第二十八話 秋のお茶会【前編】
男子生徒たちが狩猟の森へ向かってからしばらく――。
女子生徒たちは教師の案内に従い、学園庭園へと足を運んでいた。
色づき始めた木々に囲まれた庭園には、白いクロスが掛けられた丸テーブルがいくつも並べられている。
銀のティーセットが秋の陽光を受けて輝き、焼き菓子や季節の果物を使った色鮮やかな菓子が美しく盛り付けられていた。
庭園の一角では楽団が穏やかな旋律を奏で、澄んだ音色が風に乗って広がっていく。
「まあ……素敵ですわ」
「今年も見事なお茶会ですこと」
令嬢たちは感嘆の声を漏らしながら、それぞれの席へ着いていく。
ルルシルとイザベルも、用意された席へ腰を下ろした。
「今年は例年以上に華やかですわね」
イザベルが周囲を見渡しながら微笑む。
「王妃殿下が楽しみにしていらっしゃったのでしょう」
ルルシルも庭園を眺め、小さく頷いた。
秋風に乗って花の香りが漂う。
その穏やかな空気に誘われるように、小さな妖精たちが花壇の周りを楽しそうに舞い始めた。
『おいしそうー』
『あまいにおいがするー』
『きれいなお花!』
無邪気にはしゃぐ妖精たちへ、ルルシルは小さく微笑む。
やがて庭園の奥から、王妃マクベリアが姿を現した。
淡い金色のドレスを優雅に揺らし、生徒たちを穏やかな笑顔で見渡す。
「皆様、本日は狩猟大会のお茶会へようこそお越しくださいました」
その声に、令嬢たちは一斉に立ち上がり、美しく一礼する。
王妃は満足そうに頷いた。
「男子生徒たちが森で腕を競っている間、皆様にはどうぞ心ゆくまでこのひとときを楽しんでいただきたいと思います」
「本日ご用意したお菓子は、王城の料理人たちが腕によりをかけて作ったものばかりですの」
令嬢たちの表情がぱっと明るくなる。
「どうぞ遠慮なく召し上がってくださいませ」
優しい笑みに包まれ、庭園の空気がさらに和らいだ。
乾杯の紅茶が配られ、お茶会が始まる。
あちこちの席から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「今年はどなたがクイーンになるのでしょう」
「私はクレイス様が優勝なさると思いますわ」
「いえ、カイン殿下ではなくて?」
「メリンダ様も実力者ですもの」
思い思いの予想が飛び交う。
ルルシルは静かに紅茶へ口をつけた。
ふわりと紅茶の香りが鼻をくすぐる。
その時だった。
「ルルシル嬢」
穏やかな声に顔を上げると、王妃マクベリアがすぐ傍に立っていた。
ルルシルはすぐに立ち上がり、優雅に一礼する。
イザベルも慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
「ごきげんよう、王妃殿下」
「ごきげんよう、ルルシル嬢、イザベル嬢。楽しんでくれていますか?」
周囲の令嬢たちが一斉に息を呑む。
王妃が名指しで声をかけたことに、ざわめきが広がった。
「はい、とても。素晴らしいお茶会でございます」
ルルシルが微笑むと、王妃は満足そうに頷いた。
「それは良かったわ。今年は特に気合を入れましたの」
「どのお菓子も大変美しく、香りも豊かでございますわ」
イザベルが控えめに言うと、王妃はくすりと笑う。
「ええ、ぜひたくさん召し上がってくださいね」
穏やかな世間話が続く。
その流れで、王妃の視線がふとルルシルへと向けられた。
「あら……ルルシル嬢。そのドレス、とてもよく似合っているわ」
柔らかな声に、ルルシルはわずかに目を見開く。
「ありがとうございます、王妃殿下」
王妃はゆっくりとルルシルの姿を見つめ、満足そうに微笑んだ。
「上品でありながら華やかで……あなたの雰囲気にぴったりね」
そして、ふっと目を細める。
「まるで秋の陽光をまとった精霊のようですわ……」
その言葉に、周囲の令嬢たちからも小さな感嘆の声が漏れる。
さらに王妃は意味ありげに微笑んだ。
「……さすがカインですわ。見る目がありますこと」
その一言に、ルルシルの胸がわずかに高鳴る。
イザベルも嬉しそうに頷いた。
王妃は満足げに頷くと、視線をゆっくりと別の方向へ移した。
「あら……あなたが今年特待生で入ったエミリー嬢ね」
声をかけられたエミリーは、驚いたように顔を上げ、慌てて立ち上がる。
「は、はい……!」
ぎこちなく礼をする姿に、王妃は優しく微笑んだ。
「素晴らしい魔力の持ち主だと聞いていますわ。学園はどうですか?」
「えっと……とても楽しいです……!」
「突然貴族社会に入って、大変でしょう?」
「い、いえ……皆様に助けていただいて……」
緊張しながらも懸命に答えるエミリーに、王妃は穏やかに頷く。
その時、王妃の視線がエミリーのドレスへと落ちた。
「あら……そのドレス……」
一瞬、空気が変わる。
「カインがーー」
その言葉に、エミリーの顔がぱっと明るくなった。
「はい! カイン様が贈ってくださったんです!」
嬉しそうに胸元を押さえるエミリー。
ルルシルは思わず息を呑む。
(まずい……)
「もしかして……王妃様も一緒に選んでくださったのですか?」
無邪気な問いに、場の空気がぴたりと止まった。
王妃はルルシルへ視線を向ける。
そして、にこりと微笑んだ。
「 ルルシル嬢。……後ほど、ゆっくりお話ししましょうね」
その言葉は柔らかいが、どこか含みを帯びていた。
王妃は扇子を口元に当て、エミリーを下から上までゆっくりと見つめる。
その視線は優雅でありながら、どこか冷ややかだった。
やがて、ふっと微笑むと、そのまま静かにその場を離れていく。
残されたエミリーは、ぽかんと立ち尽くした。
「え……あの……」
次第に顔が曇り、今にも泣き出しそうになる。
ルルシルはそっと近づき、優しく声をかけた。
「大丈夫よ、エミリーさん」
「わ、私……何か失礼なことを……?」
「いいえ。気にしなくていいわ」
そっと肩に手を置くと、エミリーは小さく頷いた。
その横で、イザベルは頬を膨らませていた。
「もう……エミリーさん、あの場であんなことを聞くなんて……無神経にもほどがありますわ……!」
ぷんぷんと怒るイザベルに、ルルシルは苦笑する。
その様子を、少し離れた席の令嬢たちがちらちらと見ていた。
「やっぱり……あの方、場の空気も読めないのね」
「平民だから仕方がないのかもしれませんけれど……」
「王妃殿下の前であんな質問をするなんて……信じられませんわ」
ひそひそと囁き合う声には、露骨な軽蔑が滲んでいる。
「ドレスだって……あれ、本当に似合っていると思っているのかしら」
「カイン殿下のお名前をあんなふうに……はしたないですわ」
視線はエミリーへと集まり、冷ややかな空気が広がっていく。
秋の穏やかな庭園の中で、ほんのわずかに、空気が歪んでいた。




