虚飾の対立と、共犯者の席
「さて、カイル君。返事を聞く前に、まずは『手続き』を終わらせましょう」
メルカが、エルの差し出した新しい羊皮紙に、公爵家の魔力印を滑らかに刻印した。
「カイル・ロア。ロア家は数代前に没落した名家だったわね。……今日付で、あなたの家系を法的に復興します。爵位はまだ下の下、準男爵相当の実務貴族だけど、これであなたは晴れて『準公爵家直属の家臣』よ。家族の身分保障もこれで完璧ね」
「な……ッ!?」
あまりの速度で進む身分改定に、カイルの思考が追いつかない。
しかし、ここからが本題だった。レイカがサロンの結界を三重に強化し、その表情からいつものお気楽さを消した。
「カイル君。あなた、鋭いから薄々気づいているでしょうけど……一応、口止めの意味を込めて、この国の『本当の構造』を教えてあげるわ」
メルカがチェス盤を指差した。そこには、対立しているはずの三公爵家の駒が、完璧な陣形で並んでいた。
「表向き、私たち三家は血を流さんばかりに対立している。学園での小競り合いも、派閥争いも、すべては『表』に向けた茶番よ。……もし、国で最も強大な三公爵家が手を取り合って完璧に連携しているなんて知られたら、どうなると思う?」
カイルは息を呑んだ。
「……王家や、周囲の他国が、恐怖のあまり暴走する」
「その通り」
ライカが、いたく満足そうに頷いた。
「私たちはね、この国の、ひいては世界の『完璧な平和』を維持するために、あえて不仲を演じて見せているの。私たちが派閥を分けて争うことで、不満を持つ他の貴族たちの”受け皿”を作ってコントロールしている。……緻密な連携の上で。」
世界の闇、秘密結社。カイルが追っていたものの正体は、「世界を守るために完璧に統制された、美しき偽装工作」だったのだ。
「分かっていると思うけど、これは国家最高機密。もし口を滑らせたら……そうね、あなたの新しい領地もお母様の特効薬も、すべて幻のように消えると思ってちょうだい。……もっとも、あなたならそんな愚かな真似はしないでしょう?」
レイカの微笑みは優しかったが、その奥にある「絶対に逃がさない」という絶対強者の絶対零度の圧力が、カイルの魂を束縛した。
カイルは、ゆっくりと、しかし深く膝をついた。
もはや、迷いも勘違いもなかった。目の前にいるのは邪悪な組織ではない。この世界を存続させるために、あらゆる嘘と暴力を完璧にコントロールする「冷徹なる神々の代行者」なのだ。
「……ハッ。カイル・ロア、本日より準公爵家の影となり、その『完璧なる嘘』を支える歯車となることを誓います」
「よろしい」
メルカが満足げに微笑んだ。
その背後で、エルは心の中でカイルに(ようこそ、こちら側の地獄へ)と熱い握手を交わしていた。
こうして、没落貴族の天才騎士カイルは、世界の平和を維持するための「最上級の共犯者(新米社畜)」として、完全に三令嬢のシステムに組み込まれたのだった。




