深淵の魔将と、冷めたタルトの危機
王都の地下深く、理の狭間に現れたのは、魔界でもその名を知らぬ者はいないとされる魔将十三冠の第十位、『静寂を喰らう者』ザルバードだった。
「ククク……ついに聖遺物の結界に綻びを見つけたぞ。人の子らよ、絶望と共に――」
だが、ザルバードの演説は、飛んできた一発の「氷の礫」によって物理的に遮られた。
「……五分です」
シズクが冷たく時計を見ながら、その場に現れる。
「五分以内にあなたを片付けないと、お嬢様方のタルトが冷めてしまいます。協力してくださいね、テラ、ナギ」
「ええ、今日はメルカ様が楽しみにされている限定品ですから。遅れるわけにはいきません」
テラが淡々と土の壁を隆起させ、ザルバードの退路を断つ。
「強敵ですね。魔将十三冠……。私一人では、少し髪が乱れてしまうかもしれません」
ナギがふわりと風を纏い、いつもの微笑みの奥に鋭い殺気を宿した。
「な、何だ、貴様らは……!? この私を前にして、タルトだと……!? 貴様ら、人間ではないのか!」
ザルバードが吠え、空間を腐食させる闇の魔力を放つ。本来なら一国を滅ぼすほどの一撃。
だが、準公爵令嬢たちは動じない。彼女たちは三令嬢に鍛え上げられ、その「本物の神気」を日々浴び続けているのだ。魔将の闇など、お嬢様たちの「不機嫌な時のプレッシャー」に比べれば、そよ風にも等しい。
「……はあぁぁっ!」
激闘は、側近たちが宣言した通り、わずか数分で決着した。
準公爵令嬢三人が連携し、死力……ではなく、「定時」を守るための全力投球を見せた結果、伝説の魔将は消滅の寸前まで追い込まれていた。
「ば、馬鹿な……。十三冠の一角であるこの私が、たかが令嬢の側近ごときに……。貴様らの主は、一体何者なのだ……!」
その問いに応えたのは、サロンから「待ちきれない」という念話を送ってきたレイカの声だった。
『ねえシズク〜、まだ〜? ルルちゃんがね、タルトの苺を私の分まで食べようとしてるんだけど、もう限界だよ〜!』
ザルバードは目を見開いた。
その声から漏れ出る魔力の波動――。自分を圧倒した令嬢たちが、まるで赤子のように思えるほどの、絶望的なまでの「質」の違い。
「……あ、あ……あぁ……」
絶望のあまり、魔将の魂は自壊した。
彼女がデコピン一発を放つまでもなく、その「存在の格」を知っただけで、魔族の誇りは完膚なきまでに打ち砕かれたのだ。
【同時刻・サロン】
「お待たせいたしました、お嬢様。タルトでございます」
シズクたちが涼しい顔で部屋に戻ってくる。エルは彼女たちの服の裾に、微かに残る「深淵の魔力」の残滓を見て、ガタガタと震えた。
「遅いよシズク! 何してたの?」
「申し訳ございません。少々、大きなゴミが落ちておりまして。掃除に手間取りました」
「ゴミ? まぁ、綺麗になったならいいわ」
メルカがフォークを手に取る。
「ねえ、シズク。さっきのゴミ、魔将十三冠とかいうやつだった?」
ライカが、苺を頬張りながら何気なく尋ねた。
「……ご明察です、ライカ様。第十位の者かと」
「ふーん。やっぱりあいつら、儀式が近いから狙ってきてるんだね。……ま、次に来たら私が直接デコピンしに行くから、みんなはゆっくりお茶してていいよ」
ライカはそう言って、幸せそうに笑った。
エルは、そのデコピン一発で王都が半分吹き飛ばないことを、ただひたすらに祈るしかなかった。




