王太子視点4
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「――始めましょう。此処で待っていて」
婚約者が靴を脱ぎ捨て、暗闇に向かって歩き出した。草を踏みしめる音が聞こえる。離れていく豊かな金の髪と白いドレスは暗闇に溶けていくようだ。
暫く進むと立ち止まり、控えていたメイドと護衛が手にしていたランタンを消した。
不意に闇に包まれ緊張が走る。側近たちの息遣いが聞こえる。
いったい彼奴は何をするつもりなんだ……?
――――♪
暗闇に澄んだ歌声が響いた。穏やかで心に寄り添うような柔らかな声色。暫く聞き惚れた後、それが婚約者のものだと気付いた。
大きくはないのに不思議と離れている私の元へ届いてくる。暗闇に立つ姿は魔力で仄かに輝き、金の髪が風に揺れている。彼女はゆったりと体を揺らしながら歌い続ける。
歌声が空気に溶け込んでいく。夜空に響き、風に乗り、周囲に歌声が満ちてくる。
「……蛍か?」
誰かが呟いた。いつの間にか一面に仄かな光の粒が無数に浮かんでいた。皆、所在なさげにふわりふわりと揺れている。
神官であるソルが恐れるように囁いた。
「いえ、あの光は人の魂です。あの方は魂送りをしているのです。こんなに……」
「そんな!では……」
側近たちが動揺しているが私は目を離すことができない。
やがて息を吐ききるように歌が止んだ。静寂の中、数多の光と佇む彼女が残された。
一呼吸の後、彼女が高く跳ねた。
――――ドン!!!!
「……っ!!」
突然大きな音に足元から突き上げられた。光達も一斉に跳ね上がる。
ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドン。ドン、ドン、ドン――――。
腹に響く音が続く。見れば彼女が舞うように跳びはねていた。白く美しい脚が跳ね上がるドレスの裾から覗く。彼女が地面を踏みしめる度に音が鳴る。まるで戦場で鼓舞する太鼓の様だ。
ぼんやりとしていた光が跳ね上げられながら輝きが増していく。やがて同じリズムに乗り一つの塊の様になっていった。
彼女の舞は続く。美しく広がる金の髪は輝き、柔らかな肢体は自由で勇ましく、奏でられる音は複雑に重なり合っていく。大地を震わす響きに声も出せない。
白い拳が天に向かい突き上げられた。
――――うおおぉおぉぉおおお!!!
大勢の男達の雄叫びに思わず耳を塞ぐ。
歌声に数多の声が重なる。これは兵士達の歌だ。
彼女は戦場を這うように体を揺らす。時に金の髪を激しく振り、勇敢に、時に祈る様に声を絞り出す。
光の粒が人の形に変わっていく。半透明の姿が重なり、雄叫びを上げ、走り、剣を振るう。そして次々と倒れていく。
次第に声は減っていき、ついに歌声は消えた。全身が粟立つ。
横たわる光の兵士達の中に彼女がひとり、息を切らせて立っている。その表情は愁いを帯びながらも凛としている。
彼女は聖母の様な眼差しで歩き出し、ひとりの兵士を覗き込んだ。
歌声が響きだす。
――――♪
さっきとは異なり、穏やかな声。これは愛の歌だ。愛しい人を思い幸せを願い、細やかな日常の喜びを尊ぶ者の想いだ。民達の願いだ。心が震える。
やがて地に伏していた兵士達は光の粒に戻り透明に輝きだした。
彼女は天に願うよう上を向いて歌う。
その視線を追うように夜空を見上げると、上空に星とは異なる無数の光が浮かんでいた。まるで地上に残された光達を迎えに来たかの様だ。
彼女が両手を広げると、地上の光が一斉に舞い上がった。
数多の光に包まれて歌が始まる。
――――♪
その歌声はこの上なく清澄で慈愛に満ちている。
歌に導かれるように光達は地上を離れ上っていく。やがて光達は空中で出会い、ダンスをするようにくるくると回った後、夜空に吸い込まれていく。
最後の挨拶をするように光の粉が地上に振り注ぎ、再び辺りが暗くなった。
残されたのは静寂。
私は声を出すことができずにいた。
お読みいただきありがとうございました。




