第十七話 秋風が運ぶ再会【後編】
クレイスは小さく息をつくと、アルクスレイブンとライルへ向き直った。
「では、予定通り案内を進めよう。ライル殿はこちらへ」
「よろしくお願いいたします」
ライルは静かに一礼し、クレイスの後に続く。
アルクスレイブンはルルシルたちへ向き直り、穏やかに微笑んだ。
「改めまして、よろしくお願いいたします。ヴェリテ公爵令嬢」
ルルシルも優雅に一礼する。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ゼイン様」
互いに初対面を装う。
その姿に違和感を覚える者は誰もいなかった。
だがその足元では、淡い光を帯びた小さな精霊たちが、ルルシルの周囲にふわりと集まり始めていた。
袖口にまとわりつき、髪の先に触れ、くすぐるようにくるくると回る。
『ルルシルだ!』
『久しぶり!』
『あったかい!』
嬉しそうに囁き合う声は、彼女にしか届かない。
ルルシルはわずかに視線を落とし、そっと微笑んだ。
(……静かにしていてね)
その無言の願いに応えるように、精霊たちはくすくすと笑いながらも、彼女の周囲を離れずに漂い続けた。
「それでは、ご案内いたしますわ」
イザベルが先頭に立ち、四人はゆっくりと歩き始めた。
◇◇◇
「こちらは一年生の教室です」
イザベルは教室棟を紹介しながら、学園生活について丁寧に説明していく。
「一年生は基本的にこちらの校舎で授業を受けます。選択授業や実技になると別棟へ移動しますの」
「なるほど」
アルクスレイブンは興味深そうに周囲を見渡した。
教室からは談笑する生徒たちの声が聞こえ、廊下では久しぶりの再会を喜び合う姿も見られる。
「活気のある学園ですね」
「ええ。皆、この学園に誇りを持っていますもの」
イザベルはどこか誇らしげに答えた。
一方のカインは退屈そうに大きな欠伸を噛み殺している。
「……早く終わらないのか」
「殿下」
イザベルがすぐさま振り返る。
「案内の途中ですわ」
「分かってるよ……」
カインは面倒そうに肩をすくめた。
その様子を見たルルシルは、小さく苦笑した。
その肩の上では、精霊たちが彼女の髪を引っ張ったり、頬に触れたりして遊んでいる。
『ねえねえ、あの人だよ』
『強いひと!』
『なんかすごい!』
精霊たちの視線が、一斉にアルクスレイブンへと向けられた。
彼の周囲には、他とは異なる濃密な魔力の気配が漂っている。
それに惹かれるように、数体の精霊がふわりと彼の方へ近づいた。
アルクスレイブンは歩みを止めることなく、ほんのわずかに視線を落とす。
誰にも気づかれないほどの微細な動きだった。
だがその瞬間、精霊たちはぴたりと動きを止める。
『こっちみた!』
『遊んでくれるー?』
『こわくないけど……すごい』
ざわめくような気配。
しかし彼は何も言わず、ただ穏やかな表情を崩さない。
精霊たちはしばらく彼の周囲を漂った後、再びルルシルの元へ戻っていった。
◇◇◇
四人は実技棟へと足を運ぶ。
重厚な扉を開けると、広々とした訓練場が姿を現した。
石造りの床には魔法陣が刻まれ、結界柱が等間隔に並ぶ。
奥では高等部の生徒たちが自主練習に励み、炎や風、水の魔法が次々と放たれていた。
魔法がぶつかるたびに澄んだ音が響き、結界が淡く光を放つ。
「こちらが実技訓練場ですわ」
イザベルが説明する。
「実技試験や模擬戦、魔法演習などはこちらで行われます」
「放課後も自主練習をされる方が多いですね」
ルルシルが静かに付け加えた。
精霊たちが床に刻まれた魔法陣の上を滑るように走り回り、光の粒を散らしている。
『ここ好き!』
『いっぱい魔力ある!』
『きらきらしてる!』
楽しげな声が弾む。
「素晴らしい設備ですね」
アルクスレイブンは感心したように訓練場を見渡す。
その足元では、レグロナグラが静かに伏せていた。
堂々たる姿に、イザベルの視線が留まる。
「ゼイン様は契約精霊がいらっしゃるのですね」
アルクスレイブンは一瞬だけレグロナグラへ視線を向けた。
「ええ」
穏やかな笑みを浮かべたまま頷く。
「幼い頃より共におります」
そのとき、レグロナグラはゆっくりと身を起こし、アルクスレイブンの横に静かに立った。
その巨体からは圧倒的な存在感が漂っているが、不思議と威圧感はなく、ただ静かに主の傍に寄り添っている。
そこへ、興味を抑えきれない精霊たちがふわりと近づいてきた。
『おっきい……!』
『あつそう!』
『さわっていい?』
恐る恐る一体がレグロナグラの側へ寄る。
するとレグロナグラはわずかに視線を落とし、炎の気配をほんの少しだけ和らげた。
精霊はその変化に気づき、嬉しそうにくるりと回る。
『やさしい!』
別の精霊が尾のあたりをつつくと、レグロナグラは軽く尾を揺らして応えた。
その動きに合わせて、精霊たちはきゃらきゃらと楽しげに飛び回る。
『あそんでくれる!』
『すごい!』
レグロナグラは決して騒がず、ただ静かに、しかし確かに彼らの遊びに応じていた。
その様子は、主と同じく穏やかで落ち着いている。
「それでは、精霊魔法もお使いになられるのですね」
「はい」
「契約精霊の力を借りることで、通常の魔法よりも強力な精霊魔法を扱うことができます」
「もちろん、それに見合う魔力量は必要ですが」
淀みのない説明だった。
まるで何度も繰り返してきた説明のように。
ルルシルは静かにその言葉を聞いていた。
「やはりそうなのですね」
イザベルはどこか嬉しそうに頷いた。
「私も契約精霊はおりませんが、水精霊に力を貸していただいて魔法を使うことは得意なんですの」
「契約ほど強い力はお借りできませんが、通常の魔法より威力を高められることもあります」
「なるほど」
アルクスレイブンは感心したように頷いた。
「ローゼンティア嬢も精霊との縁が深いのですね」
「ええ。精霊が見える者自体、多くはありませんから」
その肩の上では、小さな精霊たちがルルシルにまとわりつきながらも、ちらちらとアルクスレイブンを見ている。
『やっぱりすごい』
『あの人、ちょっと違う』
『でもルルシルと似てる感じする』
ルルシルは誰にも気づかれないよう、そっと口元へ指を当てる。
『……しー。』
『あっ、ごめんなさい』
小さな精霊たちは慌てて口を押さえ、彼女の周囲にぴたりと寄り添った。
アルクスレイブンだけがその様子に気づき、ほんの一瞬だけ口元を緩める。
しかしすぐに、何事もなかったように視線を訓練場へ戻した。
「精霊魔法は素晴らしいですね」
イザベルは嬉しそうに微笑む。
「ええ」
アルクスレイブンも穏やかに頷いた。
「精霊と人が互いを信頼してこそ成り立つ力ですから」
その言葉に、ルルシルは静かに目を伏せた。
「……ふん」
そのとき、カインが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「随分と立派なことを言うじゃないか」
視線はアルクスレイブンへと向けられている。
「契約精霊だの、精霊魔法だの……結局は力自慢か?」
空気がわずかに張り詰めた。
「殿下、そのようなことは――」
アルクスレイブンは穏やかに言葉を返そうとする。
しかしカインはそれを遮るように続けた。
「違うとでも言うのか? そんな大層な精霊を従えておいて」
その視線が、今度はルルシルへと向けられる。
「それにお前もだ」
「……私、ですか?」
ルルシルは静かに問い返す。
「精霊に好かれているだの何だの……結局は似たようなものだろう」
明らかな八つ当たりだった。
「殿下、それは――」
イザベルが一歩前に出る。
「そのような言い方は失礼ですわ」
はっきりとした声音だった。
「お二人とも、誇示などしておりません」
「……うるさいな」
カインは苛立ったように舌打ちする。
「いちいち口を挟むな」
「殿下!」
イザベルの声が強くなる。
しかしカインはそれ以上何も言わず、踵を返した。
「……もういい」
短く吐き捨てるように言い残し、その場を離れていく。
重い足音が訓練場に響いた。
一瞬の静寂。
ルルシルはその背を見つめ、わずかに眉を寄せる。
「……失礼いたします」
静かにそう告げると、彼女はカインの後を追った。




