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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第二章 初嵐

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第二十八話 秋のお茶会【後編】

 従者に案内され、ルルシルは庭園の奥へと足を運んだ。


 色づいた木々に囲まれた東屋には、人払いがされている。


 秋風が静かに吹き抜け、木漏れ日が石畳へやわらかな影を落としていた。


 東屋の中央には、王妃マクベリアが穏やかな笑みを浮かべて立っている。


「ご足労をおかけしましたわね、ルルシル」


「いいえ、お呼びいただきありがとうございます」


 ルルシルは優雅に一礼した。


 東屋の奥には、小さな円卓が用意されていた。


 白いクロスの上には、湯気を立てる紅茶と、色とりどりの焼き菓子が整然と並べられている。


 マクベリアは椅子に腰掛け、柔らかな笑みを浮かべたまま、向かいの席へと視線を向けた。


「どうぞ、お掛けになって」


「冷めないうちに、お茶も召し上がってくださいな」


 穏やかな仕草でカップへ手を添え、軽く勧める。


「ルルシル」


「少し、説明してくださる?」


 穏やかな口調だった。


 けれど、その瞳は真っ直ぐルルシルを見つめている。


「そのドレス……カインが選んだものではありませんのね?」


 ルルシルは一瞬だけ目を伏せ、小さく頷いた。


「はい」


「私が着ておりますこのドレスは、兄が選んでくれたものです」


「殿下がお選びになったのは、エミリーさんが着ていた桃色のドレスでございます」


 マクベリアは静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。


「そう……」


 その表情から笑みが消える。


「どうして、こんなことになってしまったのかしら……」


 ぽつりと零れた言葉には、母としての悲しみが滲んでいた。


「最近、あなたたち二人の様子がどこかぎこちないことは感じていました」


「けれど、婚約者としての務めだけは、あの子もきちんと果たしているものだと……そう思っていましたわ」


 マクベリアは寂しげに微笑む。


「まさか、あなたの晴れの日の装いまで、他の方へ贈っていたなんて……」


 ルルシルは静かに視線を落とした。


「王妃殿下」


 穏やかな声が響く。


「私と殿下の婚約は、国のために結ばれたものです」


「そこに、私個人の感情は必要ございません」


「王太子殿下がお決めになったことに、私は口を挟むようなことはいたしません」


「私は、公爵令嬢としての務めを果たすだけでございます」


 その言葉に、マクベリアははっと息を呑んだ。


「……ルルシル」


 目の前にいるのは、まだ十六歳の少女。


 本来なら恋に胸をときめかせ、未来へ夢を抱いていてもおかしくない年頃だった。


 それなのに、その口から紡がれたのは、あまりにも聞き分けがよく、あまりにも寂しい言葉。


 マクベリアは椅子に腰掛けたまま、そっと身を乗り出し、テーブル越しにルルシルの手へ自分の手を重ねた。


「そんな寂しいことを言わないで、ルルシル」


 マクベリアは静かに息を吐き、表情を引き締めた。


「……カインからも話を聞かなければなりませんね」


 その言葉に、ルルシルはそっと首を振る。


「王妃殿下」


「どうか、お気になさらないでください」


「これは私と殿下の問題です」


「私が受け入れておりますので、どうか殿下をお責めになりませんよう」


 マクベリアはゆっくりと首を横へ振った。


「いいえ、ルルシル」


 穏やかな口調だったが、その瞳には王妃としての強い意志が宿っていた。


「これは、あなたたち二人だけの問題ではありません」


「王家とヴェリテ公爵家の間で交わされた婚約です」


「双方の信頼の上に成り立っている、大切な約束でもあります」


 一度言葉を区切る。


「婚約者のために用意した装いを、何の説明もなく他の令嬢へ贈るなど……」


「見過ごしてよいことではありません」


 ルルシルは静かに視線を伏せた。


「ですが……」


「心配しないでください」


「私は大丈夫です」


 その微笑みはいつもと変わらず穏やかだった。


 だからこそ、マクベリアの胸は締めつけられる。


「……あなたは、本当に優しすぎます」


 小さく呟いたその言葉は、秋風に溶けるように消えていった。


「婚約が国のためだとしても、それだけではありません」


「あなたも、カインも、一人の人間なのです」


「幸せになることを、最初から諦める必要なんてありません」


 その時だった。


 ふわり、と柔らかな風が吹き抜ける。


 庭園で遊んでいた小さな妖精たちが、まるでルルシルの心の揺らぎを感じ取ったかのように、次々とその周りへ集まってきた。


『ルルシル……』


『どうしたの……?』


『かなしいの……?』


 淡い光がルルシルの周りを優しく舞う。


 肩へ寄り添う妖精。


 銀色の髪へ触れる妖精。


 頬へすり寄る妖精。


 皆が心配そうにルルシルを見つめ、小さな手を伸ばしていた。


 ルルシルは困ったように微笑み、そっと指先を差し出す。


「ありがとう」


 優しく囁いても、妖精たちは離れようとはしなかった。


 その光景を見つめたマクベリアは、穏やかに目を細める。


「ほら」


「こんなにも精霊たちが、あなたを心配しているではありませんか」


「声は聞こえなくても分かります」


「あの子たちは、あなたが無理をしていることを知っているのでしょう」


 ルルシルは妖精たちへ視線を落とした。


 小さな光は、まるで「一人ではない」と伝えるように、彼女の周りを静かに舞い続けている。


「だから、あなたも一人で抱え込まないで」


 マクベリアは優しく微笑む。


「少しくらい、自分の心に素直になってもいいのですよ」


 ルルシルは静かに目を閉じた。


 胸の奥で何かが揺れた気がした。


 けれど、その感情を表へ出すことはなく、ゆっくりと微笑み返す。


「……ありがとうございます、王妃殿下」


 その笑顔は穏やかで、美しかった。


 だからこそ、マクベリアには痛々しく映った。


 東屋を後にし、ルルシルは一人、庭園の小道をゆっくりと歩いていた。


 秋風が銀色の髪を優しく揺らす。


 その周りでは、小さな妖精たちが心配そうに飛び回っていた。


『ルルシル……』


『だいじょうぶ……?』


『むりしてる……』


 ルルシルは立ち止まり、妖精たちを見つめる。


「私は、大丈夫よ」


 そう答えても、妖精たちは首を横に振るように羽を震わせ、離れようとはしない。


『かなしい』


『かなしいのに』


『わらってる……』


 その言葉に、ルルシルは胸の奥が小さく痛むのを感じた。


「……分からないの」


 ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


「私は、公爵令嬢として正しいことをしているはずなのに」


 視線を落とす。


「どうして、こんなにも胸が苦しいのか……」


 妖精たちは何も答えず、ただ優しくルルシルの肩や手へ寄り添う。


 その温もりだけが、静かな秋の庭園にそっと残っていた。


 やがてルルシルは小さく微笑む。


「ありがとう」


「もう戻らないと」


 そう呟くと、妖精たちを連れて再び庭園のお茶会へ向かって歩き始めた。

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