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異世界で使える、35歳営業マンのいい人戦略 ~せっかく生まれ変わったから、ハーレムくらい目指します~  作者: kammy


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第三十一話

財布の位置を追って歩いていく。


 市場を抜け、細い路地へ。


「……この辺りですね」


 ユカが周囲を見る。


「うん。たぶん、ここ」


 古びた家の前で立ち止まる。


 俺は扉を軽く叩いた。


「ごめんくださーい」


「レン、普通に入るのですか?」


「財布を取り返しに来ただけだし」


「そういう問題では……」


 もう一度、扉を叩く。


「ごめんくださーい」


「……はい」


 中から声がした。


 扉が開く。


 さっきの少女だった。


「こんにちは」


「…………」


 少女の顔が青ざめていく。


 俺は改めて名乗る。


「俺はレン・クロイツ。ミリオン辺境伯領で騎士団長をしてる、レギオン・クロイツの息子だよ」


「……っ」


 少女が固まる。


 ユカの従者が一歩前へ出た。


「貴族の財布を盗んだのですから――」


 少女の顔がさらに青くなる。


「うち首です!」


「え?」


 俺は従者を見る。


「うち首にはしないよ」


「レン様!?」


「だって、俺、この子が盗むの分かってたし」


「…………」


「だから、取られたっていうより、あげたようなものだよ」


 従者が絶句する。


「財布を返してくれれば、それでいいよ」


 少女は震える手で財布を差し出した。


「……ごめんなさい」


「うん」


 財布を受け取る。


「ありがとう」


 そのときだった。


「この子に……何を……?」


 家の奥から声が聞こえた。


 一人の女性がベッドに横たわっている。


 身体には包帯が巻かれている。


「お母さん!」


 少女が駆け寄る。


「大丈夫だから……」


 母親は少女を庇うようにこちらを見る。


「申し訳ありません……」


「お母さん、どうしたの?」


「この子を……庇ったんです」


「?」


「少し前、貴族の馬車が暴走して……この子に向かってきました」


 母親が少女を見る。


「私は、この子を庇って……」


「馬車に?」


「はい」


「貴族の人は?」


 母親が俯く。


「『通行の邪魔だ』と……」


 少女が続ける。


「私を殴って、そのまま行きました」


「…………」


 俺は母親を見る。


 かなり酷い怪我だ。


「治療費は?」


「ありません……」


「だから、この子がスリを?」


「……はい」


 少女が俯く。


「お母さんの食べるものを買うために……」


「なるほど」


 俺は少し考える。


 盗むのは駄目だ。


 でも、この状況なら――。


 俺は前世から考えてきた。


 いい人でいるためには、どうすればいいか。


 相手が困っている。


 俺には、それを解決できる力がある。


 なら。


 答えは決まっている。


「お母さん」


「……はい?」


「治癒魔法の練習に付き合ってもらえませんか?」


「……え?」


「俺、治癒魔法ってあまり使ったことないんだ」


 俺は母親の傷を見る。


「だから、練習してみたい」


「ですが……」


「怪我、治したいでしょ?」


「……はい」


「じゃあ、ちょうどいいよ」


 俺は手をかざす。


 魔力を流す。


「治癒魔法」


 淡い光が母親の身体を包んだ。


 傷が少しずつ塞がっていく。


 しばらくして。


「……終わり」


 母親がゆっくり身体を起こす。


 包帯を外す。


「……傷が……」


 何もない。


 身体を動かす。


 立ち上がる。


「痛く……ない」


「お母さん!」


 少女が母親に抱きつく。


「よかった……!」


 母親の目から涙がこぼれる。


「ありがとうございます……」


「こっちこそ、練習に付き合ってくれてありがとう」


「……え?」


「いい練習になったよ」


 俺は財布を開く。


 中身を確認する。


「じゃあ、これ」


「?」


「全部あげる」


「えっ!?」


 ユカと従者が同時に声を上げる。


「レン様!」


「治癒魔法の練習代だよ」


「いや、しかし!」


「練習に付き合ってもらったんだから、代金を払うのは普通でしょ?」


 俺は財布の中身を少女へ渡す。


「これで、しばらくは大丈夫だと思う」


「…………」


 少女は受け取ったお金を見つめる。


「もう、盗まなくていいからね」


「……うん」


 少女が頷く。


「今度は、ちゃんと働いて稼ごう」


「……うん!」


 俺は満足して頷いた。


(うん)


(これが、いい人の最適解だな)


 財布は戻ってきた。


 母親の怪我は治った。


 少女がスリをする必要もなくなった。


 そして俺は、いい人でいられた。


 完璧だ。


「レン」


 ユカが俺を見る。


「なに?」


「……あなた、本当に不思議な人ですね」


「そう?」


「はい」


 ユカは少し考えるように俺を見る。


 そして、後ろにいるハボリムへ視線を向けた。


「……ハボリム」


「はい」


「あなたは驚かないのですか?」


 ユカが尋ねる。


「レンが、あれほどの怪我を一瞬で治してしまったのですよ?」


 ハボリムは少し考える。


 そして。


「そうですね」


 穏やかに答えた。


「拙者は、先日まで片腕を切り落とされ、両目とも潰れておりました」


「…………」


 ハボリムがユカを見る。


 そして、片目を閉じた。


 ――ウインク。


「…………」


 ユカの口が開く。


「…………」


「…………」


「¥°<×^〒」


 言葉にならない声だけが、王都の片隅に響いた。

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