↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第二章 初嵐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/67

第二十九話 終わりを告げる角笛

 


 秋の陽はゆっくりと西へ傾き始めていた。


 色づいた木々の間を吹き抜ける風は、朝よりも少し冷たくなり、森の中へ静かな秋の香りを運んでいく。


 狩猟大会も終盤。


 森のあちこちでは、生徒たちが最後の獲物を求めて馬を走らせていた。


 教師たちも持ち場を巡回しながら、生徒たちの安全確認と獲物の記録を続けている。


 その時だった。


 ――ゴーン……。


 森中へ重く澄んだ鐘の音が響く。


 続けて二度、三度と鐘が鳴り渡った。


 教師たちは顔を上げ、一斉に声を張る。


「終了まで残り三十分!」


「深追いは禁物だ!」


「帰路も考えて行動するように!」


 その声は森の奥深くまで響き渡り、生徒たちの表情が一斉に引き締まった。


「あと三十分か……」


「思ったより早いな」


「白虎なんて見つからなかったぞ」


 ざわめきが木々の間へ広がっていく。


 ◇◇◇


 鐘の音を聞いたカインは、馬の手綱を強く握り締めた。


「もう時間が……」


 焦りが胸を締め付ける。


 鹿も、狐も、雉も。


 十分すぎるほど仕留めた。


 それでも。


「違う……」


 欲しいのは、そんな成果ではない。


 エミリーと交わした約束。


 必ず優勝し、クイーンに選ぶ。


 そのためには、誰も成し遂げていないことを成し遂げなければならない。


 白虎。


 その一頭だけが見つからない。


 その時、見張りの教師が馬を寄せた。


「カイン殿下!」


「残り時間はわずかです!」


「そろそろ集合地点へ向かう準備をしてください!」


 しかしカインは首を横に振る。


「まだだ」


「殿下!」


「まだ終わっていない!」


 言い終えるより早く、馬腹を蹴る。


 白いマントを翻しながら、さらに森の奥へと駆け出した。


 教師はその背中を見送り、小さく息を吐く。


「……まったく」


「本当に諦めないお方だ」


 ◇◇◇


 一方、その頃。


 森の別の場所では、教師へ獲物を引き渡す生徒たちの姿があった。


「俺はもう戻ります」


「十分狩れました」


 教師は記録へ目を落とし、頷く。


「賢明な判断だ」


「帰りも気を抜くな」


「はい!」


 疲れたように笑い合いながら、生徒たちは森の出口へ向かっていく。


「白虎なんて、本当にいたのかな」


「いたとしても会いたくないよ」


「命あっての狩猟大会だしな」


 誰もが半ば諦めたように笑っていた。


 ◇◇◇


 森の小道で、クレイスは馬を止めた。


 向こうから歩いてきたメリンダが気付いて笑顔を見せる。


「あれ、クレイス」


「そっちも戻るところ?」


「ああ」


 二人が言葉を交わしていると、その後ろからガルシアも馬を進めてきた。


「おや、集合ですか」


 軽く肩をすくめながら笑う。


「偶然だね」


 メリンダも笑い返した。


「今年は王妃殿下も思い切ったことをしたね」


「白虎なんて」


 ガルシアは苦笑する。


「熊でも十分大物なのに、あれ以上を用意するとは」


「来年は竜でも出てくるんじゃないか?」


 メリンダが吹き出した。


「それは流石に困るよ」


 クレイスも小さく笑う。


「まだ終了ではない」


「誰かが見つける可能性は残っている」


 その一言に、二人も静かに頷いた。


「そうだね」


「最後まで分からないか」


 秋風が三人の間を吹き抜けていった。


 ◇◇◇


 森のさらに奥。


 アルクスレイブンは静かに馬を歩かせていた。


 慌てる様子はない。


 穏やかな表情のまま、木漏れ日の差す森をゆっくりと進む。


 その肩には、落ち葉が一枚乗っていた。


 狩猟服にもところどころ土埃が付いている。


 しかし本人は気にも留めない。


 やがて教師とすれ違う。


「ゼイン君」


「時間だ。集合地点へ戻ってくれ」


「はい」


 短く返事をすると、アルクスレイブンは静かに馬首を返した。


 その横顔からは、何を考えているのか誰にも読み取ることはできなかった。


 ◇◇◇


 森を吹き抜ける風が、少しずつ冷たさを増していく。


 西へ傾いた陽が木々の隙間から差し込み、長く伸びた影が森を包み始めていた。


 その時だった。


 ――ゴォォォォォ……。


 低く長い角笛の音が、森全体へ響き渡る。


 狩猟大会終了を告げる合図だった。


 教師たちは一斉に声を張り上げる。


「狩猟大会終了!」


「これ以上の狩猟は禁止!」


「全員、速やかに集合地点へ戻りなさい!」


 森のあちこちで馬首が返され、生徒たちは名残惜しそうに帰路へついた。


 ◇◇◇


 カインは角笛を聞いてもなお、森の奥を睨みつけていた。


「……くそっ」


 白虎だけが見つからない。


 鹿も、野兎も、狐も。


 十分すぎるほど仕留めた。


 それでも胸は満たされなかった。


 エミリーとの約束。


 優勝して、彼女をクイーンに選ぶ。


 そのためには、白虎を仕留めるしかないと思っていた。


 教師が馬を寄せる。


「カイン殿下」


「終了です。お戻りください」


 カインは悔しそうに歯を食いしばる。


「……分かってる」


 短く答えると、手綱を引いた。


 白いマントが秋風を受けて揺れる。


 そのまま無言で集合地点へ向かった。


 ◇◇◇


 集合地点では、戻ってきた生徒たちが次々と獲物を引き渡していた。


「鹿二頭です!」


「こちらは雉一羽!」


「狐一匹!」


 教師たちは忙しく記録を書き留める。


「次はこちら!」


「怪我はないか?」


「ありません!」


 緊張から解放された生徒たちの表情には、安堵の色が浮かんでいた。


 やがて、カインも広場へと姿を現す。


 周囲の視線が自然と集まった。


「カイン殿下だ……」


「どれだけ仕留めてきたんだ?」


 カインは無言のまま馬を降りると、従者に合図を送る。


 荷台から次々と獲物が降ろされた。


 鹿、狐、野兎――。


 その数は明らかに他の生徒よりも多い。


 教師の一人が目を見開く。


「これは……見事な成果ですな」


 別の教師が記録を取りながら頷いた。


「さすがカイン殿下」


 しかしカインは、その言葉にも反応を示さない。


「……以上だ」


 短く告げると、背を向けた。


 その表情には、満足の色はなかった。


 ◇◇◇


 教師たちは一息つきながら、互いに顔を見合わせる。


「今年は大きな事故もなく終わりましたな」


「ああ……正直、白虎が出ると聞いた時はどうなることかと思ったが」


「怪我人もほとんどいない。上出来だ」


「王妃殿下も胸を撫で下ろされるでしょう」


 安堵の空気が広場に広がる。


 ◇◇◇


 その頃、アルクスレイブンも静かに集合地点へ戻ってきた。


「ゼイン!」


 同じ高等部一年の男子生徒たちが笑顔で駆け寄ってくる。


「お疲れ!」


「今日はどうだった?」


 アルクスレイブンは穏やかに微笑んだ。


「ぼちぼちだよ」


「皆も怪我なく戻って来られて良かった」


「俺なんて熊に遭遇して肝が冷えたよ」


「白虎なんて見つけたら卒倒してたかもな」


 周囲から笑いが起こる。


「結局、誰も見つけられなかったみたいだな」


「今年は王妃殿下も思い切ったことをしたよな」


 アルクスレイブンは静かに頷く。


「皆が無事だったことが何よりだ」


「狩猟大会は勝ち負けも大事だけど、無事に帰って来られてこそだから」


「ゼインらしいな」


 一人の男子生徒が笑った。


「俺だったら獲物の数ばっかり気にしてるよ」


「ははっ、それも狩猟大会らしいけどね」


 穏やかな笑い声が広がる。


 ◇◇◇


 その少し離れた場所では、クレイス、メリンダ、ガルシアの三人も合流していた。


「お疲れ様、二人とも」


 クレイスが軽く手を上げる。


「クレイスこそ、無事で何よりだ」


 ガルシアが腕を組みながら頷いた。


「危うく鹿を逃すところだった」


 メリンダが肩をすくめる。


「でも、ちゃんと仕留めたんだろ?」


「ああ、もちろん」


 得意気にメリンダは答えた。


「白虎は?」


 ガルシアが問いかける。


 三人は一瞬だけ顔を見合わせた。


「……見てないな」


 クレイスが静かに答える。


「私もだ」


 メリンダが肩をすくめる。


「気配すらなかった」


 ガルシアも苦笑した。


 クレイスが小さく息を吐く。


「今のところ、見つかったという話は聞かないな」


「それだけ危険だったってことかもしれないな」


 メリンダが腕を組み大きく頷いた。


「まあ、無事に終わっただけでも良しとするか」


 ガルシアが肩を回す。


 三人はそれぞれの成果を抱えながら、広場の喧騒へと戻っていった。


 ◇◇◇


 広場では、それぞれが今日の成果を語り合っていた。


「今日は調子が良かったな」


「俺は全然だったよ」


「熊が出た時は本当に終わったと思った」


「でも全員無事で何よりだ」


 笑い合う者。


 悔しそうに肩を落とす者。


 それぞれに違う一日だった。


 そんな中、一つだけ誰もが口にする話題があった。


「結局、白虎はどうなったんだ?」


「誰か見た奴いるか?」


「俺は気配すら感じなかった」


「本当に森にいたのかな」


 誰も答えを知らない。


 夕暮れの風が広場を静かに吹き抜ける。


 生徒たちは、それぞれ今日という一日を胸に刻みながら、学園へと戻っていく。


 こうして、波乱に満ちた狩猟大会は静かに幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。