↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第二章 初嵐

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/67

第十七話 秋風が運ぶ再会【前編】



 夏の暑さが少しずつ和らぎ、学園の木々はわずかに秋色を帯び始めていた。


 爽やかな風が校舎の窓を抜け、生徒たちの笑い声を運んでいく。


 長い夏休みも終わり、フィオレイン王立魔法学園は再び活気を取り戻していた。


 ヴェリテ公爵家の馬車が正門前で止まる。


 クレイスが先に降りると、いつものようにルルシルへ手を差し伸べた。


「足元に気をつけろ」


「ありがとうございます、お兄様」


 ルルシルは穏やかに微笑み、石畳へ降り立つ。


 秋風に銀色の髪がふわりと揺れた。


 その周りを、小さな精霊たちが楽しそうに飛び回る。


『学校だー!』


『久しぶりだね!』


『今日は何して遊ぶの?』


 口々に話しかけてくる精霊たちに、ルルシルは誰にも気づかれないほど小さく微笑んだ。


「ルルシル!」


 振り向くと、校門の前でイザベルが大きく手を振っていた。


「おはよう、イザベル」


「おはよう。夏休みはいかがでした?」


「穏やかに過ごしておりました」


「ふふっ、ルルシルらしいお返事ですわ」


 二人は並んで校舎へ向かう。


 周囲では久しぶりに再会した生徒たちが夏休みの思い出を語り合い、廊下には賑やかな声が響いていた。


 そんな中、一つの話題があちこちから聞こえてくる。


「留学生が来るんだって」


「アッシェン王国かららしいぞ」


「しかも名門公爵家の子息なんだとか」


 イザベルも興味深そうに耳を傾ける。


「どのような方なのでしょうね」


「きっと優秀な方なのでしょう」


 ルルシルは静かに答えた。


 その横顔は、いつもと変わらない。


 だが心の中では、王城で交わした約束を思い返していた。


(学園では、ゼイン公爵家の子息として……)


 誰にも知られてはならない。


 王太子であることも、アッシェンで親交を深めたことも。


 ルルシルは静かに気持ちを整えた。


    ◇◇◇


 始業式が始まる。


 全校生徒が講堂へ集まり、学園長が壇上へ立った。


「皆さん、おはようございます」


 夏休み明けの挨拶が終わると、学園長は穏やかな笑みを浮かべた。


「本日より、本校へ新たな留学生を迎えます」


 講堂がざわめく。


「アッシェン王国ゼイン公爵家より、アルクスレイブン・ゼイン公子。そしてグラン伯爵家よりライル・グラン様です」


 大きな扉が開く。


 二人は堂々と講堂へ足を踏み入れた。


 落ち着いた紺色の制服をまとい、堂々と歩くアルクスレイブン。


 一歩後ろにはライルが続く。


 女子生徒たちから小さな歓声が上がった。


「素敵……」


「背が高い……」


「公爵家の方なんですって」


 アルクスレイブンは壇上で一礼する。


「アルクスレイブン・ゼインと申します。本日より皆様と共に学ばせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 続いてライルも簡潔に挨拶を終えた。


 ルルシルは静かにその姿を見つめる。


 目が合うことはない。


 互いに知らない者同士として振る舞う。


 それが、王たちとの約束だった。


    ◇◇◇


 始業式の後、生徒たちはそれぞれの教室へ戻り、ホームルームが始まった。


 イザベルのクラスでも、担任教師が教壇に立ち、出席確認や連絡事項を淡々と進めていく。


 夏休み明けの教室はどこか浮き立った空気に包まれていた。


 そんな中、担任がふと話題を変える。


「さて、皆も知っている通り、本日より留学生が来ている」


 教室内がざわめく。


「同学年にはゼイン公爵家の子息、アルクスレイブン・ゼイン殿が編入される」


 女子生徒たちの間で小さな歓声が上がった。


 担任はそれを軽く制しながら続ける。


「そこでだが、校舎案内を任せる者を決める必要がある」


 視線が教室内をゆっくりと巡る。


 そして、ぴたりと一人に止まった。


「イザベル・ローゼンティア」


「はい」


 イザベルはすぐに立ち上がり、優雅に一礼する。


「君なら適任だろう」


 その言葉に、教室のあちこちから納得の声が上がる。


「確かに……」


「イザベル様なら安心だわ」


 担任は頷いた。


「礼儀作法、学園の規則、どれを取っても申し分ない。ゼイン殿の案内を任せる」


「承知いたしました」


 イザベルは落ち着いた声で答える。


 その表情はいつも通り穏やかだったが、内心では少しだけ胸が高鳴っていた。


(ゼイン公爵家のご子息……どのような方なのでしょう)


 担任は最後に一言付け加えた。


「なお、必要であれば補助をつけても構わん。柔軟に対応するように」


 その言葉を聞いた瞬間、イザベルの瞳がわずかに輝いた。


(補助……)


 ふと、ある人物の顔が思い浮かぶ。


 夏休みの間、ほとんど顔を合わせることができなかった友人。


 いつも図書館にこもってばかりで、なかなか一緒に過ごせなかったあの時間。


(そうですわ……)


 イザベルは心の中で小さく微笑む。


(今日は、しっかり付き合っていただきましょう)


 ほんの少しだけ、いたずらを思いついたような表情が浮かんだ。


 優雅な令嬢の仮面の奥で、静かに企みが形を成していく。


「はい」


 イザベルは再び一礼し、席へと戻った。


 教室のざわめきはしばらく収まらなかった。


    ◇◇◇


 ホームルームが終わり、その日の予定はすべて終了となった。


 久しぶりに再会した友人と語り合う者。


 寮へ戻る者。


 図書館や自習室へ向かう者。


 学園には穏やかな昼の時間が流れていた。


 ルルシルもいつものように図書館へ向かおうとした、その時だった。


「ルルシル」


 イザベルが袖を軽く引く。


「今日は図書館は禁止です」


「え……?」


「留学生の方をご案内することになりましたの」


「ですが、案内ならイザベルがお一人でも……」


「駄目です」


 イザベルはにっこりと笑う。


「あなたも一緒です」


「でも、図書館へ返却する本が……」


「図書館は逃げません」


「それに、毎日通っているではありませんか」


 ルルシルは困ったように瞬きをした。


「……そう、ですね」


「今日はわたくしに付き合ってください」


 その言葉に、小さく微笑む。


「分かりました」


 その時だった。


その時だった。


「王太子殿下!」


 イザベルの凛とした声が廊下に響く。


「えっ……?」


 突然の呼びかけに、ルルシルは思わずイザベルを振り返った。


(なぜ、ここで殿下を……?)


 一瞬だけ目を丸くする。


 少し離れた場所で、カインはエミリーと談笑していた。


 だがその呼び声に、ぴたりと動きが止まる。


 エミリーもぱちりと目を瞬かせ、呼び声のした方へ視線を向けた。


 その声の主がイザベルだと分かった瞬間、カインは露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「……は?」


 エミリーは状況を察したように、穏やかに微笑む。


「殿下、お呼びのようですね」


「……ああ」


「では、私はこれで失礼いたします」


 エミリーはルルシルたちへも小さく一礼すると、その場を後にしようとした。


「お、おい、エミリー」


 思わず呼び止めかけるカイン。


 だがエミリーは足を止めることなく、振り返って柔らかく微笑んだ。


「また、お話を聞かせてくださいね」


 そう言い残し、人混みの向こうへと歩き去っていく。


 カインはその後ろ姿を名残惜しそうに見送り、小さく息をついた。


「……なんだよ」


 渋々といった様子で、イザベルたちのもとへ歩み寄る。


 明らかに気乗りしていない足取りだった。


 イザベルはそんな様子など気にも留めず、優雅に一礼する。


「殿下、私たちは今から留学生の校舎案内に参ります」


「は?」


「殿下もご一緒に来てくださいませ」


「はぁ!?なんで俺が!!」


 思わず声を荒げるカイン。


 だがイザベルは一歩も引かない。


「駄々をこねないでくださいまし!」


 ぴしゃりと言い放つ。


「殿下は王太子として、この学園の良さを他国の方に伝えないのですか?」


 さらに畳みかけるように続けた。


「それに、ルルシルも一緒なんですのよ?婚約者でしょう!?」


「……っ」


 その言葉に、ルルシルは目を見開いた。


「ちょっと、イザベル……!」


 思わず声を上げる。


 周囲にいたクラスメイトたちもざわめき始めた。


「確かに……」


「殿下も行くべきでは?」


「婚約者なんだしな」


 次々と同調する声が上がる。


 カインは顔をしかめ、舌打ちしそうな表情を浮かべた。


「……ちっ」


 完全に包囲されている。


 イザベルの視線も、周囲の空気も、逃げ場を与えてくれない。


「……分かったよ」


 観念したように肩を落とす。


「行けばいいんだろ」


 その言葉に、イザベルは満足そうに微笑んだ。


「ええ、ありがとうございます殿下」


 こうして、思いがけず人数の増えた校舎案内が始まることとなった。


 その時、廊下の奥から三人の姿が現れた。


 アルクスレイブンとライル、そしてクレイスである。


 三人は並んで歩きながら、クレイスが落ち着いた声で説明していた。


「ここが一年生の教室がある階だ。ゼイン殿はこちらのクラスになる」


「なるほど」


 アルクスレイブンは静かに頷く。


 ライルも周囲を見渡しながら、興味深そうに視線を巡らせていた。


 その時、クレイスがこちらに気づく。


「カイン殿下、ルルシル、ローゼンティア嬢」


 三人に声をかけると、視線をアルクスレイブンへ向けた。


「ゼイン殿の案内人は誰になった?」


 その問いに、イザベルが一歩前へ出る。


「クレイス様、私たち三人ですわ」


「……三人?」


 クレイスはわずかに眉をひそめる。


 予想外だったのだろう。


 イザベルはにこやかに頷いた。


「はい」


 その様子に、クレイスは一瞬だけ言葉を失った。


 だがすぐに小さく息をつき、状況を受け入れるように視線を戻す。


 アルクスレイブンはそのやり取りを静かに見守っていた。


 秋風が廊下を通り抜け、わずかに空気を揺らす。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。