第44話 地下戦闘
ルーデルに案内されているカイは路地裏から出発して数分立ったところで地下下水道へとやって来ていた。
薄暗く、やや異臭のするその空間の端を会とルーデルは無言で歩いていく。人気のないその場所はあからさまに暗殺でもできそうな場所だ。
しかし、ルーデルにその動きは見られない。無防備な背中を晒し続けている。
その行動が未だ誘いかどうかも判断できない状況だが、少なからずあまりにも落ち着きすぎて怪しいという点だけは露骨に現れていた。
友人が消えたというにもかかわらず、足取りもまるで迷いがない。その不可解さを感じながら、カイはさすがにラチが明かないと思い行動に出た。
「すまない、一つ尋ねたいことがあるんだが......どこまで行くつもりだ?」
「あぁ、もう少し先なんですよ。なので、申し訳ないのですがもう少しだけ――――」
「嘘だな、今のはさすがにわかる」
カイはホルスターから銃型の魔剣を引き抜くとそれを振り返ったルーデルの眼前へと突き付ける。
その行動にルーデルは身じろぎ一つしない。まるでその行動が予想されていたみたいに。
「......どうして嘘なんですか?」
「その落ち着きのある返答をしてる時点でもう隠す気ないだろ? お前のこと自体は前から怪しかった」
「といいますと?」
「まず俺と面識がないのにピンポイントで冒険者ギルドにいる俺を突き止めたこと」
「それは単にその場所に通行証を置いてあるかと思っただけですよ? カイさんは旅人らしいので冒険者ギルドの方が色々都合がいいのではと思いまして」
ルーデルのその返答に「まぁ、その質問にはそう来るわな」とカイは小言を呟くと別の疑問箇所を提示した。
「まだあるぞ。お前が俺の前で世界樹をそのまま『世界樹』と言ったこともそうだ。お前が俺の知っているエルフであれば、たとえ俺が人族と分かっていても『レスティル様』と名前と敬称をつけて言うはずだ。それをお前は言わなかった」
「......」
「加えて、お前の友人が消えたにもかかわらず、お前の行動はあまりにも落ち着いていて、この場所も行き慣れているかのように恐怖を感じていない。さて、お前は俺の出方をずっと窺ってたのかもしれないが、その行動が裏目に出たな」
「......そうですね、確かに僕はあなたが知っているただのエルフではありません」
カイの追及に観念したのかルーデルは自白し始めた。そして、その口角は不敵な笑みを浮かべていく。
「僕は神の眷属が一人のルーデルフェルトと申します。こうあなたをお呼びしたのも当然僕で......お尋ねしますが、私達の同胞を殺したのはあなたですね?」
「エルフの国にある世界樹を魔物化させて襲わせた奴のことだったら確かに俺だな」
「なれば、僕達の使命はあなたという神の眷属を殺しうる存在の排除です。もっとも神の眷属がただの人間に負ける理由など万が一にもなく、しょうもない油断で死んだと思いますが」
「随分と傲慢なセリフだね。君も同じ風になるかもしれないよ?」
「僕は油断しませんよ」
その直後、カイはルーデルの僅かな機微を感じ、素早く引き金を引いた。
しかし、ルーデルはその攻撃を初見で交わすとカウンターとばかりに拳を振るっていく。
「(なんだこれは? 穴)」
その攻撃をカイがバックステップで避けた瞬間、背後にポッカリ開いた空間が。
カイはすぐに止まることが出来ず、そのまま後ろ向きでその空間内に入っていく。
そしてカイが現れた場所は巨大な地下施設であった。
所々にある大きな穴から放水していて、それが中央の大きな一本の川のような水路に流れていっている。
十分に動き回れるようなそのスペースの足場のある端に立っているカイは周りを見渡しながら出来る限りの情報を収めていった。
「ここはとある場所の地下施設。どうかな? 十分に広いスペースがあってやり合えそうじゃない?」
「動くことは苦手なんだが......君が俺の命を狙うならそれ限りでもない」
「そう、なら良かった。ニイガミ=カイ、お前は我が主の求めるものを阻害する恐れがある。よってこの場で排除させてもらおう!――――いでよ、ベノムスライム!」
その瞬間、中央に流れる水路からザッパーンと大きな水しぶきをあげて現れたのは大きさ十メートルはありそうな不定形の存在であった。
そのスライムは前進が半透明な紫色に覆われていて、所々ブクブクと気泡が上がってはゆっくり弾けている。加えて、そのスライムは絶えず薄紫色の煙を出していた。
「明らかに厄介そうだね。んじゃ、まずは検証といこうか」
カイは銃口を向けるとベノムスライムに対して、銃口よりも大きい魔力弾を発射させた。その銃弾は簡単にベノムスライムを捉えるも、ベノムスライムの胴体に風穴を開けただけで何の意味もなかった。
「(魔力弾は物理ダメージに加え貫通ダメージもあるはずなので、それで効かないとなると恐らく斬撃ダメージも効かないですね)」
「なんとなくそんな気はしてるよ」
カイはシルビアと共に目撃したその情報を共有していく。その一方で、ベノムスライムはそのドロドロした体をゆっくり這わせながら、体の一部を分離させてカイへと投げ飛ばした。
カイの<直感>が直撃は危険だと理解するとその自身の体よりも大きい粘液を躱していく。
その直後、その粘液は地面に当たるとともに弾け飛び、周囲に拡散した粘液ともども薄紫色の煙を吐き出した。
すると、その粘液がついた地面の一部や一帯はもれなく地面が抉れている。ドロドロに溶かされたような状態であった。
「なるほど、あれは超強酸性の粘液ってことで触れたら一発アウトくさいな。良かった、シルビアで斬りこみにいかなくて」
「(そんなことをすれば親子の縁を切ります)」
「切る以前に溶かされちゃうでしょうが」
「(パパ、来ます!)」
シルビアの一言でカイはベノムスライムへと注意を向けるとベノムスライムがドロドロした口を開けて周囲に溢れている煙を吸い込み始めた。
そしてその煙を自身の粘液ともども一気に解き放つ。その溶解液ブレスはカイへと一直線に飛んできた。
カイはそれを横に転がって避けると今度はシルビアを二丁拳銃に変えてベノムスライムへと右手からは炎の弾丸、左手からは風の弾丸を討ち放った。
それらの弾はベノムスライムに着弾した瞬間、片方は一気に発火し、もう片方は横向きの竜巻のように粘液を抉りながら飛ばしていくが、ベノムスライムに対したダメージはなさそうだ。
「(パパ、横薙ぎのブレスがそのまま来ます)」
「はいよ」
カイは空中に跳躍するとそのまま横に流れていくブレスを躱した。そして、空中に突っ立ったまま、どうしようか、とあなたを悩ませている。
そんなカイを見て上機嫌になるルーデルは意気揚々に告げていく。
「どうだい? ベノムスライムの攻防一体の能力は。触れれば数秒と経たずに溶ける強力な溶解液のブレスという攻撃力、そしてあらゆる魔法にも耐性を持ち、同じく触れれば溶ける物理・魔法ともに防ぐこのボディ」
「正直、すっごいやりずらいよ」
カイの苦笑いを浮かべた表情にルーデルは更に愉悦を感じ、上から目線で告げていく。
「ニイガミ=カイ、あなたもあのブレスを二度も躱し、空中に留まることが出来る繊細な魔力操作に分裂する特殊な武器を持ってることは十分に賞賛に値するよ。
だけど、このベノムスライムは僕がエルフの長年研究してきた魔法をブレンドして出来た強力な個体。勝ち目なんて万が一にもない」
「それはどうかな?」
しかし、カイはルーデルの言葉に否定していく。まるで活路が見いだせていないこの状況で勝機があるように。
それに対し、ルーデルは「戯言だ」と鼻で笑いながら返答した。
「下手な強がりはよした方が良いよ。どうにも人間というのは奢りたがるから。神に勝てるとは思わない方が良いよ」
ルーデルの言葉に「神、ね」と呟きながらカイは地上に降りていく。そして、二丁拳銃のシルビアを刀の形に変えると足元に突き刺した。
「なんだその魔剣は? 変な飛び道具にも変わるし、見たこともない剣にも変わってる。ま、それはあなたが死んだ後でゆっくり使わせてもらうよ」
「随分と言ってくれるじゃないか。けど、実際奢っているのは一体どっちの方かな? それから――――俺の娘はやらん!」
そう言ってカイは刀の柄を握るとその部分に魔力を流していく。
「いくぞ、シルビア。全力で吐き出せ」
「仰せのままに」
「氷結澪地」
直後、シルビアの刀を中心として地面が一気に白く染まり始めた。それは周囲一帯を瞬く間に色を塗り替えながら、中央の水路に差し掛かると数秒と経たずに凍てつかせた。
周囲の外気温も一気に氷点下近くまで下がっていったのかカイの吐く息は白くなり、その白く染める冷気の波はベノムスライムも飲み込み始めた。
「周囲一帯が一瞬にして凍り付いた。普通の人間の魔力じゃありえない。だが、たとえそんな魔法であろうとベノムスライムには効かな――――」
「お前のベノムスライムが持っているのは『無効』じゃなくて『耐性』だろ? 耐性ってのは体が耐えれる限度が存在するんだ。それを超えてしまえば耐性なんざ関係ない」
カイはさらに魔力を刀へと流し込み、その魔力がシルビアによって魔法に変換され威力を増幅しながら拡散していく。
それがやがてベノムスライムの許容限界を超えて、ベノムスライムは足元から白く凍りつき始めた。
「な......んだと!?」
先ほどまで上機嫌な笑みを浮かべていたルーデルの顔が一気に引きつったような顔へと代わっていった。
凍り付いたベノムスライムはやがて凍り付いた形を崩し、バラバラに砕け散っていく。その壊れたベノムスライム越しにルーデルが見たカイは不敵な笑みを浮かべて告げた。
「さて、事情聴取を始めようか」
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