第二十七話 狩猟大会
秋風を切り裂くように、幾重もの蹄の音が森へ響き渡る。
教師の合図とともに、男子生徒たちは一斉に狩猟の森へ駆け出した。
色づき始めた木々が風に揺れ、木漏れ日が地面をまだらに染める。
茂みの中では野兎が跳ね、鹿が耳を澄ませる。
高い枝には雉や鷹が羽を休め、さらに森の奥には熊の姿も確認されていた。
そして――。
今年最大の獲物。
白い毛並みに黒い縞を持つという猛獣、白虎。
その姿を見た者は、まだ誰もいなかった。
◇◇◇
ヒュッ――。
一本の矢が風を裂き、一頭の鹿が静かに倒れる。
「また仕留めた!」
「もう三頭目か……!」
周囲の生徒たちから感嘆の声が漏れる。
馬上のカインは矢筒から次の矢を抜き、足を止めることなく森を駆けた。
「次だ」
低く呟いた直後、茂みから飛び出した野兎へ矢を放つ。
狙い違わず命中。
さらに木の根元を駆け抜けようとした狐も、一瞬で射抜いた。
見張りの教師が馬を寄せる。
「カイン殿下、鹿三、野兎一、狐一ですね」
「次だ」
記録を聞き終えるや否や、カインは即座に手綱を引き、さらに森の奥へと馬を走らせた。
「すごい……」
「やっぱり王子だな」
そんな声にも耳を貸さない。
カインの頭にあるのは、ただ一つ。
――白虎。
エミリーと交わした約束。
必ず優勝し、クイーンに選ぶ。
そのためには誰にも負けられない。
その時だった。
一人の男子生徒が鹿へ狙いを定める。
放たれた矢が届く、その寸前。
ヒュンッ!
横から飛んできた矢が鹿を射抜いた。
「なっ!?」
振り返ると、そこにはカインの姿。
「殿下! その鹿は私が狙って……!」
「仕留めた者の勝ちだ」
淡々とした一言だった。
「ですが……!」
「文句があるなら、俺より先に当てればよかっただけだ」
鹿を回収し、何事もなかったかのように馬を進める。
見張りの教師が再び声を掛けた。
「カイン殿下」
「少々やり過ぎです。他の生徒にも配慮してください」
しかしカインは眉をひそめる。
「狩猟大会だろう?」
「仕留めた者が勝つ。それだけだ」
「ですが――」
「だったら俺を退場させるか!」
教師は言葉を失う。
規則違反ではない。
だからこそ強くは言えなかった。
「俺が優勝する」
短く言い残し、カインはさらに森の奥へ馬を走らせた。
◇◇◇
別の場所では、サファイアブルーの狩猟服をまとったメリンダが馬を止めていた。
この大会に参加している唯一の女子生徒である彼女は、周囲の男子生徒たちの視線を一身に集めていた。
視線の先には、一羽の雉。
「逃がさないよ」
弓を引き、静かに放つ。
矢は一直線に飛び、雉を射抜いた。
「お見事です!」
近くにいた男子生徒が思わず拍手を送る。
メリンダは照れくさそうに笑った。
「ありがとう。でも、まだまだこれからだよ」
その爽やかな笑顔に、周囲から感嘆の声が上がる。
「さすがメリンダ様だ……」
「女子なのにこの腕前か……!」
その時、少し離れた場所で弓を構えたまま固まっている一年生の姿が目に入った。
手が震えている。
メリンダは馬を寄せ、優しく声を掛けた。
「焦らなくて大丈夫。まずは一頭仕留めよう」
「は、はい……!」
その一言で、少年の表情がわずかに和らぐ。
メリンダは軽く頷き、再び前を向いた。
「負けないよ」
その様子を少し離れた場所で見ていたガルシアは、小さく肩をすくめる。
「森の中でも王子様か」
思わず苦笑が漏れた。
その肩へ、小さな岩蛇がするりと這い上がる。
『ガルシア』
「はいはい、聞こえておりますよ、メルゼルカ」
柔らかな笑みを浮かべながら答える。その小さな岩蛇――メルゼルカは、ガルシアと契約を結んだ精霊であり、知性と気位の高さを併せ持つ存在だった。
『あなたも感心してばかりではなく、ちゃんと狩りをなさい』
「今日は景色があまりに綺麗でして」
『言い訳は結構です。きちんと成果を出しなさい』
「かしこまりました」
ガルシアはおどけるように笑い、弓を構える。
その時、ふと空を見上げた。
「あ、飛ぶよ」
次の瞬間、矢を放つ。
ヒュッ――。
空を横切ろうとしていた雉が、そのまま落ちた。
『……やればできるではありませんか』
「普段からやると疲れますので」
軽口を叩きながら、さらに近くに現れた鹿へ矢を放つ。
矢は吸い込まれるように命中した。
『最初からそうなさい』
「お褒めいただき光栄です」
メルゼルカは呆れたようにため息をつく。
『まったく、手の掛かる子ですね』
ガルシアは苦笑しながら再び馬を歩かせた。
◇◇◇
一方、クレイスは森の中を慎重に進んでいた。
焦る様子はない。
獲物だけでなく、周囲の様子にも気を配っている。
「怪我人はいませんか?」
すれ違った教師へ確認すると、教師は頷いた。
「今のところ問題ありません」
「そうですか」
ようやくクレイスは弓を構え、一頭の鹿を静かに仕留める。
必要以上は追わない。
大会であっても冷静さを失わない姿は、まさに公爵家嫡男らしかった。
◇◇◇
森のさらに奥。
一羽の鷹が大きく旋回している。
アルクスレイブンは静かに弓を引いた。
風を読み、呼吸を整える。
ヒュッ――。
放たれた矢は空高く伸び、一射で鷹を射抜いた。
「すごい!」
「今の距離で当てたのか!」
周囲の生徒たちがどよめく。
アルクスレイブンは静かに弓を下ろした。
「運が良かっただけだ」
「いや、絶対実力だろ!」
笑いが起きた、その時だった。
「助けてくれ!」
悲鳴が森へ響く。
熊に追われる男子生徒。
アルクスレイブンは迷わず馬を駆けさせ、熊の足元へ矢を放った。
熊の注意が逸れる。
「今だ!」
男子生徒は教師の元へ逃げ込み、熊は唸り声を残して森の奥へ消えた。
「ありがとうございます!」
「怪我はないか」
「はい!」
「なら良かった」
それだけ言うと、アルクスレイブンは再び森の奥へ姿を消していく。
熊を見送ったアルクスレイブンは、静かに息を吐き、再び馬を歩かせた。
その時――。
木々の向こうから、蹄の音が近づいてくる。
姿を現したのは、白いマントを翻すカインだった。
「……ゼイン」
アルクスレイブンは穏やかに視線を向ける。
「カイン殿下」
互いに馬を止める。
森は一瞬、静まり返った。
カインはアルクスレイブンの弓へ視線を落とした。
「さっき、熊を追い払ったらしいな」
「近くにいた生徒が危険だっただけです」
アルクスレイブンは静かに答える。
カインは小さく鼻を鳴らした。
「今日は負けない」
「優勝するのは俺だ」
真っ直ぐな眼差しがアルクスレイブンを射抜く。
アルクスレイブンは穏やかに微笑んだ。
「そうですか」
「でしたら、お互い全力を尽くしましょう」
挑発することも、見下すこともない。
ただ静かな返答だった。
その落ち着きが、かえってカインの闘志に火をつける。
「次に会う時は、俺が上だって証明してやる」
そう言い残し、カインは馬腹を蹴った。
白いマントが木々の間へ消えていく。
その背中を見送りながら、アルクスレイブンは小さく息をつく。
再び森の奥へ馬を進めた。
◇◇◇
時間だけが静かに流れていく。
鹿。
野兎。
狐。
熊。
獲物は次々と仕留められていく。
だが――。
その時だった。
遠くから、低く唸るような音が響いた。
――グルルル……。
森の奥から伝わる、重く不気味な気配。
次の瞬間、木々の上にいた鳥たちが一斉に飛び立つ。
「今の音……」
「まさか……」
ざわめきが広がる。
「白虎は?」
「まだ見つからないのか?」
「本当にこの森にいるのか……?」
不安が少しずつ広がり始める。
やがて一人の生徒が弓を下ろした。
「俺は戻る」
「命を懸けるほどじゃない」
「白虎だけは勘弁だ」
教師たちも無理はさせなかった。
「危険だと判断した者は戻れ!」
「安全を最優先に!」
しかし、その声を背に森の奥へ進む者がいた。
カインは手綱を強く握り締める。
「必ず見つけ出す」
その瞳に宿るのは、優勝への執念。
そして、エミリーとの約束だけだった。




