で支えていたのは、お前の言う『無能な女』の血のにじむような努力と、不眠不休の知恵であった」
ジルヴェスター様の声には、刃のような冷徹さと、圧倒的な正義の重みが宿っていた。
「彼女を失った瞬間にお前の化けの皮は剥がれ、帳簿は破綻し、焦りから犯罪にまで手を染めた。……お前を破滅へ追いやったのは誰でもない。彼女の価値を見抜けず、己の強欲と傲慢に溺れて彼女を捨てた、お前自身の愚かな判断そのものだ」
「ひっ……! あ、ああぁぁぁっ……!」
「『自業自得』とは、まさにこのことだな。皇帝陛下へは私から直接報告を上げる。ロマン伯爵家の爵位剥奪、全財産の没収、ならびにお前の罪人としての極刑または鉱山での終身強制労働は免れんと思え」
「な……ッ!? しゃ、爵位剥奪……!? 鉱山で終身労働……!?」
エドワードの目が、驚愕と恐怖で落っこちそうに大きく見開かれた。
贅沢と虚栄にまみれた貴族の暮らしから、一転して暗く冷たい鉱山での囚人生活へ。
彼の輝かしい(と勘違いしていた)未来は、完璧に、そして二度と修復不可能な形で打ち砕かれたのだ。
「嫌だ……嫌だぁぁぁっ! 助けてくれ、父上! ナツコ! 頼む、助けてくれぇぇぇっ!!」
地暴れて叫ぶエドワードとバートンを、帝国の重装近衛兵たちが容赦なく押さえつけ、鉄の枷をはめて引き立てていく。
ガタガタと震えながら引きずられていくエドワードが、最後に振り返り、私へと惨めな眼光を向けた。
だが、その瞳に映ったのは――彼にとって、何よりも酷絶で、羨望に狂いそうな光景だった。
◇
ざまぁの裁きが下り、静まり返る広場の中央。
ジルヴェスター様は、引き立てられていく罪人たちには一瞥もくれず、静かに私の方へと向き直られた。
深黒の軍服を揺らし、流れるような銀髪を春の風になびかせながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その蒼い瞳に宿っていたのは、先ほどまでの氷のような冷酷さではなく――吸い込まれそうなほど優しく、温かな情愛の色だった。
「ナツコ殿」
「あ……公爵様……」
ジルヴェスター様は、私の目の前で足を止めると……何と、集まった大勢の村人や近衛兵たちの前で、優雅に片膝を地面につかれたのだ。
「「「ッ……!?」」」
広場から、息をのむようなどよめきが上がった。
ルナミス帝国筆頭公爵にして全軍総司令官、最高位の貴族であるあのお方が、一人の令嬢の前で膝を折っている。
ジルヴェスター様は、私の右手を両手でそっと包み込むと、恭しくその甲に誓いの接吻を落とされた。
「あ……っ!?」
唇が触れた場所から、カッと熱が全身へ駆け巡る。顔が火が出るほど熱くなるのを感じた。
「ジルヴェスター様……!? 大勢の目がありますわ……っ!」
「構わない。むしろ、すべての者に宣言したいのだ」
ジルヴェスター様は顔を上げ、私をまっすぐに見つめられた。
その蒼い瞳には、一切の迷いも、照れもない。
「愚者どもに奪われ、虐げられていた本物の至宝……ナツコ・クラウディア殿。君のその素晴らしい知恵と、泥の中に咲く優しき人柄に、私は心から敬意と愛おしさを抱いている」
「公爵……様……」
「これより先、君を脅かす理不尽は、我がヴァルハイト公爵家の全権と我が剣をもってすべて退けよう。君はもう、一人で耐える必要も、傷つく必要もないのだ」
ジルヴェスター様は、低く、けれど広場全体に届くような堂々たる声で朗々と宣言された。
「ナツコ殿。どうか我がヴァルハイト公爵領の、そして私自身の未来に欠かせない『最愛の至宝』として……私の手を取ってはくれないだろうか?」
「~~~~っ!!」
それは、公の場における完璧な庇護の宣言であり、将来的な求婚を約束する、これ以上なく尊く情熱的なエスコートの誓いだった。
惨めに引きずられていくエドワードが、その光景を横目で見て「あ……あぁぁぁ……っ!!」と血の涙を流さんばかりの絶叫を上げていた。
自分が見下し、捨て去った「無能な女」が。
自分が逆立ちしても及ばない帝国最高の英雄から、世界で一番尊い宝として膝を折られ、求愛されている。
二人の間にある圧倒的な格差。真の価値の差。
エドワードにとって、これ以上の地獄のような「ざまぁ」は存在しなかった。
「……はい!」
私は溢れ出る涙を拭い、弾けるような笑顔で、ジルヴェスター様の手をしっかりと握り返した。
「喜んで……お供させていただきます、ジルヴェスター様!」
「うおおおおおぉぉぉぉっ!!」
「ナツコ様ぁぁぁ! 公爵様ぁぁぁっ!!」
瞬間、ポポロ村全体を揺るがすような、割れんばかりの歓声と祝福の拍手が巻き起こった!
「やったぁぁぁぁッ!!」
シュバッ!と風を切り裂き、キャルルちゃんが抱きついてくる。
「ナツコちゃん、最高! かっこよすぎるよぉぉぉ! ざまあみろ金ピカ生ゴミ野郎ーッ!!」
農家のゴードンさんも、ネギオ先生も、村のみんなが涙を流して拍手を送ってくれている。
ジルヴェスター様は立ち上がると、私を抱き寄せるようにして優しく肩を抱いてくださった。
彼の胸の鼓動が、私の背中にあたたかく伝わってくる。
(前世で過労死した私。今世で無能と捨てられた私。……でも、もう大丈夫)
私を正しく評価し、愛してくれる大切な場所と、かけがえのない人たちがここにいる。
社畜令嬢ナツコの第一章における最大の逆転劇は――この上ないカタルシスと、極上のときめきとともに、見事な大勝利を収めたのだった。
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