偽りの深淵と、選定の儀
王都の片隅、打ち捨てられた古い寺院の地下。
カイルは、エルから聞いた「世界の闇」の尻尾を掴むべく、ついに秘密結社のアジト(と彼が信じている場所)へ潜入していた。
「……ここか。この悍ましい気配……間違いなく、国を裏から操る組織の拠点だ」
カイルは慎重に歩を進める。壁には不気味な紋章(ナギが三秒でデザインした『それっぽいマーク』)が刻まれ、奥からは禍々しい魔力の脈動(テラが埋めた『期限切れの魔石』)が伝わってくる。
だが、カイルは足を止めた。
「……待て。不自然だ。これほどの組織なら、なぜ入口の結界に『綻び』がある? まるで、俺を招き入れているようじゃないか。それにこの魔力の波動、強大だが……どこか、”作り物”のような無機質さを感じる……」
【同時刻・三令嬢の秘密サロン】
「――あら。あの子、入り口で止まったわよ。テラ、結界の『綻び』が露骨すぎたんじゃない?」
レイカが、手元の氷のモニターを指差して不満げに口を尖らせる。
「申し訳ございません。一般の騎士なら絶対に気づかないレベルまで出力を絞ったのですが……。カイル様の直感、想定の二割増しで鋭いようです」
テラが淡々と、しかし少しだけ誇らしげに報告する。
「面白いわね」
メルカが、手元の「カイル観察日記」に羽ペンを走らせる。
「偽物の闇を見て、それを『偽物だ』と見抜く。その上で、さらにその奥に潜む『本物の闇』を嗅ぎ取ろうとしている。……レイカ、ライカ。彼、ただの暇つぶしにしておくには、少し勿体ないと思わない?」
ライカが、苺のタルトを飲み込み、不敵な笑みを浮かべた。
「賛成! 彼みたいな『真実への嗅覚』がある子が、いつか私たちの嘘を見破って敵対するのも面白いけど……。いっそ、こっち側(裏方)で育てて、将来的にナギたちの代わりを務められるくらいの実務官に仕立て上げるのはどう?」
「いいわね。……計画を変更しましょう」
メルカが冷静に方針を示す。
「彼にはこのまま、この『偽のアジト』で”偽の機密文書”を掴ませて、手柄を立てさせるわ。……表向きは『邪悪な教団の残党を壊滅させた英雄』として、異例のスピードで出世させる。そして、彼が王城の深部(私たちの目が届く場所)まで上がってきたところで……」
「私たちが、最高の笑顔で『合格だよ』って迎えてあげるわけだね!」
レイカが楽しげに手を叩く。
「……あの、皆様」
隅で震えていたエルが、恐る恐る声を上げる。
「それって……カイル様を、私と同じように『逃げられない共犯者』にするという事でしょうか……?」
「あら、エル。心外ね」
ライカが優しくエルの肩に手を置く。
「『共犯者』じゃないわ。……私たちは、彼という才能を愛で、守り、この国の平和を維持するための『尊い歯車』にしてあげようって言っているのよ?」
「……(それ、私の時も言ってましたよね……!?)」
エルのツッコミは、三人の「将来有望な部下を見つけた喜び」にかき消された。
カイルは知らない。自分が今、偽のアジトで掴もうとしている「証拠」が、実は自分の「昇進切符」であり、同時に「一生平穏には戻れない呪い」の招待状であることを。
「ナギ、テラ、シズク。計画の第二段階へ。カイル君が『自分の力で勝ち取った』と思えるような、適度な苦戦と栄光を用意しなさい。……彼は、今日から私たちの『秘蔵っ子』よ」
こうして、カイルの知らないところで、彼の人生のレールは「英雄」という名の「超高級社畜」へと、強引に切り替えられたのであった。




