【後編】ただいま
言葉を覚えるというのは、想像していたよりずっと惨めなことだった。
二十六にもなって、子どものように文字を一つずつなぞる。発音を間違えるたびに、ジャコモに鼻で笑われる。週に一度、港町まで馬を走らせる時間を作るために、私は夜中まで執務をした。
「舌が硬い。北の連中はみんなそうだ。口の中に雪が詰まってる」
ジャコモはそう言って、私に何度も同じ音を繰り返させた。島の言葉には、北の言葉にない音がいくつもあった。舌の先を歯の裏で弾く音。喉を開いて、息だけを転がす音。
うまくできないたびに、私は思った。
彼女も、こうだったのだ。北の言葉の、喉の奥で擦る音を作ろうとして、何度も何度も舌をもつれさせたのだ。大聖堂で、誓いの言葉の途中で。そして笑われたのだ。
私は少なくとも、笑われても失うものがない。酒場の二階で、片目の老人に鼻で笑われるだけだ。
彼女は、王宮じゅうに笑われた。
それでも、覚えたことを城に持ち帰り、帳面を一行ずつ読んでいくと、わかる単語がひとつ、またひとつと増えていった。
最初に読めた単語は、「さむい」だった。
一冊目の、最初の頁。北の国に着いた日の日付の下に、その単語が三度、並んでいた。同じ綴りを、私は最後の帳面でも見ることになる。
***
二年目、私はようやく、短い文章なら読めるようになった。
ルシエラの日記は、思っていたものとはまるで違っていた。
恨み言など、ほとんど書かれていなかった。
今日の晩餐。宰相閣下の髭に、肉汁のしずくが一滴、ずっとついていた。誰も言わない。わたしも言わない。言えない。言葉を知らないから。でも、言葉を知っていても言わなかったと思う。あれはとても面白かったので。
グレーテ夫人の咳払い、今日は十四回。新記録。夫人のお茶に蜂蜜を入れてあげたい。喉に良いから。でも、きっと、要らないって言われる。
北の空は低い。手を伸ばしたら届きそう。ナシーラの空は高くて青くて、どこまでも遠い。どちらが好きかと聞かれたら、まだナシーラ。でも、北の空の、雪が降る前の灰色は、少しだけ好きになってきた。真珠の内側の色に似ている。
私はその頁を読んで、声を出して笑ってしまった。執務室で、一人で。
それから、笑ったことに気づいて、長いあいだ机に突っ伏していた。
この人は、こんなふうに世界を見ていたのだ。
宰相の髭のしずくを面白がり、厳格な指南役の喉を心配し、北の灰色の空に真珠の色を見つけていた。退屈な女などでは、なかった。私が四年間、晩餐の席で一度も目を向けなかった場所に、こんなにも鮮やかな人が座っていたのだ。
一冊目の終わり近くに、初雪の日の頁があった。
空から白いものが降ってきた。雪。本で読んだことしかなかった。
手のひらで受けると、すぐに水になる。冷たくて、痛い。でも、ひとつひとつ形がちがう。小さな星みたい。こんなにきれいなものが、空からただで降ってくるなんて。
グレーテ夫人に叱られた。王太子妃は庭で回ったりしない、と。
執務室の窓に、殿下がいらした気がする。見られていたら、恥ずかしい。でも、殿下も一度くらい、手のひらで雪を受けてみたらいいのに。きっと、びっくりなさる。
私は、生まれてから二十数年、一度も雪を手のひらで受けたことがなかった。
その冬、初雪の朝に、私は誰もいない中庭に出て、両手を広げてみた。
雪は、冷たくて、痛かった。ひとひらずつ、確かに形が違っていた。
彼女の言うとおりだった。私は、びっくりした。
***
あの晩餐の日の頁も、見つけた。
イルカの話をした。北の言葉で。みんな笑った。王太后さまも笑った。お伽話みたいだと。
でも、イルカは本当に来る。冬の朝、港の水が湯気を立てるくらい冷たい日に、群れで来る。子どもたちは岸から飛び込んで、背びれにつかまる。わたしも小さいころ、一度だけつかまった。
殿下は笑わなかった。外務卿さまの方を向いて、別の話をなさった。たぶん、わたしが恥ずかしくないようにしてくださったのだと思う。
いつか殿下に、ナシーラの冬の港を見せたい。イルカは本当に来ますよ、と言いたい。北の言葉で。上手に。
私は、その頁から目を上げられなかった。
違う。私は、君のためにそうしたのではない。
けれど、それを伝える相手は、もうどこにもいなかった。
翌年の春の頁には、こうあった。
園遊会で、殿下に貝の音を聞いていただこうとした。ナシーラの貝は、耳に当てると波の音がする。島の子どもは、遠くへ行く人に貝を持たせる。さみしくなったら、これで海を聞きなさい、と。
わたしの貝は、母さまが持たせてくれた。わたしは毎晩、これで海を聞いている。
殿下にも、聞いていただきたかった。わたしの生まれた海の音。でも、人の多いところでするべきではなかった。殿下を困らせてしまった。反省。
その夜、私はルシエラの部屋から持ち出した白い巻貝を、初めて自分の耳に当てた。
ざあ、と、遠い音がした。
北の海の、灰色の重い波の音ではなかった。もっと軽く、明るく、どこまでも寄せては返す、知らない海の音だった。
彼女は四年間、毎晩、この音を聞いて眠っていたのだ。帰れない海の音を。
***
三年目、日記の中に、私の名前が出てくるようになった。
ナシーラの文字で書かれた「コンラート」は、最初、それと気づかなかった。音を拾って読み下したとき、心臓が嫌な跳ね方をした。
殿下は今日も宰相閣下と話していた。地図の話。港の話。殿下が港の話をするときは、右手の人差し指で、机をとんとんと叩く。たぶん、ご自分では気づいていない。
殿下は、ナシーラから来たものを、たぶんお好きではない。わたしも含めて。でも、それは仕方がない。わたしだって、北に来るまで、北のことを何も知らなかった。知らないものは、好きになれない。
今日、殿下が回廊の窓から温室を見ていた。わたしがレモンに話しかけているのを、見られたと思う。叱られるかと思ったけれど、何も言われなかった。殿下は、優しい方なのかもしれない。それとも、わたしに興味がないだけかもしれない。たぶん、後のほう。でも、前のほうだと思っておくことにする。そのほうが、温かいから。
私は、帳面を閉じることができなかった。
あの日、回廊の窓から彼女を見たことを、私はほとんど忘れていた。「あの女も笑うのか」と思っただけで、それきりだった。
その同じ一瞬を、彼女は帳面に書きとめ、「優しい方なのかもしれない」と、温かいほうを選んでいた。
私は優しかったのではない。本当に、興味がなかっただけだ。
彼女はそれを、ちゃんとわかっていた。わかったうえで、温かいほうを選んでいたのだ。
***
あの硝子瓶のことも、書かれていた。私の誕生日から、四日後の日付で。
殿下の小姓の男の子が、回廊の隅で、レモンの砂糖漬けを食べていた。わたしの瓶だった。
とてもおいしそうに食べていた。指まで舐めていた。
よかった、と思った。母さまが島で作ってくれた砂糖漬け。誰かがおいしいと思ってくれたなら、それでいい。母さまも、きっとそう言う。
殿下は甘いものがお好きではないのかもしれない。来年は、別のものを考えよう。北の言葉で、もっと上手にお祝いを書こう。
翌年の私の誕生日に、彼女からの贈り物はなかった。
その頁を読んだ夜、私は上着の内側から、あの紙片の束を取り出した。十枚以上の、書き損じの「おたんじょうび おめでとう ございます」。
翌年の分も、彼女は書こうとしていたのだろうか。何を贈れば受け取ってもらえるのか、わからないまま。
私は、紙片の束を帳面の間に挟んだ。そこが、いちばんふさわしい場所に思えた。
***
四年目に入ると、日記に、北の文字が混じりはじめた。
最初は、頁の隅に小さく。やがて、頁の半分を埋めるほどに。
それは、練習の跡だった。ヴァルトリングの文字を、一字ずつ、何十回も。単語を書き、その横にナシーラの文字で発音を書き添えている。
グレーテ夫人は、わたしの北の言葉は訛っていて、殿下の恥になると言う。だから人前では話さない。でも、書くのなら訛らない。書いて、書いて、口が覚えるまで書けば、いつか、恥にならない声で話せるかもしれない。
リーネが練習につきあってくれる。温室で、こっそり。わたしがまちがえると、リーネは困った顔をして、それから正しい音を言ってくれる。リーネの北の言葉は、粉屋さんの言葉だから、宮廷の言葉とは少し違うらしい。だから、ふたりでまちがえる。ふたりで笑う。
殿下に話したいことが、たくさんある。宰相閣下の髭のこと。北の空の色のこと。レモンの葉が、今年は七枚増えたこと。ナシーラの海では、冬になるとイルカが港の中まで入ってくること。でも、わたしの北の言葉では、まだ、どれも話せない。
いつか話せるようになったら、最初に何を言おう。
私はその問いの答えを、日記の最後の冊で見つけることになる。
けれど、そこへたどり着くまでに、さらに三年が必要だった。
文字が読めなかったからではない。最後の帳面を開けば、彼女がもう一度死んでしまうような気がして、どうしても手を伸ばせなかったのだ。
それに、私は怖かった。
ヴェニタ。来た。
最後の帳面に、もし、迎えが来るのを待つ言葉が書かれていたら。北の冬に殺されていく自分を、彼女が一人きりで見つめていたのだとしたら。
それを読んでしまえば、私はもう、どこへも逃げられない。
だから代わりに、私は木箱の底から、もうひとつの手紙を取り出した。ナシーラの王妃から届いた、あの小さな封書だ。
母君の文字は、娘の文字によく似ていた。細く、丸く、点や鉤のような印がつく。
王太子殿下。
娘の手紙は、四年でたった三通でした。北の言葉で、数行ずつ。元気です、北はさむいです、みなさんやさしいです、と。
あの子は、つらいときほど、短い手紙を書く子でした。
それでも、三通目にだけ、一行多く書いてありました。殿下はやさしい方です、と。
あの子がそう書いたのなら、きっとそうなのでしょう。どうか、あの子のことを、ときどき思い出してやってください。それだけを、母としてお願いいたします。
私は、手紙を膝の上に置いた。
殿下はやさしい方です。
あの回廊の窓の頁と、同じだった。興味がないだけの男を、彼女は母親への手紙にまで、温かいほうを選んで書いていたのだ。
私は、母君に返事を書いた。ナシーラの文字で、何度も書き直して。
あなたの娘は、北の誰よりも強く、やさしい人でした。私は、それに気づくのが遅すぎました。
手紙は、次のナシーラ行きの船に託した。返事は、来なかった。来なくて当然だと思った。
***
その間に、いろいろなことがあった。
父が亡くなり、私は王になった。母は王太后の居室を出て、郊外の離宮へ移った。私が勧めたのだ。母は最後まで、自分の何が悪かったのか、わからないという顔をしていた。
再婚の話は、何度も持ち込まれた。私はそのすべてを断った。
王宮の内でナシーラの言葉を禁じる決まりは、私が即位した日に廃した。誰もその意味を知らなかったし、私も説明しなかった。
リーネには、暇を出すかわりに、王宮の書記局で読み書きを学ぶ機会を与えた。彼女はいま、ナシーラとの交易文書を扱う部署で、北の文字の清書を担っている。いつか南の文字も覚えたいと言っていた。妃殿下の日記を、いつか自分の目で読みたいのだ、と。
レモンの木は、枯れなかった。
リーネが、あの冬、毛布で包んでくれたおかげだ。翌年の春から、私は温室の手入れを庭師に命じ、自分でも時々、水をやりに行った。北の国でレモンが育つものか、と思っていた苗は、彼女が逝ってから七年のうちに、私の背丈を越えた。
ただ、一度も花を咲かせなかった。
***
六年目の秋、ジャコモが寝ついた。
酒場の二階の、狭い寝台の上で、老人は見る影もなく痩せていた。それでも、私が訪ねると、片目を開けて言った。
「授業の日だろう。何か言ってみろ」
私は、覚えたばかりの島の詩を、ひとつ暗唱した。舟歌だった。風が帆をふくらませ、男たちが沖へ出て、女たちが浜で待つ、という。
聞き終えて、ジャコモはしばらく黙っていた。
「まあ、島の子どもくらいにはなった」
それが、彼から聞いた唯一の褒め言葉だった。
それから老人は、天井を見たまま言った。
「旦那。かみさんの名前は、何といった」
「ルシエラ」
私が答えると、ジャコモは鼻を鳴らした。
「違う」
そして、ゆっくりと発音してみせた。
「ルシエラ」
私の言ったのと、同じ綴りの名前だった。けれど、まるで違う響きだった。最初の音は舌先で軽く弾き、真ん中は喉を開いて息を転がし、最後はほとんど歌うように、上がって消える。
「島じゃ、そう呼ぶ。母親が、赤ん坊を呼ぶときの音だ」
私は、その響きを、一度も聞いたことがなかった。
四年間、隣にいた妻の名を、私は一度も、正しく呼んだことがなかったのだ。
ジャコモは、その冬の初めに亡くなった。私は身分を明かさないまま、港の墓地に小さな墓を建てた。墓石には、島の文字で名を刻ませた。
***
七年目の冬、私は十一冊目の帳面を開いた。
最後の一冊だ。
日付は、私が国境へ発つ半月前から始まっていた。ナシーラの文字は、ほとんど苦もなく読めるようになっていた。四年の歳月を経て、彼女の綴る文章は最初の一冊よりもずっと静かで、どこか北の言葉の響きに似ていた。
殿下が北の国境へ行かれるらしい。二十日。長い。
決めた。出立の朝に、北の言葉で、ひとつだけ言う。グレーテ夫人がいても、言う。訛っていても、言う。
何を言うか、ずっと考えていた。「お気をつけて」は、みんなが言う。だから、わたしは違うことを言いたい。帰ってきてほしい、と言いたい。わたしのところに、と付けるのは図々しいから、付けない。
ナシーラでは、旅に出る人を送るとき、「ヴェニタ・プリマ」と言う。「先に、おかえりと言っておくね」という意味。帰ってくると、もう決まっているから、先に言っておく。そういう、おまじない。
これを北の言葉で言いたい。でも、北の言葉には、ちょうど同じ言い方がない。だから、「おかえりなさいませ」と言うことにする。送り出すときに言うのはおかしいと思われるかもしれない。でも、それでいい。殿下が、変な女だと思って、少しでもわたしのことを覚えていてくれたら、それでいい。
その頁の下半分には、北の文字で、同じ言葉が何十回も書かれていた。
おかえりなさいまへ、でんか
おかえりなさいませ、でんか
おかえりなさいませ、でんか
おかえりなさいませ、殿下
最初の一行だけ、綴りが間違っていた。二行目から、発音を表す簡単な文字で正しく書かれていた。そして最後の一行だけ、「殿下」が、慣れない手つきの正字で書かれていた。
***
次の頁は、出立の日の日付だった。
言えなかった。
それだけ、書いてあった。
その次の頁から、文字が乱れはじめた。
さむい。
咳が止まらない。リーネが薪を頼んでくれた。だめだった。リーネのせいじゃない。
お医者さまに、ナシーラの冬の病の話をしたかった。島では、海風の吹く冬に、こういう咳をする人がいる。胸を温めて、湯気を吸わせないと、肺に水がたまって息ができなくなる。おばあさまがそれで亡くなった。それを伝えたかったのに、北の言葉が出てこなかった。ナシーラの言葉で言ったら、叱られた。
息をするたび、胸の奥で水の音がする。
レモンが凍える。
殿下は、あと何日で帰られるだろう。
帰ってこられたら、こんどこそ言う。訛っていても言う。送り出すときには言えなかったから、帰ってきたときに言う。それなら、変じゃない。ちょうどいい。ほんとうの「おかえりなさいませ」になる。
それまで、がんばる。
それが、最後の頁だった。
***
私は、長いあいだ、その頁を見ていた。
それから、リーネの言葉を思い出した。
――廊下の足音の方を見て、笑って、「ヴェニタ」とおっしゃいました。とても、うれしそうに。
ヴェニタ。
誰が、誰に、どんな顔で言ったかで、まるで別の意味になる。ジャコモはそう言った。
帰りを待つ者が、帰ってきた者に、笑って言うとき。
ナシーラの言葉で、それは「おかえりなさい」になる。
迎えが来たのではなかった。死を見つめていたのでもなかった。
夜明け前、熱に浮かされた彼女は、夜番の衛兵の長靴の音を、私の足音だと思ったのだ。
国境から、私が帰ってきたのだと。
だから、笑ったのだ。四年間、北の言葉で言う練習を重ねて、とうとう一度も言えなかったその言葉を、最後の最後に、自分の国の言葉で。
扉の向こうには、誰もいなかったのに。
私は、そのとき、九日も先の山道にいたのに。
彼女は最期まで、私を待っていた。
待つ価値など、どこにもなかった男を。
***
その夜、私は温室へ行った。
雪が降っていた。北の空の、雪の降る前の灰色が、とうに夜の色に変わっていた。真珠の内側の色に似ている、と彼女が書いていた色だ。
ガラスの扉を開けると、湿った土の匂いがした。私の背丈を越えたレモンの木が、暗がりの中に立っていた。
ランプを掲げて、私は息を呑んだ。
枝の先に、小さな実がひとつ、なっていた。
七年、一度も花を咲かせなかった木だ。秋口に葉陰でひっそりと咲いて、散ったのに、私は気づきもしなかった。庭師も何も言っていなかった。まだ青く、硬く、親指の先ほどの大きさしかない。北の乏しい陽射しの中で、それでも必死に結んだ、確かなレモンの実だった。
北の国でレモンが育つものか、と、彼女が嫁いできた日の私は思った。
育ったのだ。
彼女が、ここで毎朝、話しかけていたから。リーネが、あの冬、毛布で包んでくれたから。
彼女自身は、ここで、育つことを許されなかったのに。
***
私は、レモンの木の前に膝をついた。
彼女が毎朝しゃがみこんでいた、その場所に。
七年かけて覚えた言葉を、私は、ようやく口にした。
ジャコモに何百回も直された発音で。島の子どもくらいにはなった、と言われた舌で。
「――トルナル」
ナシーラの言葉で、「ただいま」。
返事はなかった。
ガラスの屋根に、雪の積もる音だけがしていた。
彼女はきっと、私のこの訛りを笑っただろう。宰相の髭のしずくを笑ったように、帳面に書きとめて、こっそり笑っただろう。そして、その下に、温かいほうを選んで、何か書いてくれただろう。
私には、もう、それを読むことができない。
十一冊の帳面は、全部読んでしまった。
この世のどこにも、もう、私が読んでいない彼女の言葉は残っていない。
「ルシエラ」
私は、彼女の名を呼んだ。
ナシーラの発音で。舌先で軽く弾き、喉を開いて息を転がし、最後は歌うように上がって消える、あの響きで。彼女の母が、彼女の祖母が、島の誰もがそう呼んでいたはずの、本当の名で。
四年間、隣にいて、一度もそう呼んだことのない名前で。
「ただいま。……遅くなって、すまなかった」
私の吐いた白い息に触れて、青いレモンが、ランプの灯の中で小さく揺れた。
それが、七年かけて私が手に入れた、たったひとつの返事だった。




