↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第二章 初嵐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/67

第二十話 それぞれの想い【前編】



 朝の柔らかな陽射しが、レースのカーテン越しに寝室へ差し込んでいた。


 窓の外では小鳥たちがさえずり、穏やかな朝の訪れを告げている。


 ルルシルはゆっくりと瞼を開いた。


「……あれ?」


 見慣れた天井。


 見慣れた寝室。


 柔らかな寝台の感触。


 昨夜は確か、精霊の森へ向かったはずだった。


 ルルシルは身を起こし、不思議そうに部屋を見回す。


(どうして……)


 記憶を辿ろうとしたその時、控えめなノックが響いた。


「お嬢様、お目覚めでしょうか」


「ええ、サラ。入ってちょうだい」


 扉が静かに開き、朝の支度を整えたサラが一礼する。


「おはようございます、お嬢様」


「おはよう」


 ルルシルは微笑み返した。


 その表情を見たサラは、ほっと胸を撫で下ろしたように柔らかく微笑む。


「本日は、お顔色がとてもよろしいですね」


「今日はとても良いお天気でございますよ」


 ルルシルは首を傾げる。


(……昨夜、私はどうやって部屋へ戻ったのかしら)


 はっきりとした記憶はないが、誰かが運んでくれたのだろう。


制服に袖を通しながら、ふと窓の外――精霊の森の方角へと視線を向ける。朝の光に包まれた森は、いつもと変わらぬ静けさを湛えていた。


 サラは手際よくブレザーの襟を整えながら微笑む。


「皆様、朝食の席でお嬢様をお待ちでございます」


「そう……ですか」


 ルルシルも少しだけ笑みを浮かべた。


     ◇◇◇


 朝食の席には、オルフェウスとクレイスが先に着いていた。


「おはようございます、お父様。お兄様」


「おはよう、ルルシル」


 オルフェウスが穏やかに迎える。


 クレイスは妹の顔を見るなり、小さく息をついた。


「昨日、あれほど休めと言ったのに」


 ルルシルの肩がぴくりと揺れる。


「……森へ行ったな」


「……はい」


 素直に頷くしかなかった。


「森で寝ていたぞ」


 ルルシルは目を丸くする。


「お兄様が見つけてくださったのですか?」


「ああ」


 クレイスは苦笑する。


「アルディオンが迎えに来た」


「部屋まで運んだんだ」


「申し訳ありません……」


 ルルシルが小さく頭を下げると、オルフェウスが可笑しそうに笑った。


「クレイス」


「ルルシルは昔からそうだ」


「諦めなさい」


 その一言に、クレイスは肩を落とす。


「父上まで……」


「幼い頃から変わらんだろう」


「森で眠っては、お前が迎えに行っていたではないか」


「……確かに」


 クレイスは苦笑するしかなかった。


 ルルシルは少し恥ずかしそうに視線を逸らす。


「もう子どもではありませんのに……」


「私から見れば、まだまだ子どもだ」


 オルフェウスの優しい言葉に、食卓には穏やかな笑いが広がった。


     ◇◇◇


 朝のホームルームが終わり、一時間目。


 今日の授業は薬草学だった。


 教室いっぱいに乾燥させた薬草や薬液の香りが漂い、生徒たちはそれぞれ白衣へ袖を通していく。


 教師が教卓へ立ち、穏やかに口を開いた。


「本日は二人一組で薬草の調合実験を行います」


 教室へ緊張が走る。


 教師は名簿へ目を落とした。


「ルルシル・ヴァン・ヴェリテ」


「エミリー」


 その名前が読み上げられた瞬間、教室中がざわめいた。


「えっ……」


「同じ班?」


「大丈夫なのかしら……」


 ひそひそと囁きが広がる。


 しかし、ルルシルは周囲を気にすることなく立ち上がった。


 静かにエミリーの机へ歩み寄る。


「よろしくお願いいたします」


 エミリーは少し驚いたように目を瞬かせた。


「は、はい……よろしくお願いします」


 二人は黙々と実験の準備を始める。


 ふと、エミリーは違和感を覚えた。


 ルルシルの周囲が、ほんのりと明るく見える。


 窓から差し込む光とは違う、柔らかく揺らめくような光。


(……あれ?)


 目を凝らしても、何かが見えるわけではない。


 けれど確かに、ルルシルの周りだけ空気がきらきらと輝いているように感じる。


 まるで、見えない何かが集まっているかのように。


(気のせい……?)


 そう思いながらも、視線が離せなかった。


 ルルシルは何事もないように薬草を扱っている。


 その仕草は穏やかで、どこか優しくて――


 その周囲の光もまた、彼女に寄り添うように揺れている気がした。


「こちらの薬草をお願いします」


 不意に声を掛けられ、エミリーははっと我に返る。


「は、はい!」


 慌てて薬草を差し出す。


「では私は薬液を量りますね」


「分かりました」


 ぎこちなさはあった。


 だが、お互いを気遣いながら手際よく作業は進んでいく。


 ルルシルは終始穏やかだった。


 責めることもなく、嫌な顔をすることもない。


 その様子に、エミリーは少しずつ緊張を解いていく。


(ルルシル様って……)


(噂で聞いていた方と、全然違う……)


 そしてもう一度、そっと視線を向ける。


 やはり、あの柔らかな光は消えていない。


 理由は分からない。


 けれど――


(なんだか……とても、綺麗……)


 周囲の生徒たちも意外そうな表情で二人を見つめていた。


 やがて実験は無事に終了し、教師が一班ずつ成果を確認していく。


 順番に評価が告げられる中、教室には緊張した空気が漂っていた。


「ヴェリテ嬢、エミリー」


 名前を呼ばれ、二人は顔を上げる。


 教師は調合された薬液をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。


「非常に良い出来です」


「配合のバランスも正確で、薬効も安定しています」


「本日の中でも、特に優秀な結果と言えるでしょう」


 その言葉に、教室がざわめいた。


「えっ……」


「すごい……」


 エミリーは一瞬、言葉を失った。


 そして次の瞬間、ぱっと顔を輝かせる。


「ほ、本当ですか……!?」


「はい、とてもよくできていますよ」


 教師の穏やかな肯定に、エミリーは思わずルルシルの手を取った。


「ルルシル様……! 成功しました……!」


「私、こんなに上手くできたの初めてです……!」


 にこにこと嬉しそうに笑うエミリー。


 ルルシルは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。


「エミリーさんのおかげですわ」


「とても丁寧に作業してくださいましたもの」


「そ、そんな……!」


 エミリーは慌てて首を振る。


「私、ほとんどルルシル様に教えていただいて……」


「でも、とても楽しかったです!」


 その言葉に、ルルシルは優しく頷いた。


「私もです」


 二人の間に、穏やかな空気が流れる。


 その様子を、周囲の生徒たちは驚いたように見つめていた。


 そして――


「ねえ、見た?」


「ええ……あの二人……」


 数人の女生徒たちが、小声で囁き合う。


「思っていたのと、全然違うわね……」


「ルルシル様、あんなに優しい方だったなんて……」


「エミリーさんも、すごく嬉しそうだったわ」


 ひそひそとした声は、やがて意味ありげな視線へと変わっていく。


 その視線は、どこか興味と――別の感情を含んでいた。


 教師は満足そうに頷いた。


「皆さん、お疲れ様でした」


「片付けを始めてください」


 その時だった。


「エミリー」


 教師が声を掛ける。


「薬品棚の整理をお願いできますか」


「はい」


 エミリーは素直に返事をした。


 立ち上がったカインが口を開く。


「俺も残る」


 しかしエミリーは慌てて首を振った。


「い、いえ!」


「すぐ終わりますから、大丈夫です」


 カインは少し迷ったものの、小さく頷く。


「……分かった」


 そう言って教室を後にした。


 他の生徒たちも次々と退室し、教室にはエミリーだけが残る。


 薬瓶を棚へ戻していると、不意に教室の扉が開いた。


「エミリーさん」


 数名の令嬢たちだった。


 エミリーは驚いて振り返る。


「は、はい……?」


 令嬢の一人が上品な笑みを浮かべる。


「少し、お話をよろしいかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。