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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第一章 花起こし

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第八話 すれ違う思い



 放課後を告げる鐘が、校舎中へ静かに響き渡る。


「本日は以上です。気を付けて帰宅してください」


 担任のノア・リンデルが穏やかに告げると、生徒たちは一斉に帰り支度を始めた。


 ルルシルも教科書を丁寧に鞄へしまい、席を立つ。


 いつものように図書室へ向かい、クレイスの迎えを待とうと思った、その時だった。


「失礼する」


 教室の扉が開き、一人の青年が姿を現す。


 銀色の短髪。


 青灰色の瞳。


 整った顔立ちに、生徒会役員章を胸元へ付けた制服姿。


「クレイス様……!」


「今日も素敵……」


 三年生の姿に、教室のあちこちから小さな歓声が漏れる。


 しかし、クレイスは周囲へ視線を向けることなく、まっすぐ妹の元へ歩み寄った。


「ルルシル」


「お兄様」


 ルルシルは静かに頭を下げる。


「カイン殿下を見なかったか?」


「殿下、ですか?」


 ルルシルは教室内を見渡す。


 いつもなら目に入るはずの金色の髪も、その隣にいるはずのエミリーの姿も見当たらない。


 クレイスは小さくため息をつく。


「今日は王族実務研修の日なんだ」


「実務研修……」


「王族として学園運営を学ぶための仕事だ。生徒会との合同業務や提出書類も残っている」


「まだ終わっていないのですね」


「本人がいないからな」


 クレイスは苦笑する。


「教師方も頭を抱えておられる」


 ルルシルは少し考えた後、静かに頷いた。


「私もお探しします」


「すまない」


「手分けした方が早い」


「はい」


 二人は別々の方向へ歩き出した。


   ◇◇◇


 夕暮れが校舎を茜色へ染めていく。


 ルルシルは校舎内を歩きながら、静かに辺りを見回していた。


 図書室。


 中庭。


 講堂。


 どこにもカインの姿はない。


「どちらへ行かれたのでしょう……」


 その時だった。


 ふわり、と。


 銀色の髪へ、小さな風が触れる。


「……?」


 振り返ると、小鳥の姿をした精霊が一羽、ルルシルの前を飛んでいた。


 さらに花の妖精のような小さな精霊が現れ、嬉しそうにくるりと宙を舞う。


「探してくれるの?」


 小さな精霊たちは、まるで頷くように光を揺らした。


「ありがとう」


 ルルシルが微笑むと、精霊たちは楽しそうに先へ飛んでいく。


 その後を追って歩く。


 やがて校舎の離れへ続く石畳へ辿り着いた。


 そこには、美しく手入れされたバラ園が広がっていた。


 赤、白、桃色。


 様々な色のバラが夕日に照らされ、美しく咲き誇っている。


 その奥に、見覚えのある二人の姿があった。


「殿下……」


 カインとエミリーだった。


 二人は楽しそうに笑い合い、とても親しげに寄り添っている。


 その光景を見た瞬間。


 胸の奥が、小さく締め付けられた。


 痛みとも違う。


 悲しみとも違う。


 言葉にできない感情だった。


 それでもルルシルは静かに息を整え、二人へ歩み寄る。


「カイン殿下」


 二人が同時に振り返った。


「ルルシル……」


 カインの表情が曇る。


「お兄様がお探しです」


「本日の王族実務研修が、まだ終わっておりません」


「提出書類も残っているそうです」


 その言葉を聞いた途端、カインは眉をひそめた。


「……そんなことで来たのか」


「殿下?」


「人がせっかく静かに過ごしていたのに」


「邪魔をするな」


 エミリーが慌ててカインを見る。


「カイン様……」


 その時。


 ルルシルの肩へ、小さな風の精霊がふわりと降り立った。


 髪の中からは別の精霊が顔を覗かせる。


 カインの視線が、その精霊たちへ向く。


 表情が一変した。


「……またか」


 低い声だった。


「また、お前のところへ集まる」


 ルルシルは驚いたように精霊たちを見る。


「違います。彼らは――」


「違わない!」


 カインの声が響く。その瞬間、ルルシルの周囲にいた精霊たちはびくりと震え、光を散らすように一斉に飛び去った。小鳥の姿の精霊は慌てて羽ばたき、花の妖精たちは怯えたように空へと逃げていく。


「なんでお前ばかりなんだ!」


「精霊も!」


「魔法も!」


「みんな、お前ばかり認める!」


 バラ園へ静寂が落ちる。


 エミリーは戸惑いながら、ルルシルへ頭を下げた。


「ルルシル様……ご、ごめんなさい」


「カイン様は、その……」


「謝る必要はない」


 カインが遮る。


「悪いのは君じゃない」


 エミリーは驚いたようにカインを見つめる。


 ルルシルは静かに首を横へ振った。


「エミリー様も謝らないでください」


「私は、お二人を責めに来たわけではありません」


 その穏やかな声に、カインはさらに苛立ったようだった。


「……またそうだ」


「何も怒らない」


「何も責めない」


「そんな顔をされる方が腹が立つ」


 ルルシルは静かに答える。


「私は、お兄様のお手伝いをしただけです」


「お兄様がお困りでしたから」


 その言葉に、カインは目を伏せた。


 しばらくの沈黙の後、小さく舌打ちをする。


「……分かった」


「行けばいいんだろ」


 エミリーは気まずそうに視線を泳がせ、どうしていいか分からない様子でオロオロと二人を見比べた。


「私は先に失礼します」


「また明日」


 そう言うと、逃げるようにくるりと背を向け、小走りでその場を離れていった。


 残されたのは、ルルシルとカインだけだった。


 夕風が静かに吹き抜ける。


 バラの花びらが、二人の間をゆっくりと舞った。


「……なあ」


 カインがぽつりと口を開く。


「はい」


「お前は……」


 言葉を探すように視線を逸らす。


「俺のこと、どう思ってる」


 ルルシルは少し驚いたように目を瞬かせた。


「殿下は、大切なお方です」


 カインは黙ったまま続きを待つ。


「幼い頃から、お支えしたいと思ってきた方です」


 その答えに、カインはどこか納得できないような表情を浮かべた。


「……じゃあ」


「エミリーは?」


「エミリーさんは、とても素敵な方です」


「明るくて、愛らしくて」


「殿下のお力になれる方だと思います」


 違う。


 聞きたかったのは、そんな答えではない。


 カインは拳を強く握りしめる。


「……もういい」


「殿下!」


 呼び止める声にも振り返らず、カインは駆け出した。


 夕焼けの中へ、その背中はあっという間に消えていく。


 ルルシルはただ、その背中を静かに見送ることしかできなかった。


 ほどなくして、反対側からクレイスが歩いてくる。


「ルルシル」


「見つかったか」


「……はい」


 ルルシルは小さく頷く。


「ですが、また逃げられてしまいました」


 クレイスは苦笑しながら額へ手を当てた。


「全く……」


「本当に困った方だ」


 ルルシルは申し訳なさそうに俯く。


「ごめんなさい……」


「ルルシル」


 クレイスは優しく首を横に振る。


「お前が謝ることじゃない」


 その言葉に、ルルシルは静かに頷いた。


 夕日はゆっくりと地平線へ沈み、学園は静かな夜を迎えようとしていた。

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