闇に葬られる侵略――誰も知らない「国宝防衛戦」
学園の地下、厳重な封印が施された『王国の心臓』とも呼ばれる国宝庫。
そこには、五十年の儀式に不可欠な聖遺物が安置されている。
特訓の合間に、ライカの指示で「古い魔導書の整理」を命じられたエルは、そこで信じられない光景を目撃した。
「……あら、エル様。お疲れ様です。今、少し手が離せませんので、そこの結界の外で待機していてください」
雷鳴家付のナギが、いつもの涼しい顔で、空間を切り裂くような漆黒の腕――魔族の「隠密暗殺兵」の首を素手で掴んでいた。
「……え? ナギ様……それ、何……?」
エルの目の前で、魔族が断末魔の叫びを上げようとする。だが、瞬時に隣に現れた冷氷家付のシズクが、その口元を絶対零度の氷で封じ、音も魔力も外に漏らさないまま粉砕した。
「魔族の特務隊ですよ。国宝の『聖天の涙』を狙って、影伝いに侵入してきたようです。今月で……そうですね、三回目でしょうか」
シズクは、掃除のついでに埃を払うような手つきで、魔族が残した不浄な塵を「闇」の魔力で消滅させた。
「三回……!? って、魔族って伝説の存在じゃなかったんですか!? 王都の騎士団も、国王様も、魔族なんて絶滅したって……!」
「彼らがそう信じていられるのは、お嬢様方が学園でお茶会をされているからです」
テラが背後から現れ、魔族がこじ開けようとした空間の「歪み」を、土魔法の応用で完璧に修復していく。
「お嬢様方が放つ『不仲の殺気』は、実は王都全体を覆う巨大な探知網なんです。それによって浮き彫りになった『異物』を、私たち準公爵家が、こうして目立たないうちに処理しています。……でないと、国王様がパニックを起こして、お嬢様方の自由な時間が減ってしまいますから」
エルは膝から崩れ落ちそうになった。
(……この人たち、国を守ってるんじゃない。お嬢様たちの『お茶会』の時間を守るために、魔族の軍勢を一人残らず闇に葬ってるんだ……)
「さて、エル様。お嬢様方がもうすぐ『今日のおやつ』をお求めになります。この魔族の残骸を片付けたら、すぐに新作のタルトを持ってきてくださいね」
ナギが何事もなかったかのように微笑む。
「……ちなみに、この侵入の件は報告しないんですか?」
「お嬢様方には事後報告で十分です。『ゴミが三つほど。処理完了』と。お嬢様方も、そんな些事よりも『ルル様がいかにタルトの苺を綺麗に食べたか』というお話を聞くほうが、ずっとお喜びになりますから」
エルは悟った。
この国が平和なのは、聖女の祈りのおかげでも、王家の威光のおかげでもない。
「お菓子を楽しみたい」という公爵令嬢たちのささやかな欲望と、それを完璧に叶えるために世界の脅威を雑草のごとく刈り取る側近たちがいるからなのだ。




