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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第二章 初嵐

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第二十一話 選んだ想い



 自室のベッドに腰を下ろしたエミリーは、そっと右手を胸の前へ持ち上げた。


 視線が向かうのは、手の甲。


 つい先ほど、カインが口づけを落とした場所だった。


 指先でそっと触れる。


 もう温もりは残っていないはずなのに、不思議とそこだけ熱を帯びているような気がした。


「カイン様……」


 頬がほんのりと赤く染まる。


 今日の出来事が、何度も頭の中で繰り返される。


『俺が本当に大切に思っているのは、君なんだ』


『秋の狩猟大会で、君をクイーンにする』


 夢を見ているようだった。


 まるで、おとぎ話に出てくるお姫様になったような気分だった。


 こんな日が、本当に自分に訪れるなんて思ってもいなかった。


「……嬉しい」


 小さく呟いた声は、静かな部屋へ溶けていく。


 けれど、その笑顔は長くは続かなかった。


 脳裏に浮かんだのは、銀色の髪を揺らしながら自分を庇ってくれた少女。


 ルルシル。


 あの教室で、誰一人として自分の味方がいなかった時、静かに隣へ来てくれた。


『殿下のお気持ちは、殿下のものです』


『エミリーさんを責める理由にはなりません』


 責めることもなく、見下すこともなく。


 ただ、当たり前のように助けてくれた。


「ルルシル様は……優しい方だった」


 噂で聞いていた人とは、まるで違っていた。


 他の令嬢たちとは違う。


 あんな状況でも、私を守ってくださった。


「どうしたらいいの……」


 ぽつりと零れた言葉は、誰に届くこともない。


 ルルシルを傷つけたくない。


 でも――。


「私は……やっぱり、カイン様が好き」


 その想いだけは、もう嘘をつけなかった。


     ◇◇◇


入学して数日が経った頃のことだった。


 その日のホームルームでは席替えが行われ、偶然にもエミリーの隣の席になったのがカインだった


(第一王子殿下……)


 教室中の視線が集まる中、誰もカインへ気軽に話しかけようとはしない。


 王太子という立場。


 そして、生まれながらの身分の違い。


 皆どこか遠慮し、距離を置いていた。


 エミリーも緊張していた。


 それでも勇気を振り絞り、小さく頭を下げる。


「あ、あの……王子様」


 カインは少し驚いたように目を瞬かせた。


「……何だ?」


「今日からよろしくお願いします」


 その一言に、カインは思わず笑みを浮かべる。


「こちらこそよろしく」


 そして少し考えたあと、困ったように笑った。


「……いや、学園では身分は関係ない」


「王子様じゃなくて、カインでいい」


「えっ!?」


 エミリーは慌てて首を横に振る。


「そ、そんなことできません!」


「王子様をお名前でお呼びするなんて……!」


 その反応がおかしくて、カインは声を漏らして笑う。


「なら、せめてカイン様だ」


「それならいいだろ?」


 エミリーはしばらく迷った末、小さく頷いた。


「……はい。カイン様」


 その呼び方が少しだけ嬉しかったのか、カインは満足そうに笑った。


 休み時間になると、カインはふとエミリーへ問いかける。


「君は平民だったな」


「はい」


「周りは貴族ばかりだ」


「嫌になったりしないのか?」


 エミリーは少し考え、それから穏やかに笑った。


「もちろん緊張はします」


「でも、この学園へ入学できたのは、私の魔力を認めてもらえたからです」


「私は平民ですけど、才能を評価していただけたんだって思うと、とても嬉しくて」


「だから、もっと頑張ろうって思えるんです」


 その笑顔を見つめながら、カインは静かに目を伏せた。


「……君は強いな」


「え?」


「俺は、自分のことをそんなふうには思えない」


 エミリーは驚いたように目を見開く。


「王子様……いえ、カイン様でもですか?」


 カインは自嘲するように笑った。


「第一王子だからな」


「期待されるのは当たり前。できて当然だと言われ続けてきた」


「だから、自分を認めるなんて考えたこともない」


 その横顔は、どこか寂しそうだった。


 エミリーは少しだけ考え、優しく微笑む。


「でも、カイン様は頑張っているじゃないですか」


「頑張っている自分を認めてあげることも、大切だと思います」


「自分を褒めてあげられるのは、自分だけですから」


 その言葉に、カインは目を見開いた。


 今まで誰からも言われたことのない言葉だった。


 しばらく黙っていたカインは、小さく笑う。


「ありがとう」


「少しだけ、気持ちが楽になった」


 その笑顔を見て、エミリーも嬉しそうに笑った。


「お互い、頑張りましょう」


「ああ」


 その日から二人は、少しずつ言葉を交わすようになっていった。


 王族だからと威張ることもなく、平民だからと見下すこともない。


 そんなカインだからこそ、いつしか惹かれていた。


     ◇◇◇


 エミリーは再び自分の手の甲へ視線を落とす。


 今日交わした約束が、胸の奥で静かに蘇る。


「……やっぱり私は、カイン様が好き」


 その想いだけは、もう誰にも否定できなかった。

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