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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第二章 初嵐

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第二十五話  小さな友人

 


 秋の柔らかな陽光が、フィオレイン王城の白い石壁を優しく照らしていた。


 休日の朝。


 アルクスレイブンは王城の正門へ足を運ぶと、待ちきれなかったように駆け寄ってくる小さな影を見つけた。


「アルクスレイブン様!」


 弾む声とともに駆けてきたのは、第二王子セシル・フィオレインだった。


 その顔には、年相応の無邪気な笑みが浮かんでいる。


「来てくださってありがとうございます!」


「こちらこそ招待してくれて嬉しい。手紙のやり取りだけでは分からないことも多いからな」


 そう答えると、セシルはぱっと表情を輝かせた。


「今日はたくさん案内します!」


 その様子を見ていたレグロナグラが、小さく鼻を鳴らす。


『相変わらず元気な小僧だな』


 するとセシルは目を丸くした。


「レグロナグラさん、おはようございます!」


『ふむ』


 セシルが嬉しそうに頷くと、レグロナグラもどこか満足そうに尻尾を揺らした。


「そうだ、今日は紹介したい子がいるんです」


「ついてきてください!」


 セシルが庭園へ向かって歩き出す。


 色とりどりの花々が咲き誇る庭園の中央まで来ると、彼は優しく声を掛けた。


「フロリエナ」


 花壇の花々がふわりと揺れる。


 次の瞬間、色とりどりの花弁に包まれるように、一人の美しい精霊が姿を現した。


 若葉色の髪に、花々が編み込まれたような長い髪。


 花びらと葉でできた美しいドレスを纏い、柔らかな微笑みを浮かべている。


『お初にお目にかかります。アルクスレイブン殿下』


 美しく澄んだ声だった。


『私は花の精霊、フロリエナ。セシルと契約しております』


 フロリエナはドレスの裾を摘んでお辞儀をする。


 庭園の花々が彼女の動きに合わせて首を垂れた。


 アルクスレイブンは静かに一礼する。


「アルクスレイブン・アッシェンだ。会えて光栄だ」


 その横でレグロナグラが一歩前へ出る。


『花の高位精霊か。なるほど、気配が違う』


 フロリエナは穏やかに微笑み、優雅に頷いた。


『狼狐の高位精霊、レグロナグラ様ですね。セシルからお話は伺っております』


『契約も結ばず人の傍に在る、珍しい精霊だと』


 レグロナグラはわずかに目を細める。


『契約に縛られぬだけだ。それほど珍しいことでもあるまい』


 その声音には棘があるが、どこか興味も滲んでいた。


 フロリエナはくすりと柔らかく笑う。


『ええ。ですが、悪い意味ではありませんわ』


『むしろ……とても興味深い方だと思いました』


 その言葉に、レグロナグラは一瞬だけ言葉を失い、やがて鼻を鳴らした。


『……ふん。変わった精霊だな』


 そのやり取りを見ていたセシルが、少し慌てたように口を挟む。


「二人とも、仲良くしてくださいね」


 レグロナグラは肩をすくめるように尾を揺らした。


『まあ、悪くはない。努力はしよう』


 フロリエナはセシルの横にふわりと舞い降りる。


 セシルは気を取りなおすように咳払いをした。


「では、まず庭園をご案内します!」


 セシルは嬉しそうに歩き始める。


 季節の花々が風に揺れ、精霊たちがその間を楽しそうに飛び回っていた。


「ここは私のお気に入りなんです。兄上とも、よくここへ来ていました」


 アルクスレイブンは歩幅を合わせながら耳を傾ける。


「花を見たり、池の魚に餌をあげたり……。あっ、あちらの木にもよく登って遊んでいました」


 指差した先には、大きく枝を広げた古木が立っていた。


「兄上は木登りがとても上手だったんです。私が降りられなくなると、いつも助けてくださいました」


 懐かしそうに微笑むセシル。


 その笑顔には曇りはなく、大切な思い出を語る純粋な喜びだけがあった。


「今日はアルクスレイブン様にも、この庭を見ていただきたかったんです」


 アルクスレイブンは庭園を見渡し、小さく頷く。


「美しい庭だ。大切にしたいと思う気持ちがよく分かる」


 その言葉に、セシルは満面の笑みを浮かべた。


「そう言っていただけて嬉しいです!」


「次は、とっておきの場所にご案内しますね!」


 秋風が庭園を優しく吹き抜け、花々とともに精霊たちも楽しそうに舞っていた。


 ◇◇◇


 セシルに案内され、アルクスレイブンたちは王城の裏手へと足を運んだ。


 そこには広々とした牧場が広がり、数頭の馬が穏やかに草を食んでいた。


「ここです!」


 セシルは振り返り、嬉しそうに微笑む。


「兄上と一番よく遊んだ場所なんです」


 厩舎の扉を開けると、一頭の白毛に淡い灰色の斑模様が入った馬が、セシルへ甘えるように鼻先を寄せた。


「この子はブランシュです。小さい頃からずっと一緒なんですよ」


 セシルは優しく首筋を撫でる。


 ブランシュは気持ちよさそうに目を細め、主人の肩へそっと顔を寄せた。


「とても人懐っこいな」


「はい。いつも私の話を聞いてくれるんです」


 その言葉に、アルクスレイブンは穏やかに微笑んだ。


 少し離れた馬房には、一頭の気品ある純白の白馬が静かに佇んでいた。


 陽光を浴びた毛並みは雪のように輝き、堂々とした姿から王族の愛馬であることが一目で分かる。


「こちらは兄上の愛馬です」


 セシルはどこか誇らしげに紹介した。


「兄上は昔から白馬がお好きなんです」


 アルクスレイブンは白馬を眺め、小さく頷く。


「どちらもよく手入れされている。大切に育てられているのが分かる」


「ありがとうございます!」


 セシルは嬉しそうに笑った。


「アルクスレイブン様も馬に乗られるんですよね?」


「ああ。故郷では黒馬に乗っている」


「黒馬ですか!」


 セシルは目を輝かせる。


「きっと格好いい馬なんでしょうね」


「気性は荒いが、頼れる相棒だ」


 短い言葉だったが、その口調には深い信頼が滲んでいた。


「いつか見てみたいです」


「機会があれば紹介しよう」


 その約束だけで、セシルは嬉しそうに頷いた。


 やがて二人は、それぞれブランシュと王城の馬へ跨る。


 牧場の外周をゆっくりと並んで歩くと、爽やかな秋風が頬を撫でた。


 競い合うでもなく、ただ穏やかに景色を眺めながら馬を進める。


 花の精霊や風の精霊たちが二人の周囲を楽しそうに舞い、フロリエナは優しく微笑みながらその後を漂う。


 レグロナグラは少し離れた場所を歩き、静かに辺りを見渡していた。


『平和なものだ』


『ですが、それが何より尊いことではありませんか』


 フロリエナが穏やかに答える。


 レグロナグラは何も言わなかったが、否定もしなかった。


 しばらく進んだところで、セシルが静かに口を開く。


「兄上も、この景色が好きなんです」


 アルクスレイブンは言葉を挟まず耳を傾ける。


「疲れた時は、よくここへ来てブランシュと過ごしていました」


 セシルは優しくブランシュの首筋を撫でた。


「だから、アルクスレイブン様にも見ていただきたかったんです」


「……ありがとう」


 アルクスレイブンは短く礼を述べる。


「良い場所を教えてもらった」


 その一言だけで、セシルは十分嬉しかった。


「えへへ」


 無邪気な笑顔が秋空に映える。


 牧場へ戻ると、一人の男性が穏やかな表情で二人を迎えた。


「父上!」


 国王エドワード・フィオレインだった。


「楽しめたようだね」


「はい! アルクスレイブン様に庭園も牧場も案内できました!」


 嬉しそうに報告するセシルを見て、エドワードは優しく目を細めた。


「それは良かった」


 そしてアルクスレイブンへ向き直り、一礼する。


「息子に付き合っていただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、有意義な休日を過ごさせていただきました」


 二人は王族同士として礼を交わす。


 エドワードは穏やかな笑みを浮かべた。


「セシルがこれほど楽しそうに誰かを案内する姿を見られて、父として嬉しく思います」


 その言葉に、セシルは少し照れたように笑った。


「私も楽しい時間でした。また機会があれば、ぜひ招待してください」


「はい!」


 セシルは力強く頷く。


「今度はもっとたくさん、フィオレインのことをご案内します!」


 秋風が三人の間を静かに吹き抜けた。


 狩猟大会を目前に控えた穏やかな休日は、新たな友情を育む、かけがえのない一日となった。




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