エル、死の特訓(という名の超効率授業)
学園の放課後。人気のない旧演習場には、バリバリと空気を引き裂くような雷鳴が響き渡っていた。
「甘いわよエル! 避ける時に魔力密度が下がってる! 意識を四肢の末端まで浸透させなさい!」
ライカが指先から放つのは、一撃で城壁を穿つ威力の**「黒雷」**……を、10万分の1まで出力を絞り、さらに「痛覚だけを刺激して怪我はさせない」という超精密制御が施された訓練用の雷だ。
だが、受けるエルからすれば、それは死神の鎌が首筋をかすめているのと同義である。
「ひぃぃっ! 無理です、ライカ様! 動きが速すぎて……あだだだだ!」
エルの足元を、雷が蛇のように這い回る。
恐怖で魔力が暴走しそうになるたび、背後から冷徹な声が飛ぶ。
「……エル。魔力の波形が乱れているわよ。今ここで爆発させたら、あなたの担当であるライカの顔に泥を塗ることになるわ。落ち着いて、地脈の鼓動に合わせなさい」
観戦席で優雅に読書をしているのは、炎熱のメルカ。
彼女は読書をしながら片手で土魔法を操り、エルの足場をミリ単位で隆起させ、強制的に「正しい回避フォーム」へと誘導している。
「メルカ様まで! 助けて、ナギ様……!」
エルが、ライカの補佐官である準公爵令嬢ナギに視線で助けを求める。
しかし、ナギはストップウォッチを片手に、無慈悲な笑みを浮かべていた。
「エル様、頑張ってください。今の動き、目標タイムより0.02秒遅れています。遅れた分は、レイカ様特製の『絶対凍結かき氷』10杯完食の刑ですからね」
「そんな……あれ、頭が割れるほど冷たいのに!!」
そこへ、上空から能天気な声が降ってきた。
「エルちゃーん! 差し入れ持ってきたよ〜!」
レイカが氷の鳥に乗って優雅に舞い降りる。彼女の手には、見た目だけは可愛らしいが、一口食べれば魔導回路が凍結しそうなほど高純度の冷気を放つ「かき氷」が握られていた。
「これ、ルルちゃんにもあげたんだけどね、『ひんやりして美味しいですぅ!』って一瞬で完食しちゃって。エルちゃんも、あの子のポジティブさを見習わなきゃダメだよ?」
(……無理に決まってるでしょ! あの子は魔力が一流なだけで、使い道がバカなだけなんだから!!)
エルの心の叫びを余所に、ライカが情熱的に拳を握りしめる。
「そうよエル! あなたはルルを超える『完璧な影』にならなきゃいけないの。あの子がどんなにポンコツを晒しても、あなたが裏で全てを修正する……そのためのチート級の実力、私が叩き込んであげるわ!」
「……ちなみに、ライカ様。どうして私をここまで鍛えるんですか? あの時、秘密を知った私を……本当に消してしまった方が、簡単だったのでは……」
エルの震える問いに、それまでバチバチと鳴り響いていた雷鳴が、ふっと止んだ。
ライカは少しだけ目を見開き、それから困ったように眉を下げて笑った。
「……そうね。確かに、あなたの記憶を消したり、誰も知らない遠くの国へ飛ばしてしまったりする方が、手間はかからなかったかもしれないわ」
ライカは歩み寄り、エルの泥だらけの手を優しく取った。その掌からは、先ほどの攻撃的な雷とは正反対の、温かく穏やかな魔力が流れ込んでくる。
「でもね、エル。一人の人間の存在を消すっていうのは、あなたが思っているよりずっと、取り返しのつかない大変なことなのよ。その人の過去も、これから築くはずだった未来も、全部奪う権利なんて私たちにはないわ」
「……ライカ」
メルカが本を閉じ、静かに口を開く。
「私たちは『悪役令嬢』を演じているけれど、本当に悪人になりたいわけじゃないの。それにね、エル。……あなたには、自分でも気づいていないほどの才能があるわ。それを無かったことにしてしまうのは、この国にとって、魔法という神秘にとって、あまりにも大きな損失だと思ったのよ」
レイカも氷の鳥から飛び降り、二人のそばに寄ってきた。
「そうだよ、エルちゃん! 私たちがこんなに一生懸命教えてるのは、エルちゃんがそれに応えてくれるって信じてるから。……まあ、私たちが楽をしたいっていうのも、ちょっとだけあるけどさ!」
レイカは茶目っ気たっぷりにウィンクをして、エルの鼻をツンと突いた。
「消すよりも、育てる方がずっと難しい。でも、私たちはその難しい方を選んだの。……だって、エルちゃんはもう、私たちの『身内』なんだから」
「…………っ」
エルの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
恐怖と理不尽に満ちた特訓だと思っていた。でも、その裏にあったのは、強すぎる力を持ち、孤独を知る三人が差し伸べた、不器用で精一杯の「救い」だったのだ。
「……ライカ様。私、頑張ります。ルル様とアルト王子がどんなにやらかしても、絶対にお守りしてみせます」
「ええ、その意気よ! さあ、感動の時間は終わり! あと百回、回避運動の続きよ!」
「……やっぱり鬼だぁぁぁ!!」
演習場に、先ほどよりも少しだけ前向きなエルの絶叫が響き渡る。
それを見つめる三令嬢の表情は、夕日に照らされて、どんな聖女よりも慈愛に満ちていた。




