第十三話 市場へ【前編】
中央市場へ足を踏み入れると、一層賑やかな声が辺りを包み込んだ。
「いらっしゃい!」
「焼き菓子はいかがですか!」
「今日採れたばかりの果物だよ!」
店先には色鮮やかな果物や野菜、香辛料、木工細工、織物などが並び、人々と精霊たちが自然に行き交っている。
その光景を眺めていたカインが、不意に立ち止まった。
「俺は少し別の店を見てくる」
クレイスがすぐに反応する。
「殿下、お一人では危険です」
「別に一人じゃない」
カインは面倒そうに肩をすくめた。
「護衛のお前が来れば問題ないだろ」
クレイスは小さく息を吐き、ルルシルへ視線を向けた。
「……ルルシル、すまない。殿下を追うよ」
ルルシルが静かに頷く。
「お気を付けください」
クレイスはさらにアルクスレイブンへ向き直り、深く頭を下げた。
「殿下、申し訳ありません」
そしてサラへ視線を移す。
「サラ、ルルシルとセシル様を頼む」
「お任せください」
短く言い残すと、クレイスはすぐにカインの後を追った。
そうして、
ルルシル。
セシル。
サラ。
アルクスレイブン。
四人で市場を見て回ることになった。
◇◇◇
「あっ!」
セシルが目を輝かせる。
「お姉様、あちらをご覧ください!」
木彫りの動物が並ぶ店。
その隣には焼き菓子の店。
さらに奥には色鮮やかな布地が風に揺れている。
「どれも素敵ですね」
ルルシルが微笑むと、アルクスレイブンも頷いた。
「市場は城下町で最も賑わう場所です」
「国内だけでなく、他国から訪れる商人も多くおります」
歩きながら、アルクスレイブンは一軒の店の前で足を止めた。
「こちらをご覧ください」
店内には、光を受けて美しく輝くガラス細工が並んでいた。
花。
鳥。
蝶。
楓の葉。
どれも繊細で、まるで本物のように美しい。
「綺麗……」
ルルシルは思わず息を呑んだ。
アルクスレイブンは静かに説明する。
「アッシェンでは炎属性の魔法を得意とする者が多くおります」
「王家も代々、炎魔法を受け継いでおります」
「そのため、炎魔法を生かしたガラス工芸が古くから発展しました」
セシルは興味津々でガラス細工を見つめる。
「こんなに透き通っているのですね」
「ええ」
「こちらは王家お抱えの職人が営む工房です」
「王族の調度品や、式典で使用する装飾品なども製作しております」
職人が炎魔法で赤く熱したガラスをゆっくりと形作っていく。
迷いのない手つきに、ルルシルは思わず見入っていた。
「まるで魔法そのものが芸術になっているようです」
「ありがとうございます」
職人は嬉しそうに笑った。
「そのお言葉だけでも励みになります」
◇◇◇
店を出ると、セシルがルルシルを見上げた。
「ルルシルお姉様は、どこかご覧になりたいお店はございますか?」
ルルシルは少し考え、小さく首を振る。
「私は皆様が楽しんでくだされば十分です」
するとサラが優しく微笑んだ。
「お嬢様」
「せっかくアッシェンまで来られたのですから、ご自分のためにも何かご覧になってくださいませ」
「このような機会は滅多にございません」
「ですが……」
「駄目です」
サラはにっこり笑う。
「本日は侍女としてではなく、一人の女性として申し上げます」
「ぜひ装飾品をご覧ください」
ルルシルは困ったように笑った。
「分かりました」
その様子にアルクスレイブンが口を開く。
「それでしたら、ご案内いたします」
「装飾品を扱う店が近くにございます」
◇◇◇
店内へ入ると、小さなガラス玉や宝石を使った髪飾りが所狭しと並んでいた。
「わぁ……」
セシルが目を輝かせる。
「どれも素敵です!」
アルクスレイブンは一つの髪飾りを手に取る。
銀色の小花をあしらい、小さな透明のガラスが朝露のように輝いている。
「こちらはいかがでしょう」
「ご令嬢の銀髪によく映ると思います」
「私はこちらが好きです!」
セシルは青い小花の髪飾りを嬉しそうに持ち上げる。
「お姉様のお瞳に似ています!」
二人が真剣な表情で選んでいる姿に、サラは思わず笑みを浮かべた。
「お二人とも、まるでご兄弟のようですね」
ルルシルも自然と笑みをこぼす。
「ありがとうございます」
その一方でサラは次々と商品を手に取っていた。
「こちらもお似合いです」
「こちらはいかがでしょう」
「これも素敵です」
「サ、サラ……」
ルルシルは苦笑する。
「まだございますよ」
「今日は存分にお試しください」
店主も微笑みながら頷く。
「どうぞご遠慮なく」
精霊たちまで楽しそうに飛び回る。
『かわいい!』
『それ似合う!』
『こっちもつけてみて!』
ルルシルは何度も髪飾りを付け替え、その度に皆が楽しそうに笑っていた。
◇◇◇
市場を一通り見て回る頃には、少し歩き疲れていた。
アルクスレイブンが前方の小さな店を指差す。
「少し休憩にいたしましょう」
木造の小さな喫茶店だった。
扉を開けると、木の香りと焼き菓子の甘い香りが広がる。
窓際には季節の花が飾られ、落ち着いた空気が流れていた。
アルクスレイブンは少し申し訳なさそうに微笑む。
「本来であれば、来賓の皆様をお連れするような場所ではないのですが……」
「私が幼い頃からよく訪れている店なのです」
「もしご不快でしたら、別のお店へ――」
ルルシルは静かに首を振った。
「いいえ」
「とても落ち着く、素敵なお店ですね」
「私はこちらのようなお店、とても好きです」
セシルも嬉しそうに辺りを見回す。
「私もです!」
「王城とはまた違う雰囲気で、わくわくします!」
その言葉に、アルクスレイブンはほっとしたように笑みを浮かべた。
「それを聞いて安心いたしました」
サラは一歩下がり、静かに頭を下げた。
「お嬢様、私は外でお待ちいたします」
「えっ?」
セシルが驚いたように振り返る。
「サラも一緒に行きましょう!」
「いえ、私は――」
サラが遠慮しようとしたその時、
アルクスレイブンが穏やかな声で言った。
「あなたも疲れているでしょう」
「今は休みなさい」
サラは一瞬言葉を失い、戸惑ったように視線を伏せる。
ルルシルが静かに口を開いた。
「殿下、お気遣いいただきありがとうございます」
「サラ、お言葉に甘えましょう」
「……かしこまりました」
サラは小さく頭を下げた。
四人は窓際の席へ腰を下ろす。
窓から吹き込む涼しい風が、ゆっくりとカーテンを揺らした。
穏やかな時間が、静かに流れていくのだった。




