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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第一章 花起こし

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第四話 精霊の森を守る者

 

 夕暮れの光が差し込む中、ヴェリテ公爵家の馬車は静かに門をくぐった。


 広大な敷地の奥に佇む白い屋敷。


 その背後には、深い緑に包まれた森が広がっている。


 フィオレイン王国に存在する聖域。


 精霊の森。


 その森を代々守護してきた一族こそ、ヴェリテ公爵家だった。


 人と精霊。


 本来なら交わることの少ない二つの存在。


 その間に立ち、共存の道を守り続ける。


 それが、この家に生まれた者の役目だった。


「お帰りなさいませ、お嬢様。クレイス様」


 屋敷の前では、使用人たちが二人を出迎える。


 その中に、柔らかな笑みを浮かべたサラの姿があった。


「サラ、ただいま」


 ルルシルが馬車を降りるなり、ほっとしたように表情を和らげる。


「お帰りなさいませ。学園はいかがでしたか?」


「とても充実してたいたわ」


 サラは安心したように頷き、次にクレイスへ向き直る。


「坊ちゃんも、お疲れさまでございました」


「あぁ、ただいま」


 短く返すクレイスに、サラは慣れた様子で微笑んだ。


 学園では公爵令嬢と生徒会書記。


 けれど、この屋敷に戻れば二人はただの兄妹だった。


 ◇◇◇


 屋敷に入ると、別の使用人たちが二人をそれぞれの部屋へ案内する。


「お着替えのご用意は整えております。お疲れでしょうから、少しお休みになってから夕食にいらしてください」


「ありがとう、サラ」


 ルルシルはそう言って、自室へと向かった。


 部屋に入ると、窓の外には夕暮れに染まる庭園が広がっている。


 学園で過ごした一日が、少しずつ遠ざかっていくようだった。


 ほどなくして、扉が控えめにノックされる。


「ルルシルお嬢様、失礼いたします」


「どうぞ」


 入ってきたのはサラだった。


 手には、淡い色合いの室内着と、髪を整えるための櫛やリボンが載った盆がある。


「お疲れのところ申し訳ありません。夕食まで少しお時間がありますので、先にお着替えを」


「ありがとう」


 ルルシルは微笑み、制服の上着を脱ぐ。


 サラは手際よく手伝いながら、皺にならないよう丁寧に整えていく。


「学園では、やはり気を張っていらっしゃったのでしょう?」


「少しだけ」


「ふふ。お嬢様は真面目でいらっしゃいますから」


 着替えを終えると、ルルシルは鏡の前に座った。


 サラは背後に回り、長い髪をやさしく梳いていく。


 さらり、と絹のような髪が指の間を流れる。


「今日は少し風がありましたね。少しだけ結い直しましょうか」


「お願い」


 サラは慣れた手つきで髪をまとめ、淡い色のリボンを結ぶ。


 きちんと整えられた髪型は、ルルシルの柔らかな雰囲気をいっそう引き立てていた。


「よくお似合いです」


「ありがとう」


 鏡に映る自分を見つめながら、ルルシルは小さく息をつく。


 学園では気を張ることも多いが、こうして屋敷に戻ると、自然と呼吸が深くなるのを感じた。


 ◇◇◇


 夕食の席には、すでに父が着いていた。


 長いテーブル。


 静かな食事の時間。


 向かいには、ヴェリテ公爵家当主。


 オルフェウス・ヴァン・ヴェリテ。


 銀髪の混じった髪と、鋭くも穏やかな青い瞳。


 厳格な公爵でありながら、家族を大切にする父だった。


「学園はどうだ、ルルシル」


「問題ありません、お父様」


 ルルシルは姿勢を正して答える。


「新しい環境ではありますが、楽しく過ごしております」


 オルフェウスは娘の様子を静かに見つめた。


「そうか」


 短い言葉。


 けれど、その声には安堵が混じっていた。


「クレイス」


「はい、閣下」


「生徒会はどうだ」


「問題ありません。学園行事の準備も予定通り進んでおります」


 クレイスは淡々と答える。


 その姿は、まだ十八歳の学生とは思えないほど落ち着いていた。


 しばらく食事が続いた後。


 ルルシルがふと尋ねる。


「お母様は……」


 オルフェウスは少しだけ表情を和らげた。


「今日も体調が優れないようだ。自室で食事を取っている」


「そうですか……」


 ルルシルは少し寂しそうに目を伏せる。


 母エリザは、優しく穏やかな人だった。


 しかし身体が弱く、長時間人と過ごすことが難しい日も多い。


「後で顔を見に行ってもよろしいですか?」


「ああ。喜ぶだろう」


 オルフェウスは頷いた。


 ◇◇◇


 食事が終わる頃。


 オルフェウスは二人を呼び止めた。


「クレイス」


「はい、閣下」


「今日も森へ行くのだろう?」


「はい。ルルシルと共に見回りをする予定です」


 オルフェウスは満足そうに頷いた。


「ならば、北側を確認してきなさい」


 ルルシルが顔を上げる。


「北側、ですか?」


「ああ」


 オルフェウスは静かに続けた。


「ここ数日、精霊たちの動きに少し変化がある」


「何か問題が?」


 クレイスが尋ねる。


「まだ大きな異変ではない」


 オルフェウスは首を横に振る。


「だが、精霊の森に起きる小さな変化を見逃すわけにはいかない」


 ヴェリテ公爵家の役目。


 それは、森を守ること。


 精霊たちの声を聞き、異変をいち早く察すること。


 ルルシルは静かに頷いた。


「分かりました、お父様」


「頼んだぞ」


 ◇◇◇


 夕食後。


 屋敷の外へ出ると、夜の空気が広がっていた。


 月明かりに照らされた庭園。


 その先には、精霊の森が静かに佇んでいる。


「アルディオン」


 クレイスが呼ぶ。


 風が集まり、白銀の光が舞った。


 現れたのは、一頭の大きな馬。


 銀色の鬣。


 青灰色の瞳。


 その姿は美しく、神秘的だった。


 風馬の高位精霊。


 アルディオン。


 クレイスの契約精霊。


 アルディオンはクレイスの隣へ寄ると、次にルルシルへ視線を向ける。


「こんばんは、アルディオン」


 ルルシルが微笑む。


 アルディオンは小さく鼻を鳴らし、彼女へ頭を寄せた。


 まるで昔から知る相手へ挨拶するように。


 クレイスはその様子を見て、少しだけ笑う。


「相変わらずだな」


「アルディオンは優しいですから」


 ルルシルは白銀の鬣にそっと触れる。


 すると、アルディオンは静かに身をかがめた。


 クレイスが先にその背へと手をかけ、軽やかに跨る。


 続いてルルシルも、クレイスの手を借りながらアルディオンの背に乗った。


 大きな体躯は二人を乗せても揺るがず、風を纏うように安定している。


「しっかり掴まっていろ」


「はい」


 クレイスの言葉に、ルルシルは素直に頷いた。


 アルディオンがひと声、低く鳴く。


 次の瞬間、白銀の風が足元を包み込んだ。


 庭園の石畳を蹴ることなく、アルディオンは滑るように駆け出す。


 夜気を裂き、木々の間を抜け、森へと向かっていく。


 風が頬を撫で、月明かりが流れていく。


 ルルシルは思わず息を呑んだ。


 何度乗っても、アルディオンの背は不思議なほど心地よい。


 風そのものに抱かれているような感覚だった。


「すごいです……」


「怖くないか?」


 前にいるクレイスが振り返らずに尋ねる。


「はい、大丈夫です」


 ルルシルは笑みを浮かべた。


 アルディオンはその声を聞いたのか、さらに速度を上げることなく、二人を気遣うように穏やかな歩調で森の奥へ進んでいく。


 やがて、木々の間から淡い光がいくつも浮かび上がった。


 精霊たちが帰りを待っていたように集まってくる。


 枝の上から、草むらの陰から、風の流れに乗って。


 小さな光の粒が、二人と一体の精霊を迎え入れる。


「行こう、ルルシル」


「はい、お兄様」


 アルディオンの背に乗ったまま、二人は精霊の森の奥へと進んでいく。


 精霊の森の夜は、人の世界とは違う。


 木々が囁き。


 風が歌い。


 無数の命が息づいている。


 その奥で。


 何かが静かに揺らいでいた。


 精霊の森、北側。


 普段、この場所は静かな空気に包まれている。


 木々の葉が風に揺れる音。


 遠くで聞こえる水の流れる音。


 夜の森は穏やかな眠りについているはずだった。


 しかし、今夜だけは違った。


 小さな精霊たちが、森の中を忙しなく飛び回っている。


 淡い光がいくつも舞い、まるで星が地上に降りてきたかのようだった。


「こんなに精霊が集まるなんて……」


 クレイスが周囲を見渡す。


 契約精霊を持つ彼でさえ、これほど多くの精霊が一ヶ所に集まる光景を見るのは珍しかった。


 アルディオンも静かに周囲を見つめている。


 いつも誇り高く、何事にも動じない風馬の高位精霊。


 そのアルディオンでさえ、どこか穏やかな表情を浮かべていた。


「何かを守っているようですね」


 ルルシルが小さく呟く。


 精霊たちの声は、重なり合って聞こえていた。


 けれど、その声に不安はない。


 むしろ喜びに満ちている。


『もうすぐ』


『生まれるよ』


『新しい風が来る』


 ルルシルは目を細める。


「新しい命……」


 その言葉に、クレイスは頷いた。


「どうやら、父上が感じ取った変化はこれのようだな」


「はい」


 ルルシルは静かに歩みを進める。


 精霊たちは彼女が近づいても逃げることはなかった。


 むしろ道を開けるように、左右へと移動していく。


 その中心にあったもの。


 それは、一つの卵だった。


 白銀の殻に包まれた、小さな卵。


 表面には風が流れるような美しい模様が浮かび、淡い光が揺らめいている。


 周囲には草花が芽吹き、柔らかな風が卵を包んでいた。


「これは……」


 クレイスが息を呑む。


「風渡り鳥の卵ですね」


 ルルシルが答える。


 精霊学で知識として知っている存在。


 季節の変化を感じ取り、広い空を渡る鳥の精霊。


 けれど、その誕生に立ち会うことは滅多にない。


「珍しいな」


 クレイスが呟く。


「風渡り鳥は決まった場所で生まれるわけではないはずだ」


「この森を選んでくれたのですね」


 ルルシルは卵を見つめる。


 そこにあるのは、責任や役目ではない。


 ただ純粋な喜びだった。


「綺麗……」


 小さな声が漏れる。


 クレイスはそんな妹を見て、わずかに目を細めた。


 普段のルルシルは、公爵令嬢として。


 精霊姫と呼ばれる存在として。


 常に周囲を気遣い、自分のことを後回しにする。


 けれど今だけは違った。


 目の前の小さな命を前にして、一人の少女の顔をしていた。


 その時。


 卵から小さな光が溢れた。


 周囲の精霊たちが一斉にざわめく。


『来る』


『生まれる』


 風が強くなる。


 木々が優しく揺れる。


 まるで森そのものが、新しい命を迎えているようだった。


 白銀の殻に、細かな亀裂が走る。


 ルルシルは静かに見守った。


 手を伸ばすことはしない。


 精霊の誕生は、誰かが手を加えるものではない。


 ただ、見届けるもの。


 それを彼女は知っていた。


 やがて――


 小さな羽が、殻の隙間から姿を見せた。


 新しい風が、精霊の森に吹き抜ける。


 長い眠りから目覚めるように。


 新しい命が、この世界へと生まれようとしていた。


 白銀の卵に入った亀裂は、少しずつ大きくなっていく。


 周囲に集まった精霊たちは、声を潜めるように静かに見守っていた。


 いつもなら自由に飛び回る小さな精霊たちも、今だけはその場を離れない。


 それほどまでに、新しい命の誕生は特別なものだった。


 ぱきり、と小さな音が響いた。


 殻が割れる。


 淡い風が周囲を包み込み、白銀の羽を持つ小さな鳥が姿を現した。


 まだ幼い姿。


 小さな身体。


 けれど、その瞳には確かな命の輝きが宿っていた。


 その瞬間、近くの木々に止まっていた風渡り鳥たちが一斉に羽ばたいた。


 枝から枝へと身を翻し、次々と夜空へ舞い上がる。


 まるで生まれたばかりの命を迎えるために呼ばれたかのように、白銀の群れは月明かりの下で輪を描いた。


 高く、低く、幾重にも空を旋回しながら、風渡り鳥たちは小さく鳴く。


 その声は喜びだけではなかった。


 涙をこらえきれないような、震える鳴き声だった。


 新しい命の誕生を祝うように。


 そして、長く待ち続けた仲間を迎えるように。


 風渡り鳥たちは鳴きながら空を巡り、森の上に白い軌跡を残していく。


『生まれた』


『風の子だ』


 精霊たちが嬉しそうに声を上げる。


 風渡り鳥の幼体は、ゆっくりと周囲を見渡した。


 初めて見る世界。


 初めて感じる風。


 初めて聞く、多くの精霊たちの声。


 そして――


 ルルシルの姿を見つける。


 小さな風渡り鳥は、ふわりと羽を動かした。


 まだ上手く飛べない身体で、ルルシルの方へ近づこうとする。


「大丈夫ですか?」


 ルルシルがそっと手を差し出す。


 すると、小さな鳥はその手のひらへと乗った。


 温かな風が、指先を包む。


「……可愛らしいですね」


 ルルシルは微笑んだ。


 その表情は、学園で見せるものとは違っていた。


 肩書きも。


 役目も。


 何もない。


 ただ、生まれたばかりの命を喜ぶ少女の顔だった。


 その柔らかな笑みを見て、クレイスはふと目を細める。


 幼いころ、何かに夢中になっている時のルルシルは、こんなふうに表情がほぐれていた。


 今は立場も責任も増えて、あまり見られなくなったその顔。


 けれど、こうして精霊の前にいる時だけは、昔のままの無邪気さが少しだけ戻ってくる。


 それが、クレイスには少し嬉しかった。


「名前はまだないのですね」


 ルルシルが問いかける。


 もちろん、返事はない。


 生まれたばかりの精霊には、まだ自分の意思を伝えるほどの力はない。


 けれど、小さな風渡り鳥は嬉しそうに羽を揺らした。


「……この子も、いつか広い空を飛ぶのでしょうね」


 クレイスは妹の横顔を見る。


「ああ」


 短く答える。


「きっと、この森の風を覚えて」


 クレイスは静かに続けた。


「遠くの場所へ向かうんだろうな」


 ルルシルは小さく頷いた。


「素敵ですね」


 しばらくして。


 風渡り鳥の幼体は、親となる精霊たちのもとへ戻っていった。


 まだ小さな翼。


 けれど、その羽ばたきには確かな未来があった。


 周囲の精霊たちは満足したように少しずつ散っていく。


 森には再び静かな夜が戻ってきた。


「帰ろう、ルシー」


 クレイスが声をかける。


「はい、お兄様」


 ルルシルは頷く。


 歩き出した二人の後ろで、アルディオンが静かについてくる。


 その時。


 風渡り鳥の幼体が一度だけ、小さく鳴いた。


 まるで別れの挨拶をするように。


 ルルシルは振り返り、優しく微笑む。


「また会いましょうね」


 ◇◇◇


 屋敷へ戻る道。


 月明かりの下、森は穏やかな眠りについていた。


「ルルシル」


「はい、お兄様」


「無理はするなよ」


 突然の言葉に、ルルシルは目を瞬く。


「私は大丈夫です」


 いつものように答える。


 けれど、クレイスは首を横に振った。


「お前はいつもそう言う」


「……」


「精霊のことも、家のことも、周りのことも」


 クレイスは妹を見る。


「全部、自分一人で背負おうとする」


 ルルシルは何も言わなかった。


 否定できなかったから。


「俺がいる」


 クレイスは穏やかに続ける。


「だから、少しは頼ってくれ」


 ルルシルはしばらく黙っていた。


 そして、小さく微笑む。


「……ありがとうございます、お兄様」


 夜の森を、優しい風が通り抜ける。


 その風はまるで、新しい命の誕生を祝福するようだった。


 精霊の森。


 そこでは今日も、数え切れない命が静かに息づいている。


 そして、その森を守る少女もまた。


 少しずつ、自分自身の未来へ向かって歩き始めていた。



 屋敷へ戻ると、まだ明かりの灯る執務室があった。


 ルルシルとクレイスは顔を見合わせる。


「お父様に報告しておきましょう」


「ああ」


 二人は静かに扉を叩いた。


「入れ」


 中から聞こえた声に、クレイスが扉を開ける。


「閣下」


「戻ったか」


 机に向かっていたオルフェウスは、二人を見ると手を止めた。


「北側の様子はどうだった」


 クレイスが一歩前へ出る。


「問題はありませんでした」


「ただ――」


 続けてルルシルが口を開く。


「新しい精霊が生まれていました」


 オルフェウスの表情がわずかに変わる。


「……そうか」


 驚きよりも、安堵。


 そして喜びが滲んでいた。


「どのような精霊だった?」


「風渡り鳥です」


 クレイスが答える。


「卵の状態で、多くの精霊たちが集まっていました」


「森全体が祝福しているようでした」


 ルルシルが静かに付け加える。


 オルフェウスは目を伏せ、穏やかに微笑んだ。


「新しい命か……」


 窓の外へ視線を向ける。


 その先には、暗闇の中に広がる精霊の森があった。


「精霊の誕生は、我々にとって何より喜ばしいことだ」


「はい」


 ルルシルは頷く。


「ですが、同時に守る責任もあります」


 その言葉に、オルフェウスは娘を見る。


 幼い頃から、何度も精霊たちの声を聞いてきた少女。


 多すぎる声に苦しみながらも、それでも精霊を嫌うことはなかった。


「……お前は本当に優しい子だな」


 オルフェウスが呟く。


 ルルシルは少し困ったように微笑んだ。


「精霊たちは、ただ生きているだけですから」


「守られるべき存在なのは、人間も精霊も同じです」


 オルフェウスは静かに頷く。


「その考えを忘れるな」


「そして、背負いすぎるな」


 その言葉に、ルルシルは少しだけ目を伏せた。


 クレイスが隣で小さく笑う。


「閣下、私も同じことを先ほど伝えました」


「そうか」


 オルフェウスは苦笑した。


「ならば、お前たち兄妹は似た者同士なのだろうな」


「……そうでしょうか」


 ルルシルが首を傾げる。


「そうだ」


 父の言葉に、クレイスも静かに笑った。


 ◇◇◇


 その夜。


 ルルシルは自室の窓辺に立ち、遠くに見える精霊の森を眺めていた。


 森から吹く風は、どこか優しく感じられる。


 今日生まれた小さな命も。


 長い時を生きる精霊たちも。


 この森で、確かに生きている。


「おやすみなさい」


 誰に言うでもなく、ルルシルは小さく呟いた。


 窓の外で、淡い光が一つ揺れる。


 まるで森からの返事のように。


 精霊の森の夜は、静かに更けていった。

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