↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第一章 花起こし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/67

第七話 親友



 昼休みを告げる鐘が、学園中へ軽やかに響き渡る。


 一限目から続いた授業を終え、生徒たちは一斉に席を立ち始めた。


「今日は何を召し上がりますの?」


「新しく出たデザートが美味しいそうですわ」


 友人同士で食堂へ向かう者。


 中庭へ出る者。


 図書室へ向かう者。


 昼休みは、生徒たちが思い思いの時間を過ごすひとときだった。


 ルルシルは静かに教科書を閉じると、鞄から一冊の本を取り出した。


 昼食は取らないことも多い。


 少食なうえ、読書をしているうちに時間が過ぎてしまうことも珍しくなかった。


「ルルシル!」


 教室の外から、よく通る声が響く。


 ルルシルが顔を上げると、廊下に一人の令嬢が立っていた。


 艶やかな黒髪を丁寧な縦巻きにまとめ、紫水晶を思わせる美しい瞳が真っ直ぐこちらを見つめている。


 制服も乱れ一つなく着こなし、凛とした立ち姿は、思わず周囲が目を向けるほどだった。


 イザベル・ローゼンティア。


 ローゼンティア侯爵家の令嬢であり、高等部一年生。


 ルルシルとは別のクラスに所属している。


 幼い頃から共に育ち、今ではルルシルが心から信頼を寄せる、かけがえのない親友だった。


「あら、イザベル」


 ルルシルの表情がふっと和らぐ。


 学園で普段見せる穏やかな微笑みよりも、少しだけ自然な笑顔だった。


 イザベルはそんなルルシルを見るなり、小さくため息をついた。


「やはりそうでしたのね」


「また昼食を抜くおつもりでしたのでしょう?」


 ルルシルは手にしていた本へ視線を落とし、少しだけ困ったように笑う。


「少し本を読もうと思っていたの」


「いけませんわ」


 間髪入れずに返事が返ってくる。


「放っておきますと、あなたすぐ昼食を抜いてしまわれるのですもの」


「そんなこと……」


「ございますわ」


 イザベルは腕を組み、呆れたように肩をすくめた。


「昔からそうではありませんこと?」


「少しくらい食べなくても平気、なんておっしゃって」


「でも午後になりますと、お顔の色が悪くなることもございますでしょう?」


 ルルシルは苦笑する。


「そこまでではないわ」


「そこまででございますの」


 ぴしゃりと言い切るイザベルに、教室に残っていた何人かの生徒が思わず視線を向ける。


 ヴェリテ公爵令嬢に、ここまではっきり物を言える者は学園でもほとんどいない。


 だが、ルルシルは気を悪くするどころか、小さく笑みを零した。


「今日はちゃんと食堂へ参りましょう」


「……ありがとう、イザベル」


 その一言に、イザベルは満足そうに頷く。


「よろしい」


 二人は並んで教室を後にした。


 昼休みの廊下は、多くの生徒で賑わっている。


 貴族の子弟が集う学園だけあって、すれ違う生徒たちは皆どこか品があり、互いに軽く会釈を交わしながら歩いていた。


 ルルシルとイザベルが並んで歩く姿に、周囲から小さな声が聞こえてくる。


「あの方がローゼンティア侯爵令嬢よ」


「ヴェリテ公爵令嬢の親友でいらっしゃる方ね」


「お二人とも本当にお美しいわ……」


 そんな囁きにも、二人は気に留める様子はない。


 やがて二人は校舎の端へと辿り着き、外へと続く扉をくぐった。


 そこから先は、食堂へと続く外廊下だった。


 白い石造りの床が陽光を反射し、足元を明るく照らしている。


 廊下の片側は大きく開けており、手すり越しに広がるのは手入れの行き届いた庭園だった。


 色とりどりの花々が風に揺れ、噴水の水音が涼やかに響いている。


 遠くには学園の塔が見え、その向こうには青く澄んだ空が広がっていた。


 柔らかな風が吹き抜け、ルルシルの銀の髪とイザベルの黒髪を優しく揺らす。


「やはり、この廊下は気持ちがよろしいですわね」


 イザベルが小さく息をつく。


「ええ、とても」


 ルルシルも穏やかに頷いた。


 食堂へ向かう途中、イザベルがふと歩みを緩めた。


「ねえ、ルルシル」


「何かしら?」


「今朝のことです」


 その声色が少しだけ低くなる。


 ルルシルはイザベルの横顔を静かに見つめた。


「殿下とエミリーさんのことですわ」


「あなた、どうして何もおっしゃらなかったのですの?」


 ルルシルは少しだけ目を伏せる。


「言う必要はないと思ったから」


「必要はございますの!」


 イザベルはきっぱりと言い切った。


「あなたは殿下の婚約者でいらっしゃるのでしょう?」


「目の前であのように振る舞われて、どうして平気でいられるのです!?」


 ルルシルは静かに歩きながら答える。


「平気、というわけではないわ」


「でも、殿下にも殿下のお考えがあるのでしょう」


「だから責めることはしたくないの」


 イザベルは足を止めた。


「あなたは昔からそうですわ」


「誰かが悪くても、自分が我慢すればよろしいとお思いになってしまう」


 その瞳には怒りよりも、心配の色が浮かんでいた。


「わたくしはね」


 イザベルは真っ直ぐルルシルを見つめる。


「あなたが傷つくお姿を見る方が辛いのですわ」


 その言葉に、ルルシルは少し驚いたように目を瞬かせる。


 そして、柔らかく微笑んだ。


「心配してくれてありがとう」


「でも、大丈夫よ」


「……」


 イザベルは小さく息を吐く。


「本当に、お人好しでいらっしゃいますこと」


 呆れたように言いながらも、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


 二人は再び歩き始め、やがて食堂へと辿り着いた。


 ――そして、昼食を終えた後。


 再び外廊下へと出た二人は、ゆっくりと歩いていた。


 昼の光は少しだけ柔らかくなり、庭園の花々はより鮮やかに見える。


 ふわり、と。


 淡い光がルルシルの周囲に集まり始める。


 小さな光の粒が、まるで意思を持つかのように彼女の肩や手元へと寄ってきた。


「……また来たのね」


 ルルシルは穏やかに微笑む。


 光はやがて形を持ち、小さな精霊たちの姿となった。


 水のように透き通るもの、風のように軽やかなもの、淡く輝く光の精霊。


 彼らは楽しげにルルシルの周囲を飛び回る。


「相変わらず、あなたは好かれていらっしゃいますわね」


 隣でイザベルが静かに言った。


 その視線は、確かに精霊たちを捉えている。


 ルルシルは微笑んだ。


「ええ、今日は少し多いみたい」


「あなたが穏やかなお気持ちでいらっしゃると、集まりやすいのですわ」


 イザベルはそう言いながら、そっと手を伸ばす。


 一体の精霊が、その指先に触れるように近づいた。


 淡い光が、彼女の指先で揺れる。


「……やはり、可愛らしいですわね」


 イザベルの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


 普段の凛とした姿からは想像できないほど、優しい眼差しだった。


 ルルシルはそんな親友の姿を見て、静かに微笑む。


 柔らかな風が吹き抜ける。


 精霊たちは楽しげに舞いながら、やがてふわりと空へと溶けていった。


 その余韻の中で、二人は並んで歩き続ける。


 親友だからこそ言える言葉がある。


 親友だからこそ、分かち合えるものがある。


 ルルシルにとってイザベルは、そんなかけがえのない存在だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。