第三十二話 異世界起業
母親の怪我が治ったことで、部屋の空気が少しだけ明るくなった。
さっきまで寝たきりだったユナさんは、まだ信じられないという顔をしながら、自分の腕を動かしている。
「本当に……治ってる」
「うん」
俺は頷いた。
「よかったね」
「……はい」
ユナさんが頭を下げる。
その隣では、ミオーリが嬉しそうに母親を見ていた。
「お母さん、もう大丈夫なんだね」
「ええ」
「よかった……」
二人の様子を見ていると、俺も少し安心する。
そして。
ミオーリの前に置かれている食事に目が止まった。
「……ん?」
皿の上にあるのは、茹でたじゃがいもだった。
味付けらしいものは、ほとんどない。
ミオーリは、それを普通に食べている。
「ミオーリ」
「なに?」
「それ、じゃがいもだよね?」
「うん」
「よく食べるの?」
「毎日ってわけじゃないけど、安いから」
「安いの?」
「うん」
ミオーリが頷く。
「野菜の中でも、かなり安いよ」
「へえ……」
俺はじゃがいもを見る。
(安い)
そこで、ふと思い出した。
(じゃがいも……)
前世で何度も食べた。
薄く切って。
油で揚げて。
塩をかける。
(……ポテトチップス)
俺は思わず顔を上げた。
「ユナさん」
「はい?」
「この辺りって、植物油は手に入る?」
「ええ。安いものならあります」
「塩は?」
「塩も普通にあります」
「じゃがいもは安い」
「はい」
俺は少し考えた。
「じゃあ、作れそうだな」
「何をですか?」
「じゃがいもを薄く切って、油で揚げるんだ」
「薄く……」
「そう。それに塩をかける」
ミオーリが首を傾げる。
「美味しいの?」
「美味しいよ」
俺は即答した。
前世で知っている。
間違いなく美味しい。
「ちょっと待ってて」
俺は皿のじゃがいもを一つ手に取った。
「レン?」
ユカが不思議そうに見ている。
「試してみる」
俺はじゃがいもに魔力を流した。
風が集まる。
薄い風の刃を作り、じゃがいもの周囲を走らせる。
スッ。
スッ。
スッ。
じゃがいもが薄く切れていく。
「……!」
ミオーリが目を丸くした。
「すごい」
「これなら薄く切れる」
切ったじゃがいもを油の入った鍋に入れる。
ジュワッ、と音がした。
しばらく待つ。
表面がきつね色になってきたところで取り出した。
そして、塩を振る。
「できた」
俺は一枚を手に取る。
パリッ。
(うん)
(ポテトチップスだ)
「食べてみる?」
ミオーリが恐る恐る手を伸ばした。
「いただきます」
パリッ。
「……!」
ミオーリの目が大きくなる。
「おいしい」
「でしょ?」
もう一枚。
今度はユカが手を伸ばした。
「私もいただきます」
パリッ。
「美味しいです!」
ユナさんも一枚食べる。
「……これは」
ハボリムも一枚。
「なるほど」
パリッ。
「確かに、これは美味ですな」
みんなが次々に手を伸ばしていく。
あっという間に皿の上のポテトチップスが減っていった。
(うん)
(これはいける)
俺は改めて考える。
(じゃがいもは安い)
(油も安いものがある)
(塩もある)
(特別な材料は必要ない)
問題は一つ。
今の作り方では、俺がいないと薄く切れない。
(風魔法で切れば、俺なら簡単だけど)
(それじゃあ商売にならない)
誰でも作れるようにする必要がある。
「ユナさん」
「はい」
「これ、作る人を二十人くらい集められる?」
「二十人ですか?」
「うん。信用できる人がいい」
ユナさんは少し考えた。
「この辺りの人に声をかければ、集められると思います」
「本当?」
「はい」
ユナさんが頷く。
「昔から住んでいる人も多いですし、働き口を探している人もいます」
「そっか」
それなら話は早い。
「じゃあ、作る人と売る人に分かれよう」
「作る人と、売る人?」
「うん」
俺は説明する。
「作る人は、じゃがいもを薄く切って、油で揚げる」
「はい」
「売る人は、できたものをお店に持っていく」
「露店ではなく?」
「うん」
俺は首を振った。
「食事を出してる店とか、宿屋に置いてもらうんだ」
「なるほど……」
ユナさんが考え込む。
「そのほうが、一度にたくさん売れそうですね」
「そう思う」
俺も頷いた。
自分たちで店を構える必要はない。
すでに客がいる場所に商品を置いてもらえばいい。
そのほうが効率がいい。
「それと」
ユカが口を開いた。
「これ、商業ギルドに登録したほうがいいと思います」
「登録?」
「はい」
ユカはポテトチップスを見る。
「レンが考えた製法を、特許として登録するんです」
「ああ」
「それと、じゃがいもを薄く切る道具もです」
「スライサーか」
「はい」
「そっか」
俺は頷いた。
確かに、その二つは登録しておいたほうがいい。
「じゃあ、商業ギルドに行こう」
「私も一緒に行きます」
「いや」
俺は即答した。
「ユカちゃんは王女でしょ」
「……そうですが」
「商業ギルドに行くくらいなら、俺たちだけで大丈夫だよ」
「ですが……」
「危ないことをするわけじゃないし」
俺がそう言うと、ユカは黙った。
「…………」
「ユカちゃん?」
「……こんなに面白そうなこと」
ユカが俺を見る。
「私を仲間外れにするんですか?」
「いや、そういう意味じゃ――」
「絶対に行きます」
「でも王女だし……」
「護衛もいます」
ユカがハボリムを見る。
「問題ありません」
ハボリムが頷いた。
「ほら」
「ほら、じゃないよ……」
俺は頭を抱えた。
結局。
ユカも一緒に行くことになった。
「それで」
ハボリムが口を開いた。
「商業ギルドへの登録を、拙者の名で行うという話ですが」
「ああ」
「拙者が裏切って、金を持って逃げるとは考えないのですか?」
「え?」
俺はハボリムを見る。
「そんなこと考えたことなかった」
「……」
「でも、ハボリムに裏切られるなら、それはそれでいいよ」
「よいのですか?」
「うん」
俺は笑った。
「裏切りたくなったら、やりやすいようにするから言ってね」
「…………」
「逃げたくなったら、それでもいいよ」
ハボリムは、しばらく俺を見つめていた。
やがて。
「……そう言われては、裏切れませんな」
そう言って、笑った。
「それに、拙者は逃げるつもりもありません」
「そっか」
「はい」
ハボリムが頷く。
「では、拙者の名で登録いたしましょう」
「お願い」
こうして、ポテトチップスの製法と、専用スライサーはハボリムの名前で登録することになった。
俺が五歳児だからだ。
さすがに俺の名前では、まともに話を聞いてもらえないだろう。
「ところで」
ユナさんが言った。
「他のお店でも、このポテトチップスを作りたいと言われたら、どうするんですか?」
「作ってもらっていいよ」
「え?」
「特許料を払ってもらえば、自由に作っていい」
ユナさんが驚いた顔をする。
「それでいいんですか?」
「うん」
俺は頷いた。
「特許料で大儲けしたいわけじゃないから」
「ですが……」
「会社がちゃんと回るくらいのお金が入れば十分だよ」
俺は考える。
親子の会社がポテトチップスを作って売る。
働く人には給料を払う。
会社が利益を出す。
特許を使いたい店からは、特許料をもらう。
そのお金を会社にも還元する。
会社が大きくなれば、もっと人を雇える。
「それなら、ずっと続けられると思う」
俺はそう言った。
ユナさんが静かに頷いた。
「……やってみたいです」
「うん」
俺も笑った。
(会社が回る)
(スラムの人たちも仕事ができる)
(俺も少し儲かる)
(そのお金で、ここをもっと良くできる)
(そして――)
俺はミオーリを見る。
ポテトチップスを美味しそうに食べている。
(ミオーリと一緒に仕事ができる)
(仲間にもできる)
(……ハーレム候補としても、かなりいい)
うん。
今回の目的は、そこだ。
(いい人戦略にも使える)
(商売にもなる)
(スラムも助かる)
(ミオーリとも一緒にいられる)
(……完璧じゃん)




