第八話 いい人戦略実践中
三歳になった。
この世界に生まれ変わってから、もう三年。
歩ける。
話せる。
字も読める。
そして――魔法も使える。
前世の記憶を持ったまま赤ん坊として生まれた俺にとって、この三年間は長いようで短かった。
現在の俺の体力は十八。
そして魔力は――。
一九八〇。
あと二十。
もうすぐ二〇〇〇だ。
別にゲームをしているわけじゃない。
それでも、なんとなく気になる。
魔力を使う。
疲れる。
眠る。
翌朝になると、ほんの少しだけ最大魔力が増えている。
それを三年間繰り返してきた。
最初は一二〇〇だった魔力が、今では一九八〇。
かなり増えた。
ただ、これが普通なのかどうかは、相変わらずよく分からない。
両親を鑑定すれば、俺の魔力が異常に高いことくらいは分かる。
父さん――レギオンの魔力は二五〇前後。
母さん――ミレーユは二三〇前後。
この世界の大人がだいたい八十から百二十くらいだということも、少しずつ分かってきた。
つまり。
俺の魔力は、かなりおかしい。
たぶん。
そして、もう一つ。
俺には、鑑定がある。
これも少し気になる。
俺が周囲の人間を見ていて思うことがある。
――鑑定、使えばいいんじゃないのか?
例えば、何かの道具の性能が分からない。
大人たちは詳しい人間に聞く。
魔法の道具について分からないことがある。
専門家を呼ぶ。
薬草について話しているときも、知識のある人間に確認する。
もちろん、俺の鑑定にも限界はあるのかもしれない。
でも。
もし、この世界で鑑定が普通に使えるのなら。
もっと頻繁に使われていてもおかしくない。
何度もそういう場面を見るうちに、俺は一つの仮説を立てるようになった。
――もしかして。
鑑定って、俺しか使えないんじゃないか?
まだ三歳だ。
誰かに聞いて確かめることもできない。
だから、今は仮説のままにしている。
そのうち確認できるだろう。
*
俺の父親は、レギオン・クロイツ。
準男爵であり、この辺境伯領の騎士団長だ。
もともとは子爵家の三男だったらしい。
三男ともなれば、家を継ぐ立場ではない。
成人すれば家を離れ、自分の力で生きていくのが普通だったそうだ。
父さんは騎士団に入った。
そこで頭角を現し、数々の魔物討伐や功績を重ねた。
その結果、王国から準男爵位を与えられた。
ただし、領地はない。
現在は辺境伯領の騎士団長として、領地の治安維持や魔物への対処を任されている。
俺が五歳くらいになるまでは、この土地にいる予定らしい。
母さんはミレーユ。
平民の家に生まれながら、魔法の才能を認められて宮廷魔術師になった。
そして、魔物討伐の任務で父さんと出会った。
そのまま結婚。
……人生、何があるか分からない。
そんな二人の息子が俺。
レン・クロイツ。
最近になって、ようやく自分の家名を意識するようになった。
前世では佐藤蓮だった。
今はレン・クロイツ。
それだけのことなのに、少し不思議な感じがする。
*
そして、俺は三歳になってから、家の中の人間と積極的に関わるようにしていた。
理由は一つ。
いい人戦略の実験である。
まずは使用人。
「お水、持ってきたよ」
「まあ、レン様。ありがとうございます」
庭で花に水をやっている使用人を手伝う。
「これ、持つよ」
「いえ、レン様はまだ小さいですから」
「大丈夫」
洗濯物を運ぶ。
食器を運ぶ。
父さんの仕事道具を整理する。
もちろん、俺にできることは限られている。
それでも、何かをしてもらったらお礼を言う。
誰かが困っていたら手伝う。
話しかけられたら、ちゃんと返事をする。
特別なことではない。
前世でもやっていたことだ。
ただ、今回は意識してやっている。
結果は――。
かなり分かりやすかった。
「レン様、今日は何をなさいますか?」
「レン様、おやつですよ」
「レン様、こちらに置いておきますね」
使用人たちの俺に対する態度が、少しずつ変わってきた。
もちろん、元々悪いわけではなかった。
でも、距離が近くなった。
よく話しかけてくれるようになった。
笑顔も増えた。
なるほど。
やっぱり効く。
俺は心の中で頷いた。
いい人戦略、異世界でも有効。
*
料理をしている人にも、時々手伝いに行く。
「これ、持っていくね」
「ありがとうございます、レン様」
「次は?」
「では、そちらのお皿をお願いします」
野菜を運ぶ。
皿を運ぶ。
調味料を持っていく。
料理そのものは、まださせてもらえない。
三歳児だから当然だ。
そして。
「今日も美味しかったよ」
食事が終わったあと、俺は料理人に言う。
「ありがとうございます」
料理人は嬉しそうに頭を下げる。
……うん。
ありがたい。
ありがたいんだけど。
正直に言えば。
あまり美味しくない。
不味いわけではない。
食べられる。
普通に腹も膨れる。
魔法によって食材を保存したり、火加減を調整したりする技術はある。
それなのに。
料理文化そのものが、前世の日本ほど発達していない。
味噌汁。
醤油。
出汁。
カレー。
ラーメン。
定食。
……恋しい。
でも、今は何も言わない。
三歳児が料理人に向かって、
「出汁の取り方がなってない」
なんて言っても仕方ない。
それに、作ってくれたこと自体は嬉しい。
だから、
「今日も美味しかったよ」
くらいは本心だ。
いつか、自分で料理を作れるようになったら。
そのときに考えよう。
*
両親にも、できることは手伝う。
「父さん、これ?」
「ああ。それをそこに置いてくれ」
「母さん、これ持つよ」
「ありがとう、レン」
父さんは仕事が忙しい。
母さんも魔法関係の仕事がある。
それでも二人とも、俺にはよく構ってくれる。
そして、仲がいい。
今でも普通に目の前でキスをする。
俺が三歳になったからといって、そこは変わらない。
……まあ。
仲がいいのはいいことだ。
俺もこの家が好きだ。
だからこそ、もっと上手くやっていきたい。
人間関係は、前世とそれほど変わらない。
誰かに親切にされれば嬉しい。
話を聞いてもらえば、その相手を信用しやすい。
助けてもらえば、今度はこちらも助けようと思う。
この世界でも同じだった。
だから俺は、これからも続ける。
いい人戦略を。
*
ある日。
父さんと母さんに連れられて、俺は辺境伯家を訪れていた。
この土地を治めているのは、ギルス・ミリオン辺境伯。
父さんの上司でもある。
屋敷は当然、大きい。
俺の家もそれなりに立派だと思っていたが、比べるとやはり違う。
庭も広い。
使用人も多い。
そして、そこで一人の女の子を見かけた。
俺より少し年上。
淡い色の髪。
こちらをじっと見ている。
「リカ」
父さんが声をかけた。
女の子が振り向く。
「レギオン」
どうやら、この子が辺境伯の娘らしい。
リカリオン・ミリオン。
愛称はリカ。
「レンと同じくらいの歳だろう。遊んでやってくれ」
「うん」
リカがこちらを見る。
そして、少しだけ首を傾げた。
「レン?」
「うん。レン」
「レン・クロイツ?」
自分の家名を呼ばれて、俺は頷いた。
「そうだよ」
リカは少し考えてから、笑った。
「じゃあ、レン。こっち」
小さな手を差し出してくる。
俺はその手を見る。
そして――。
彼女の魔力を感じ取った。
……強い。
いや。
俺とは比べものにならない。
俺の魔力そのものは圧倒的だ。
でも、この子。
魔力の扱いが、上手い。
三歳の俺でも、それがなんとなく分かった。
リカは俺より一歳年上。
四歳。
そして――。
俺の異世界生活で、初めて出会った。
魔法の研究相手になりそうな女の子だった。




