王太子視点2
続きを開いていただきありがとうございます。
夜更けの王城で怪しげな行動をする婚約者を見つけた私は、側近達を伴い恐れることなく森に入った。
だが咄嗟のことで灯り等の魔導具はない。モモと寛いだ後なので剣もコラドしか持っていない。自然、尾行対象との距離が近くなった。
婚約者たちは迷うことなく暗闇を進んでいく。
「――深夜に付き合わせてごめんね」
思いがけず柔らかい声にどきりとする。婚約者の声だった。いつもの高位貴族然とした慇懃な声色ではない。
気負わない主従のやり取りの後、銀髪のメイドがランタンを点けた。婚約者の姿が暗い森に照らされる。
王家の象徴とも言える煮詰めたような濃い金色の豊かな髪が、高貴な存在を主張するかのように揺れる。
公爵家は王家の流れをくむ為似た色彩を持っており、私とふたり並ぶと「対のよう」と称されることがよくある。王家と傍流を一緒くたにするなど無礼ではないかと常々思っているが。
婚約者として引き合わされたのは8歳。今では私が見下ろしてやっているが、その頃は婚約者の方が背が高く、王子である私を顎をつんとして見下ろしてきた。
有難くも私自ら立場の違いを教え説いてやったというのに、冷めた目で頭を下げた態度も気に入らなかった。涙を流して反省するべきだろうに。
それでも婚約は結ばれてしまい、王太子妃教育の為王城に部屋を与えられることになった。我が物顔で城内を歩く姿は見る度に私を不快にさせた。
今でこそ怜悧な美貌の賢女と持て囃されているが無愛想で賢しらなだけだ。モモの様な可憐さは微塵もない。
主である私に合わせるべきと心を砕き都度々々言い聞かせてやっていると言うのに、一向に改善せず己を顧みない。つくづく気に入らない。女としての向上心が無いのか。
これまで、可愛げが無いだけならと目を瞑ってやっていた。だがアイツは醜悪な本性をついに隠し切れなくなったのだ!
私の最愛であるモモを、可憐で無垢な愛すべき女性をあろうことか虐げたのだ。このような非道な心根の者を国母とするわけにはいかない。私はこの国を導く未来の王として立ち上がり蔓延る悪に鉄槌を下す!
これは言わば聖戦なのだ――!
「まだ地面が濡れてます。今日で無くてもよろしいのではないですか?」
私が尊い志で奮起する思いは、婚約者の銀髪メイドの呑気な声に遮られた。
そうだ、明日はお前の人生が終わる大事な大事な卒業式だ。早く帰って寝るがいい。
なのに婚約者は足を止める素振りすらない。その上衝撃的な言葉を発した。
「だめよ。こんな時間に王城に居られるのは今日までだもの。言ったでしょう?明日には王太子殿下に婚約破棄を言い渡されるのよ。そうなったら即退去よ」
んな! 何でそのことを――?!
思わず声を上げそうになるが次期宰相で私の右腕となるオスヴィンに口を塞がれた。倒れ込んで当たった枝が揺れる。……危うく気付かれるところだった。
それにしても誰が明日の情報を婚約者に渡したのだ?限られた者しか知らない筈。もしや、婚約者の弟であるトルキルか!
口を塞がれたまま目線だけでトルキルに問うと、トルキルは驚いた様子で首を横に振った。コラドとソルも同じように首を振る。視線を背後にいるオスヴィンに向けると私をおさえる手を放しながら否定した。
「くそっ」
情報漏洩の犯人を見つけたい所だが今はやつらを尾行することが先だ。……うん?明日城を出される覚悟でいるということは、婚約破棄されるに足る己の非を自覚していると言えるではないか。
……ふん。這いつくばって許しを請うなら側妃として使ってやらなくもない。私は寛大だからな。
口元を緩めていると、婚約者の護衛が話しだした。
「……本当に王立学園の卒業パーティーでそんな暴挙がおきるんすか?国中の貴族が集まる場で王太子が浮気相手を小脇に抱えて婚約破棄を叫ぶとか常軌を逸してるとしか思えないんすけど」
「色々ピンクな男爵令嬢」
んなぁぁぁぁぁぁ?!!!私達の真実の愛の宣言を常軌を逸しているとは何事か!崇高過ぎて下賤な者には理解できないということか?!明日は皆がわかるまで滔々と説いてやらねばならんな!それよりもメイドが言うピンクな令嬢とはモモのことか?!
「ふふ。凄いわね。恋ってステキね」
婚約者が珍しく楽し気に笑った。護衛やメイドと違い腐っても公爵令嬢だ。私の崇高さを理解できる知性は持っているようだ。
明日下す刑罰を手加減してやらなくもないと思っているとメイドが続けてきた。
「……本当にそう思ってます?」
「どうかしら?うーん……。目立ちたくはないからできれば色恋劇に巻き込まないで欲しいとは思うわね」
「ですよね。阿呆過ぎますよね。何なんですか?あの男爵令嬢。ピンクの髪にでっかいピンクのリボン着けて、偶に近づいてきたかと思えば床に転がって『ひどいひどい』って喚いて帰ってく。砂遊び好きな犬かなんかですか?背中に蚤でも飼ってるんですか?」
「んなっ……!」
声が出そうになり咄嗟に手で口を塞いだ。
モモはよく学園の人気のない場所で声を潜めて泣いていた。婚約者の手の者に貶められ、服は汚れていても流す涙は清らかで美しかった。その頬を撫でてやるとピンク色の瞳を潤ませて微笑む姿は痛ましくも可憐だった。私はその度に彼女に相応しい美しいドレスとリボンを用意してやっていたのだ。
その清廉なモモを汚しておきながら、蚤のついた犬に例えて嘲るとはなんたる悪逆非道!
ギリギリと奥歯を噛みしめる。
「私は『悪役令嬢』らしいわよ?」
そうだ!お前こそが悪だ!!
「は?悪役はむしろ嬉々として不貞するあちらの方では?!」
………………………………………は?
私の脳の処理速度が一気に低下した。
お読みいただきありがとうございました。




