公爵令嬢視点3
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婚約者とピンクちゃんの戯れなんて心底どうでもいいと前を見る。
「そんなことより、やっと女神様との約束が果たせるわ」
「お嬢様、生まれ変わる前に女神様にお会いになったんですよね?」
オトが少しだけ近づいて見上げてくる。かわいい。
「そう。この世界では昔、戦争があったでしょう?多くの戦死者が出た。女神様が言うには余りにも呆気なく死を迎えた魂はまだこの世を彷徨っているそうなの。そして大切な人の帰りを待っていた者達も次の生に向かうことができないでいる。……循環する魂の数が減ると休むことができなくて世界そのものが疲れてしまうんですって。女神様には留まっている魂を送りだす手助けをするよう頼まれたのよ」
気付いたらいた真っ白な世界。
「お願い!私の世界を助けて!」と幼い少女の姿をした女神様に両手を握られて懇願された。何故私だったのかは聞いてない。混乱しててそこまで頭が回らなかった。
今でも偶に「なんで私が?」って思うことがある。約束を果たしたら女神様特典をくれるらしいから頑張るけど。
オトが目を丸くする。
「なんか、何度聞いても凄いですね」
「ふふ。ムチャブリよね。私なんて、前世は半分引き籠りの歌い手よ?」
「お嬢様の前世は歌手だったのですか?」
「うーん、ちょっと違うのよ。前世には顔を出さないで世界中に繫がる道具があってね。そこで好きな歌を歌ったり作曲したりしてたの。少しずつ聴いてくれる人が増えてきて楽しくなってきたぁって思ってたら、ね」
きっと事故にあったんだと思う。偶にはやる気出すかーと家を出た記憶が最後だ。
オトが悲し気に眉を顰める。
「若くして亡くなったんですね。……けど今世でお嬢様とお会いできて幸せです」
「ありがとう。私もオトやリツがいてくれて嬉しいわ」
微笑むとオトの口元がほころぶ。リツは見えないけどウゲッて顔はしてない、と思う。
「ところでお嬢様、魂を送り出すとはどのようにするのですか?」
「それはね『歌』よ」
「歌、ですか」
オトがきょとんとした顔で復唱した。
「そう、彷徨っている魂は長い時間経つと魂の形がぼんやりしちゃうんですって。それを目覚めさせて思い出させて送り出す。その為の『歌』を紡ぐの。ふたりにも彼方此方付き合ってもらったでしょう?」
魂送りの方法は転生した後にも女神様が都度都度教えてくれている。会話はできないけど何となくやるべきことがわかるのだ。私はそれを頼りに何年もかけて国中を巡り歌の素材を集めてきた。
前を歩くリツが首を左右に揺らしながら言う。
「もしかして観光でもなく街やら村やら森やら野っぱらやら行って、ブツブツ言ったり微妙な踊りをしてたアレすか?」
「……待って。それって奇行でしかないわよね?私そんな風に見られてたの?!」
女神様と通信(?)状態でその土地に残る記憶を辿ってあれこれ考えた自覚はある。確かに、傍から見たら変な感じだわね。この子達は主人のすることだから珍妙だと思っても黙って眺めてたのね。…………恥ず。
羞恥に耐え無表情を装っていると、オトがクールなメイド風の顔で頷いた。
「ご安心ください。お嬢様は普段は完璧な公爵令嬢です。ただ偶に様子がおかしくなっただけです」
「フォローしきれてない!……あれはね、『記憶の欠片』を集めてたのよ」
耐えきれずに両手で顔を覆う。
気を取り直して顔を上げると聞きなれない言葉にオトが小首を傾げていた。かわいいな。
「あのね、『歌』を作る為には相応の『想い』が必要なの。時間が経ってしまってるから彼方此方に残る想いや記録を集めてたのよ。……ふたりとも、奇行を繰り返す主人に黙って付いて来てくれてありがとぅ」
再び羞恥心が込み上げてきて奥歯に力を入れる。
オトが瞬きの後、胸に手をあてた。
「いえ。お嬢様の崇高なるご使命を理解できず申し訳ありませんでした。今夜約束を果すということは『歌』が完成したのですね」
完成!……素敵な響きだ。曲を作るのにかける時間は色々あったけど、こんなに何年もかけたのは初めてだ。思わず両手を胸の上に重ねて目を閉じると瞼が震える。
「そうよ。やっと。……本当に、大変だった……」
「お疲れ様っす」
労いの言葉がレイから贈られる。軽い。けど気にしない。ありがとう。
「いえ。未だよ。これからが本番。あと少し……」
そこまで言ったところで森が開けた。見上げると月のない漆黒の空に星が帯状に集まり静かに輝いている。……あれは、
「天の川だわ」
思わず呟くとオトとリツがこちらを向いた。ふたりとも不思議そうな顔をしている。
「ふふ。見て。星が集まって大きな川みたいでしょう?前世では『天の川』って言ったの。この世界でも見られるなんて不思議だわ」
ふたりとも空を見上げた。
「天の川……。素敵な呼び名ですね。今夜は特に輝いて見えます」
「キレイね。雨上がりで空気が澄んでいるからかしら」
「そっすねぇ」
3人で少しだけ空を眺める。
……こんな夜更けにも寄り添ってくれる存在がいる。主従の関係かも知れないけど、ふたりには感謝だ。
公爵家には生まれたけど家族とは心の距離が遠い。婚約者は浮気者。イヤなことだってある。……けどこの世界に生まれたことは嫌ではない。女神様との約束をなんとかしようとは思うくらい、この世界は好きだ。
視線を正面に戻し、森の中にある開けた草地を見る。王城の古い記録にあった広場だ。
「此処で、戦地に向かう兵士たちを集めて檄を飛ばし鼓舞したそうよ。騎士だけでなく徴兵された多くの市民が此処から送り出された」
「そうだったんですか……」
オトとリツが言葉少なに暗い平原に目を向ける。時代が違えば私達はどうなってたのだろう。少しだけ胸がざわつく。
「此処で日常から切り離された。だから此処が一番『歌』が届くと思うの」
祈る様に掌を合わせる。本当に私の『歌』が届くのか。女神様のお墨付きはあるのかも知れないけど不安は拭えない。拒絶されることを考えると足が竦む。
それでも、覚悟を決めるしかない。
「――始めましょう。此処で待っていて」
私は靴を脱ぎ、暗闇に向かって踏み出した。
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