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Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第一章 花起こし

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第十二話 精霊と生きる国【後編】

 


 王城を後にした一行は、石畳の大通りをゆっくりと歩いていた。


 城下町へ近づくにつれ、人々の笑い声や店先の呼び込みが次第に大きくなっていく。


「焼きたてのパンはいかがですかー!」


「新鮮な果物だよ! 甘いよー!」


「布はいらないかい? 丈夫で長持ちだよ!」


 威勢のいい声があちこちから飛び交い、荷車の軋む音や、子どもたちのはしゃぐ声が重なり合う。


 赤茶色の屋根が並ぶ街並みは、木の温もりを感じさせる建物が多く、窓辺には色鮮やかな花々が飾られていた。


 道の両側には楓の木が植えられ、その青々とした葉が涼しい風に揺れている。


 その少し後ろを、カインとクレイスが一定の距離を保ちながらついてきていた。


 カインは腕を組み、どこか不機嫌そうに視線を逸らしている。


 クレイスはそんな彼を横目で見ながらも、周囲への警戒を怠らない。


「とても素敵な街ですね」


 ルルシルは穏やかに微笑んだ。


「昨日は王城しか拝見できませんでしたが、街並みもとても美しいです」


「ありがとうございます」


 アルクスレイブンも静かに笑みを浮かべる。


「城下町は、王都でありながら自然と共に暮らすことを大切にしております」


「建物を建てる際も、古くからある木々はできる限り残すようにしているのです」


 ルルシルは街路樹へ目を向けた。


 確かに、建物は木々を避けるように建てられている。


 自然と人が寄り添うような街並みに、アッシェン王国らしさを感じた。


 その時だった。


『ルルシル!』


『また会えた!』


 小さな精霊たちが嬉しそうに飛んでくる。


 昨日庭園で会った精霊たちだった。


「こんにちは」


 ルルシルが微笑むと、精霊たちは肩や腕の周りを楽しそうに飛び回った。


『今日は元気そう!』


『安心した!』


『お散歩するの?』


「はい」


「皆さんの国を案内していただいています」


『いいなぁ!』


『いっぱい楽しんでね!』


 その様子を見ていたセシルが目を輝かせる。


「本当に会話されているのですね」


「はい」


「皆さん、とても歓迎してくださっています」


 アルクスレイブンも穏やかな表情でその光景を見守っていた。


 ◇◇◇


 しばらく歩くと、広々とした牧草地が見えてきた。


 のどかな草原では羊や牛たちがゆったりと草を食み、牧童たちが穏やかな笑顔で世話をしている。


 その傍らでは風の精霊が柔らかな風を送り、暑くならないよう手伝っていた。


 水の精霊は桶へ澄んだ水を満たし、小さな土の精霊は牧草を元気に育てている。


「精霊たちも、お仕事をしているのですね」


 セシルが感心したように言う。


「仕事というより、お互いに助け合っているのです」


 アルクスレイブンが答えた。


「人も精霊も、この国では家族のような存在ですから」


 ルルシルは微笑みながら頷く。


「だから皆さん、とても穏やかなのですね」


『そうだよー!』


『楽しいもん!』


『人間さん優しい!』


 精霊たちも誇らしげに笑った。


 ◇◇◇


 さらに進むと、香ばしい匂いが漂ってくる。


 パン屋だった。


「焼きたてだよー! 今出したばかり!」


「いい香りだろう? 寄っていきな!」


 店先では客と店主のやり取りが賑やかに交わされている。


 焼きたてのパンが並ぶ店先では、小さな風の精霊が窯へ風を送り、火の精霊が温度を保っている。


 花屋では水の精霊が花へ優しく水を与え、鍛冶屋では火の精霊が炉の炎を支えていた。


 金属を打つ音が響き、花屋からは甘い香りが漂う。


「どのお店にも精霊がいますね」


 セシルが驚いたように言う。


「ええ」


 アルクスレイブンは頷く。


「人々も精霊たちへ無理をさせることはありません」


「互いに助け合い、感謝を伝え合う。」


「それが、この国では当たり前なのです」


 その時だった。


「あっ……!」


「王子様だ!」


「アルクスレイブン様だ!」


 通りを行き交う人々の間から、次々と声が上がる。


「今日も見回りですか!」


「いつもありがとうございます!」


「王子様、お疲れ様です!」


 商人や主婦、職人たちが手を止め、軽く頭を下げたり、笑顔で声をかけたりする。


 アルクスレイブンはその一つ一つに穏やかに頷き返した。


「皆さんも、お疲れ様です」


「何か困ったことがあれば、遠慮なく申し出てください」


 その自然なやり取りに、ルルシルは静かに目を細める。


 その時だった。


「王子様!」


「アルクスレイブン様!」


 数人の子どもたちが駆け寄ってきた。


 手には花や小さな木の実を持っている。


「よう」


 アルクスレイブンは自然な笑みを浮かべ、しゃがんで目線を合わせた。


「どうした?」


「これ、あげる!」


「昨日のお礼!」


 子どもたちは嬉しそうに差し出す。


「ありがとう」


 アルクスレイブンはそれを受け取り、優しく頭を撫でた。


「元気そうでよかった」


「ねえねえ、今日も見回りしてるの?」


「ああ」


 アルクスレイブンは頷く。


「毎日、街の様子を見て回っているんだ」


「やっぱり!」


「王子様、いつも来てくれるもんね!」


 子どもたちは誇らしげに笑う。


「ひゃっ!? や、やめてってばーっ!」


 その声と同時に、アルクスレイブンの傍らに控えていたレグロナグラが低く唸り声を上げた。


 どうやら一人の子どもが、興味本位でその長い尻尾をつついたらしい。


 次の瞬間、レグロナグラは素早く身を翻し、その子どもを追いかけ始めた。


「うわあああっ! ごめんなさいーっ!」


 子どもは慌てて逃げ回り、仲間たちはきゃあきゃあと騒ぎながら散り散りに逃げる。


 周囲の大人たちも思わず笑い声を上げた。


「ははは、またやってるな」


「元気だねえ」


 レグロナグラは本気ではないものの、明らかに不機嫌そうに尾を振りながら追い詰めていく。


「……何をしているんだ」


 アルクスレイブンが呆れたように額に手を当てる。


「レグロナグラ、そこまでだ」


 静かな声で呼びかけると、レグロナグラはぴたりと動きを止めた。


 不満げに鼻を鳴らしながらも、ゆっくりと振り返る。


 その隙に子どもは逃げ出し、仲間たちの後ろへと隠れた。


「だって、ちょっと尻尾触っただけで!」


「当たり前だろう」


 アルクスレイブンはため息をついた。


「嫌がることをするな」


 子どもはしゅんと肩を落とす。


「ご、ごめんなさい……」


 アルクスレイブンは軽く頭を撫でる。


「次から気をつけろ」


 レグロナグラはまだ少し不満げに尾を揺らしながらも、アルクスレイブンの横へ戻ってきた。


「すごい……」


 セシルが目を丸くする。


「ちゃんとお話が通じているのですね」


 すると子どもたちがルルシルとセシルへ興味津々に近づいてきた。


「ねえねえ!」


「お姉さんたち、お客さん?」


「王子様と一緒にいる!」


 ルルシルは少し驚きながらも、優しく微笑む。


「はい、少しの間お世話になります」


「へえー!」


「いいなあ!」


 セシルも楽しそうに笑った。


「とても素敵な国ですね」


「でしょ!」


「王子様が守ってくれてるんだよ!」


 子どもたちは誇らしげに胸を張る。


「毎日見回りしてくれるし!」


「困ったことあったらすぐ来てくれるんだ!」


 その言葉に、ルルシルはアルクスレイブンへ視線を向けた。


 アルクスレイブンは少し照れたように視線を逸らす。


「……大したことではありません」


 子どもたちは満足そうに笑い、手を振りながら去っていく。


 その様子を見ていたルルシルは、柔らかく微笑んだ。


「とても慕われていらっしゃるのですね」


「いえ……」


 アルクスレイブンは少し照れたように視線を逸らす。


「皆が優しいだけです」


 その少し後ろで、その光景を見ていたカインは、さらに不機嫌そうに顔をしかめた。


「……ちっ」


 小さく舌打ちし、視線を逸らす。


 クレイスはそれを見て、静かにため息をついた。


 ◇◇◇


 アルクスレイブンは気を取り直すように微笑む。


「それでは、もう少し先へ参りましょう」


「はい」


 ルルシルが頷く。


 その後ろを、カインとクレイスが変わらずついてくる。


 カインは相変わらず不機嫌そうにしながらも、しっかりと距離を保っていた。


 するとセシルが目を輝かせ、広場の向こうを指差した。


「お姉様、見てください!」


「あちら、とても賑わっています!」


 視線の先には、大きな市場が広がっていた。


「安いよ安いよー!」


「今朝採れたばかりだ!」


「見ていってくれ!」


 威勢のいい声が飛び交い、人々の足音や笑い声が絶えない。


 新鮮な野菜や果物。


 色鮮やかな織物。


 木工細工や工芸品。


 子どもたちの笑い声が響き、人々と精霊たちが自然に行き交っている。


 アルクスレイブンは市場へ視線を向ける。


「ここが、アッシェン王国で最も賑わう中央市場です」


「この先には、まだ皆様へご紹介したい場所がたくさんございます」


 ルルシルは楽しそうに微笑んだ。


「とても楽しみです」


 その笑顔を見た精霊たちは嬉しそうに空を舞い、小さな光の軌跡を描く。


 アッシェン王国の穏やかな一日は、まだ始まったばかりだった。

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