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計算外の「傷」と、凍り付くサロン

偽のアジトの最深部。三令嬢が用意した「偽の教団最高幹部(高出力の自動魔導人形)」との決戦は、カイルにとって人生最大の死闘となるはずだった。

ナギとテラによる精密な出力調整により、カイルが全力を出し切り、最後の一撃で「辛勝」できるよう、シナリオは完璧に組まれていた。……はずだった。

「――危ない! 下がれッ!!」

カイルの叫びが響く。

人形が放った、広範囲の「偽の闇」の崩壊。本来ならカイルが華麗に回避して反撃に移るはずのタイミングだったが、想定外の事態が起きた。後方に控えていた若手の新人騎士が、恐怖で足をもつれさせ、攻撃の直撃コースに倒れ込んでしまったのだ。

(カイルなら、自分だけなら避けられる。だが、それでは後輩が死ぬ!)

一瞬の躊躇もなかった。カイルは回避を捨て、後輩を突き飛ばすと、防御の間に合わない生身の背中で、濁流のような魔力の爆発を受け止めた。

「ぐ、あぁぁぁっ!!」

轟音と共に、カイルの体が壁まで吹き飛ぶ。

背中に深い傷を負い、血を流しながらもカイルは剣を杖代わりに立ち上がった。目の前には、まだ健在な「偽の教団幹部(魔導人形)」。

(……ここまでか。だが、せめてこいつだけは……)

カイルが最後の一撃を覚悟したその瞬間、戦場に目に見えない「風」が吹いた。

【同時刻・三令嬢の秘密サロン】

「……行きなさい、ナギ」

ライカの低い声が響く。彼女は椅子に座り直したものの、その瞳にはまだ静かな怒りが燃えている。

「あなたの管理ミスで、私たちの『秘蔵っ子』に傷がついた。……バレずに、一分以内に、すべてを完璧な『奇跡』として終わらせてきなさい」

「――命に代えましても」

ナギは短く答えると、影に溶けるように姿を消した。

【偽のアジト・最深部】

カイルが踏み出そうとした足元、崩れた瓦礫の中から、一つの小瓶が転がり出た。

それは、本来そこにあるはずのない、透き通った黄金色の液体――先日、魔界の果実から精製されたばかりの『神霊の雫』を、ナギが「気流」を操って絶妙なタイミングでカイルの足元へ届けたものだ。

(……これは? 回復薬……か?)

カイルは迷わずそれを飲み干した。

刹那、背中の傷が音を立てて塞がり、全身に爆発的な魔力が満ち溢れる。

「……何だ、この力は……! まるで、世界そのものが俺を応援しているような……!」

さらに「偶然」は続く。

カイルが振るった、なんてことのない牽制の一撃。それが、天井から落ちてきた一本の「錆びた釘(実はテラが精密に撃ち込んだ超振動の杭)」に当たり、反射。

その反射した剣筋が、魔導人形の唯一の弱点である魔力核へ、物理法則を無視した角度で吸い込まれていった。

「ガ、アアアァァ……ッ!!」

人形は呆気なく霧散した。

カイルの目には、それが「絶体絶命の危機に、運命が自分に味方し、奇跡的な幸運が重なって勝利した」ようにしか見えなかった。

「……勝った……のか?」

放心するカイル。その頭上、崩れかけた天井を、ナギが透明な風の結界で支え、彼に破片が一つも当たらないように制御していることなど、彼は知る由もない。

【数分後・サロン】

「……ただいま戻りました。カイル様、無事に『自力で』勝利され、後輩と共に脱出されました。現場に落ちていたポーションの空瓶は、教団が隠し持っていた秘薬を偶然拾った、という形で記録を上書き済みです」

ナギが膝をつき、三令嬢に報告する。

「お疲れ様。……まあ、及第点ね」

レイカが、ようやく新しいクッキーを口に運ぶ。

「でもライカ、見て。カイル君、あのポーションの味で『……あのオレンジジュースの味に似ている?』って、また変なところに気づき始めてるわよ」

「……あはは! 本当だ。あの後輩想いの騎士様、鼻だけは本当にいいんだから」

ライカは楽しげに笑い、モニターの中で「俺に流れるこの力は一体……」と自分の手を見つめるカイルを、慈しむような目で見つめた。


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