魔界序列1位の平身低頭――「先日は誠に申し訳ございませんでした」
その夜、三令嬢のサロンの窓が、音もなく開いた。
夜風と共に現れたのは、漆黒の外套を纏い、人智を超えた魔力を内包する美しい男。魔将十三冠の頂点、序列1位『深淵の主』ルシフェル(仮称)である。
本来なら、彼が現れただけで王都中の赤子が泣き止み、熟練の騎士ですら恐怖で発狂するはずの存在。
だが、彼は部屋に入るなり、三令嬢の前で見事な――アルト王子に負けず劣らずの――キレのある跪きを見せた。
「……三公爵令嬢の皆様。本日は、多大なるご迷惑をおかけしたことをお詫びに参りました」
レイカがパジャマ姿でクッキーを齧りながら、片目を細める。
「あ、序列1位の人だ。またあんたのところの部下が、うちの庭(王都)で暴れたんだって?」
「はっ……。第10位のザルバードが、身の程もわきまえずに独断で侵入いたしました。あのような『ゴミ』がお嬢様方のティータイムを数分たりとも汚してしまったこと、魔界を代表して深く、深くお詫び申し上げます」
ルシフェルは、冷汗を流しながら床に額を擦りつけた。
彼は知っているのだ。かつて序列2位と3位が、彼女たちに「ちょっとした挨拶(宣戦布告)」をしに行った結果、デコピン一発で魔界の地形が変わるほどの衝撃を受け、今も療養中であることを。
「……ルシフェル。これで今月何度目だと思っているの?」
メルカが、手元の魔導書から目を離さずに冷たく告げる。
「お前たちが管理しきれないのなら、私が直接魔界に行って、序列を1位から13位まで全部『空席』にしてきてもいいのよ?」
「ひ、ひぃっ……! それだけは、それだけはご容赦を! 以後、門の封印を三重に強化し、お嬢様方の視界に塵ひとつ入れぬよう徹底いたします!」
魔界最強の男が、十代の少女の言葉にガタガタと震えている。
その光景を、壁際で見ていたエルは、持っていたティーポットを落としそうになった。
(……魔界のトップが、お詫びの品(魔界の秘宝的な果物)を持って謝罪外交に来てる。しかも、第10位を『ゴミ』扱いして切り捨てた……!)
「あ、そうだ。ルシフェルさん」
ライカが思い出したように指を鳴らす。
「今回の件、またアルト王子の手柄にしといたから。もし魔界で『王子の伝説』が広まっても、話を合わせといてね。あ、ついでにルルちゃんの『聖女の祈り』で追い払われたってことにしておいてくれる?」
「御意に……。我が魔軍には『聖女の微笑みを見て、あまりの神々しさに撤退した』と周知徹底させます。アルト王子の『覇気』についても、全魔族に恐怖を刻み込んでおきましょう」
「よし、話がわかるね! じゃあ、これ持って帰っていいよ。余ったスコーン」
「……ははっ! ありがたく頂戴いたします!」
ルシフェルは、まるで命を救われたかのような顔でスコーンを掲げ、夜の闇へと消えていった。
(……この国、もう魔王軍すらも『不仲な三令嬢』の広報部隊になってるじゃない……)
エルは悟った。
三公爵令嬢の支配は、もはや人間社会に留まらない。魔界ですら、彼女たちの機嫌を損ねないための「舞台装置」の一部に過ぎないのだ。
「さて、エルちゃん。今の話ももちろん秘密だよ? 王子には明日、『君の勇姿に魔族も震え上がっていたよ』って、シズクたちから伝えておいてね」
「……承知いたしました……」
エルの返事は、もはや諦めに満ちていた。
明日、アルト王子が「やはり僕の騎士道が魔族を退けたか!」と鼻を高くし、ルルが「私の祈りが届きましたぁ!」と喜ぶ姿が、手に取るように分かったからだ。




