回想:運命の十秒間――すべてが噛み合ってしまったあの日
それは三年前。エルがまだ、周囲の期待を背負って学園に入学したばかりの、純粋な少女だった頃のことだ。
あの日、ルルが「代々伝わる聖女の杖(実はただの枝)」を忘れたと言い出し、エルは善意でそれを探しに、立ち入り禁止の「旧聖堂」へと迷い込んだ。
そこでは、国の均衡を司る三令嬢が、五十年の儀式に向けた秘匿魔法の調整を行っていたのだ。本来、彼女たちの防御は完璧なはずだった。
だが、**「奇跡」**は起きた。
1.まず、広域遮断を担当していたナギが、ルルが撒き散らした花の種で珍しくくしゃみをし、防音結界が〇・五秒揺らいだ。
2.その瞬間に、地脈調整をしていたテラが、地下の未知の古代遺跡に魔力を吸われ、視覚偽装が一瞬だけ透けた。
3.そして運悪く、そのわずかな「隙間」の先に、埃を被った枝を掲げたエルが立っていたのだ。
エルが角を曲がった瞬間に見たのは、歴史書にも載っていない光景だった。
「あはは! ねぇ見て、ルルちゃんの今日の寝癖、光の魔力で『鳥の巣』みたいになってたよ! 超ウケるんだけど!」
銀髪の氷の女王、レイカが、腹を抱えて能天気に爆笑しながら、伝説の「真の光」で鳥の巣の幻像を作って遊んでいた。
「……レイカ、笑いすぎよ。でも確かにあれは芸術的だったわね」
激情の炎を操るはずのメルカが、究極の冷静さで、指先から漏れる「真の闇」をゴミ箱代わりにし、ティータイムの屑を消滅させていた。
「もう、二人とも集中しなさい! 儀式の調整が……プッ、……ふふ、そうね、鳥の巣ね!」
狂犬と恐れられるライカが、見たこともない高密度の魔力で自分の肩こりをほぐしながら、年相応の少女のような笑顔を見せていた。
その場にいた全員――三令嬢、準公爵令嬢、そして影のように控える側近たちの動きが止まった。
全員の視線が、角で固まっているエルに集中する。
「あ……」
エルの手から、ルルの杖(枝)が滑り落ちた。
「あちゃ〜……。見られちゃったね」
レイカが、鳥の巣の幻像を消しながら、能天気に首を傾げた。
「どうする? この子、今ここで消しちゃう? それとも遠くに飛ばす?」
レイカのその言葉は、彼女の中では「記憶を消去(消す)か、風魔法で自宅送迎(飛ばす)か」という親切心からの二択だった。
だが、その凄まじい魔力を目の当たりにしたエルには、こう聞こえた。
(存在を消滅させるか、世界の果てに追放するか……!?)
「ひぃっ……!」
腰を抜かしたエルに、ライカがゆっくりと歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「いい目ね。……この魔力を見ても廃人にならないなんて、かなりの才能だわ」
「……待って。この子、ルルのクラスメイトのエルじゃない? ちょうどいいわ。ルルの介護……いえ、サポート役が欲しかったところよ」
メルカが冷徹をして提案する。
「名案ね! 消すのも飛ばすのも、この子の未来を奪うことになっちゃうし、そんなの可哀想だもん。私たちの『身内』として、最強の隠蔽役に育て上げましょう!」
こうして、エルは死の宣告(と本人が誤解した提案)を受け入れ、三人の「秘密の共有者」となったのである。
演習場でライカがエルの頭を撫でながら、
「あの時、あなたが杖じゃなくて『枝』を必死に持って震えてたから、つい可愛くて拾っちゃったのよね」
と優しく笑った。




