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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第三章 木枯らし

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第三十九話 野外合宿一日目【後編】

 ルルシルとナイルは顔を見合わせた。


 ナイルはまだガルシアに担がれたままだった。


「……あの」


 ナイルが申し訳なさそうに口を開く。


「僕たち、第一拠点から出ていないと思うんですけど……」


「そうだねぇ」


 ガルシアは周囲を見渡しながら、のんびりと答えた。


「ここは第一拠点の中だよ。テントを張ってる場所も、その一角にすぎない」


 先ほどまで蜘蛛の精霊たちがいた木々へ目を向ける。


「だから、ちょっと困ったことになったね」


「困ったこと、ですか?」


「そうそう。本来なら、この辺りはかなり安全なんだ」


 ガルシアは木々を眺めながら、軽く肩をすくめる。


「あの蜘蛛たちも、最初からあんな姿だったわけじゃないはずなんだけどなぁ」


『私が気づいた時には、もう苦しそうにしていたわ』


 メルゼルカが静かに言った。


「そうでしたか。ありがとうございます、メルゼルカ」


 ガルシアはメルゼルカへ丁寧に頭を下げる。


『それにしても、ガルシア』


 メルゼルカが真っ直ぐ彼を見る。


 地面にいたメルゼルカの身体が、ゆっくりと大きくなっていく。


 小さな岩蛇だった身体が徐々に伸び、胴も太くなっていく。


 やがてガルシアの背丈ほどまで大きくなると、メルゼルカはゆっくりと頭をもたげた。


『ルルシルに一人でできるかと聞いたのはいいけれど、あとは任せきりだったでしょう?』


「まあ……そうなりますねぇ」


 ガルシアは少し困ったように笑う。


『あれだけの数だったのですもの。あなたもちゃんと手を貸すべきだったでしょう?』


「おっしゃる通りでございます」


 ガルシアは素直に頭を下げる。


『まったく。ルルシルが優しいからって、甘えてはいけませんよ』


「はいはい。以後、気をつけます」


『はいはいではありません』


「……これは失礼しました」


 ガルシアは苦笑しながら、もう一度メルゼルカへ頭を下げた。


「それで……」


 ガルシアは再びルルシルたちへ視線を戻す。


「どうやら、あの子たちに穢れがついたみたいだね」


 口調はいつものように軽い。


 けれど、その瞳だけは真剣だった。


「この辺りで穢れが発生するようなことは、俺が知る限りなかったんだけどなぁ」


「では、何か原因があるのでしょうか?」


「さあ。俺にもまだ分からない」


 ガルシアは困ったように笑う。


「まあ、分からないものを考え続けても仕方ない。まずは先生たちに知らせるのが先かな」


 そしてルルシルを見る。


「それにしても、ヴェリテ公爵令嬢がいてくれて助かったよ」


「私一人の力ではありません。精霊も力を貸してくれました」


 ルルシルの髪の中から花の精霊が顔を覗かせる。


『私も頑張ったよ!』


「もちろん。君もよく頑張ったね」


 ガルシアは優しく微笑む。


「おかげでみんな助かったよ」


 花の精霊は嬉しそうに微笑み、再びルルシルの髪の中へ隠れた。


「さて、と」


 ガルシアは軽く伸びをする。


「今日はもう森へ入らない方がいいね。野草探しはまた今度にしよう」


「分かりました」


「俺から先生たちには話しておくよ。結界に問題がないかも確認してもらった方がよさそうだし」


 そう言って、ガルシアはナイルを地面へ下ろした。


「ほら。もう歩ける?」


「は、はい」


 ナイルはふらつきながらも、自分の足で立ち上がる。


「よかった。俺がずっと担いで帰る羽目になるところだったよ」


「すみません……」


「まぁ、こういう時に他家に恩を売るのもありだよな」


 ガルシアは笑った。


「僕は次男ですから、あまり役には……」


 ナイルが真面目な顔で答える。


 ガルシアはナイルの肩を軽く叩いた。


「冗談だよ」


「……ですよね」


 ナイルは少し困ったように笑った。


 三人は第一拠点へ向かって歩き始める。


 その途中、ルルシルは一度だけ振り返った。


 そこには、先ほどまで蜘蛛の精霊たちがいた森が広がっている。


 風に揺れる木々。


 差し込む陽の光。


 見た目には、何も変わったところはない。


 それなのに――。


 森の奥から、誰かに見られているような感覚がした。


 ルルシルは足を止める。


「どうした?」


 ガルシアが振り返った。


「いいえ」


 ルルシルは静かに首を振る。


「なんでもありません」


 そう答え、二人の後を追った。


 けれど、その胸には小さな違和感が残っていた。


 ◇◇◇


 第一拠点へ戻ると、テントの前には何人かの教師が集まっていた。


 三人の姿を見つけるなり、ドミニクが駆け寄ってくる。


「お前たち、大丈夫だったか?」


「はい。怪我はありません」


 ルルシルが答える。


 すると、ガルシアが軽く手を上げた。


「先生。少し説明した方がよさそうですね」


「何があった?」


「この先で蜘蛛の精霊が穢れに侵されて、魔物化しかけていたんです」


 ドミニクの表情が険しくなる。


「何だと?」


「幸い、ヴェリテ公爵令嬢が浄化してくれました。俺が来た時には、ほとんど片付いていましたけど」


 ガルシアは淡々と説明する。


「ただ、ここは第一拠点の中でしょう? 少し気になることがありますね」


「……分かった。詳しい話は後で聞こう」


 ドミニクが頷いた、その時だった。


「ルルシル!」


 聞き慣れた声が響いた。


 振り向くと、イザベルがこちらへ歩いてくる。


「大丈夫ですの?」


 イザベルはルルシルの姿を確認すると、ほっとしたように胸へ手を当てた。


「授業のために生徒が集まったでしょう? その時にルルシルがいないと聞いて、どうしたのかと思いましたの」


 そして、ガルシアとナイルへ視線を移す。


「……あなたたちでしたのね」


「はい」


 ルルシルが微笑む。


「イザベル、私を探してくれたの?」


「べ、別に探していたわけではありませんわ!」


 イザベルが少しだけ頬を赤くする。


「ただ、授業が始まるというのに姿が見えなかったから、少し気になっただけですもの」


「ふふ。ありがとう」


「だから、お礼を言われるようなことではありませんわ!」


 イザベルはぷいっと顔を背けた。


「……無事なら、それでいいですわ」


 そこへ、キリカ、カイン、エミリーもやってくる。


「ルルシルさん」


 キリカが少し眉を寄せる。


「森へ行くなら、ちゃんと一声かけてよ」


「え?」


「私たち、同じ班でしょう?」


 キリカは当然のことのように言う。


「勝手に行かれたら、残った班員はどうしたらいいの?」


「……そうですね」


 ルルシルが少し考える。


「申し訳ありません。ナイルさんと二人で決めてしまいました」


「そういうところよ」


 キリカが小さくため息をつく。


「ルルシルさんは真面目で、何でも自分で考えてしまうんですもの」


 その会話を聞いていたイザベルが、ふと班のメンバーを見渡した。


 カインは不機嫌そう。


 エミリーはカインの隣。


 キリカは真面目な顔でこちらを見ている。


 ナイルは申し訳なさそうに立っている。


 そしてルルシルは、いつものように困った顔をしている。


「……ああ」


 イザベルは小さく呟いた。


「なるほど。こんな班では、言い出しにくいのも分かりますわね」


「え?」


 ルルシルが首を傾げる。


「何でもありませんわ」


 イザベルは呆れたように息を吐いた。


 その隣では、カインがルルシルたちを見ていた。


「それで、お前たちは何してたんだ?」


「森へ昼食の材料を探しに――」


「二人で?」


 カインの視線がナイルへ向く。


「はい。僕が野草に詳しいので――」


「だったら、なおさらだ」


 カインが言葉を遮った。


「昼食なんて携帯食で十分だっただろ。わざわざ森まで行く必要があったのか?」


 ナイルが言葉を失う。


 カインは今度はルルシルを見る。


「それに、お前もだ」


「私、ですか?」


「なんでこいつと二人で行くんだ?」


 責めるような口調だった。


「野草なんて今すぐ必要なものでもないだろ。それで問題まで起こして……」


「カイン様」


 エミリーが戸惑ったように声を掛ける。


 けれど、カインは止まらない。


「自分が誰なのか、もう少し考えて行動しろよ」


 ルルシルの表情から、わずかに笑みが消える。


「ヴェリテ公爵家の令嬢なんだぞ。何かあったら、ただの怪我じゃ済まない。自分だけの問題じゃないんだからな」


「……はい」


 ルルシルは静かに頷いた。


「おっしゃる通りです」


 ナイルが慌てて口を挟む。


「すみません! 僕が誘ったんです。ルルシル様は悪くありません!」


「そういうことじゃない!」


 カインが苛立ったように言う。


「お前だって、同じ班の人間を危険な目に遭わせたらどうなるかくらい考えろ!」


「申し訳ありません……」


 ナイルが深く頭を下げる。


「もういいでしょう」


 ルルシルが静かに言った。


 カインが口を閉じる。


「私も軽率でした。キリカさんにも言われましたし、次からは班のみなさんにきちんと伝えるようにします」


 その声は穏やかだった。


 けれど、いつもの柔らかな笑みはなかった。


 イザベルがそれに気づき、カインをじろりと見る。


「……殿下」


 静かな声だった。


「少々、言い過ぎではありませんこと?」


「……」


 カインは何も言わない。


 キリカも呆れたように息を吐く。


「私が言いたかったのは、ちゃんと班員に声をかけてってことだけなんだけど」


「……分かってる」


 カインが小さく答える。


 エミリーは心配そうにルルシルを見る。


「ルルシル様……」


「大丈夫ですよ」


 ルルシルは微笑み直した。


「ご心配なく」


 その様子を見ていたイザベルは、何とも言えない顔で息を吐いた。


「まったく……」


 ドミニクが場の空気を切り替えるように咳払いをする。


「まあ、とにかく」


 ドミニクが全員を見渡す。


「全員無事でよかった」


「詳しい話は授業が終わってから聞かせてもらう。今は授業を優先するぞ」


「はい」


 ルルシルたちが頷く。


「ガルシア、お前も後で詳しく話してくれ」


「はーい」


 ガルシアは手をひらひらと振った。


「では、全員集合場所へ戻れ」


 教師の声に、生徒たちがそれぞれ動き始める。


 ルルシルたちも、その後に続いて歩き出した。


 先ほどまでの森での出来事が嘘のように、第一拠点には再び生徒たちの声が戻っていた。


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